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5.5間話 もし、目が覚めたら

 アルヴは深い意識の奥底に沈んでいた。

ゆっくりと深く深く沈んでいく。彼は音を聞いていた。それは恐らく音楽だろう。頭ではそう理解できたが入ってくる情報は「音」という事だけだった。アルヴはどこかに立っていた。辺りを見渡す。何もない。でもここは確かにどこかで、何かがある。真っ白い空間だった。空間と呼ぶには違和感を覚えるが、確かにそう呼べる広さをしていると思った。

誰かを待っていた。その人物は確かに目の前にいるのに彼はなぜか待っていた。理解しているのに声をかけられなかった。本当は自分がその人物の元に歩いているはずなのに立ち止まっていて、でも沈んでいて―――。

アルヴは宙に浮かんだ。投げ出されたという方が正確な表現だろうか。それでも確かに彼は自分の意思で方向を決めていた。決めていたはずなのに、知っているはずなのに、わかっているのに、自由が効かなかった。ただ上に向かって浮かんでいく。

―――ああ、自由だ。空を飛んでいるようだった。自分は上を向いているのに、翼なんてないのに。

座っていた。部屋の真ん中でただ一人。気がつくと窓の外を眺めていた。誰もいないのにそこで遊ぶ誰かを見る様に眺めていた。なぜか落ち着いた。笑みがこぼれる。

前を向く。誰かに呼ばれた様に、突然前を向いて、話を聞くように穏やかに何もない所を見つめていた。

思い出したようにアルヴは目が覚める。ベッドから起き上がりカーテンを開けて日差しを浴びて部屋を出ていく。太陽なんてないのに確かにそこには光があるようだった。部屋の中も電気なんてないのに光があるようだった。真っ白だった。


アルヴはその家を出て駅に向かった。家なんてないのに、駅なんてないのに。そして電車を待っていた。来るはずもないのに。わかっているのに。

また沈んでいた。浮かんでいた。座っていた。ベッドに寝ていた。立ち上がった。


―――ここはなんだ。心地よくも不快でもない。

ただあるだけだ。アルヴは待っていた。

その目の前の人物が自分に触れるのを。

アルヴは手を伸ばした。届かなかった。

目の前の人物は何も反応しない。

風が吹く。風は吹いていないのに。

音がする。音なんてしてないのに。

雨が降る。雨なんて降ってないのに。

花が揺れる、電車が来て、誰かが乗り込む。

行ってはダメだ。待ってくれ。そう叫ぶ。

声なんて出ないのに。音はなく。静かで、でも確かにベルがなり電車は走り出してしまうのだ。アルヴも走り出した。走ってなんていないのに。


そして気がつく。これは夢だ。夢じゃないという情報が叩きつけられるように響く。

ああ、わかっているのに。わからない。


アルヴは白い壁を殴りつけたが、そこに壁はなかった。理解なんて及ばなかった。

だから塗りつぶそうとした。自分に宿る力を持って触れようとした。

目の前の人物に、世界の真実に。そして拒まれた。でも受け入れた。結局塗りつぶすことなんて出来なかった。アルヴは何の力も振るえず、ただ無力だった。

「起きて、守らなきゃ。」その声は響く。声なんてないのに。理解できてしまった。

そしてアルヴは記憶を掴む。存在しないはずのこの意識の記憶を。この場所も目の前の人物も何もかも知らないのに知っている、自分のこの記憶を掴んで差し出した。その人物はそれをそっと受け取った。そしてアルヴを受け入れた。

その瞬間アルヴもその人物を受け入れた。




―――理解、それは真実。

それは竜王と名乗った。銀の竜は自身の姿を形成した。透き通るような白銀の髪に、光を映す銀色の瞳の小さな少女。

「起きて、守らなきゃ」彼女はアルヴに言った。

「でも、俺はもう死んでしまったんだろう?」彼は自分の身がもう動かない事を理解していた。

「もう誰も助けてやれない」彼は悲しそうに言った。現実を受け入れるように。

「違うわ。確かにあなたの体は一度死んだ。でもあなたに宿る力はそれを許さない」彼女はアルヴが理解していながら目を背けるもう一つの現実を突きつける。

「私も、それを許さない。誰かを救うために手にした力でしょ。なら最後まであなたの願いの為にそれを使いなさい。あなたが助けた人々がそうしてきたように」彼女がアルヴの前に広がる空間に外の景色を映し出す。

「みんな、あなたに助けられた人たち。あなたは忘れているけれど。確かに、ここまで想いは紡がれてきたのよ―――」彼女はそっとアルヴに触れる。

「……ひとつ、教えてほしい。お前が俺の中にいたなら、あの力の代償も知っているはずだ」

「もちろんよ」

「…俺はどれだけの代償を払った。どれだけの事を忘れた。どれだけの想いを失ったんだ」

「あの少女たち、エリムとティルミの事、それからゼーテル。あとは、もう数名の記憶を代償にした。力の代償は助けた人との記憶を失う事だから、具体的に時間を限定して答える事は出来ないけれど」

アルヴはただ俯いて、黙ってそれを聞いていた。そして静かに息をついて口を開いた。

「……それだけの人を忘れたのか」

「人だけじゃない。その人たちに対して抱いていた、特別な感情の全てを失った。そして、あなたは今、それでもまだ助けようとしている。次に失うのはあなた自身が生まれてから得たあらゆる感情。もう悲しみは失われつつあるみたいだけど、まだ少しだけ残っている」


二人は真っ白な空間の、真っ白な公園の、真っ白なブランコに揺られていた。

「でも、あなたのお陰で今日を前を向いて生きる人がいて。あなたのお陰で、今日まで笑って生きてきた人がいる。たとえあなたが全てを忘れても、払った代償は、してきた努力は、何も無駄じゃなかったのよ」こんな一言で彼が救われるとは思わない。そう思うのは彼に対する侮辱にあたると、そう思うのは自分の傲慢な感情だと思うから。それでも、彼を救いたかった。たとえそれが一時の、失われる記憶の一部だとしても。


「―――わかったよ。ありがとう、竜王さま。」彼はそう言って立ち上がる。

「お前、私を覚えているのか」彼女は彼が自分をそう呼んだ事に驚く。彼は振り返って不思議そうに言った。

「ああ、さっき思い出したんだ。その名前だけ…だけど」彼は申し訳なさそうに笑った。少女は彼に駆け寄って、立ち止まる。そっと彼の手を握る。彼が、存在としての名前だけでも憶えてくれていた事が、どうしようもなく嬉しかった。

「今度は一人じゃないから」少女はそう言って彼を抱きしめる。小さな体から、確かな温度を感じる。アルヴはその少女の手を優しく握り返す。

少女はアルヴの頬にキスをした。すると光が満ちて二人を包み込んだ。




 次の瞬間、アルヴは目を覚ましていた。

自身の身体の傷に何かが優しく触れている様な感覚を感じた。黒い力はアルヴを生かすため傷を治していた。そして、アルヴは自分の意思でその優しく触れる何かに触れた。それは頷いて笑って、アルヴと共に立ち上がる。

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