イシュターの過去
これはスタンピードが起こる直前の50年前、このダンジョンでの出来事。
「イシュター、今日も五階層に行くのか。ダンジョンの魔物は狩っても肉にならないんだから外で狩ってくれると助かるんだけどなあ」
「うるせえ、肉が食いたきゃ自分で行け。俺は宝を見つけて俺たちの国を買い戻すんだ」
イシュターはキュクロ人らしく精強で血気盛んな少年だった。
周りのりの言うことを聞かず、上階層に挑んではボロボロになって帰ってくる。それでも必ず帰ってはくるし、情報を得て一歩ずつ進んでいるようなので周りは放置していた。
クシナ共和国に占領されたキュクロの帝国の一部が80人ほどここで暮らしている。
ダンジョン探索者とその家族が殆どだが、匿われた貴族や学者、その子弟などもいる。国が滅んだことは皆承知しており、協力して生きていた。
ある日ボロボロのイシュターが老婆を訪ねた。
魔法を教えろ、さもなくば攻略を手伝えと。ボロボロのイシュターはさらにボロボロにされて逃げかえることになった。学者をしている老婆は魔法の名手だったのだ。
こうして上階層に挑みながら老婆に挑むことが日常になったある日、老婆は異変を感じていた。これがスタンピードの前触れだったのか、それとも別の何かか。今から考えればそうだったのだろうと言うものはあるが、当時気づくことはできなかった。
イシュターには当時志を同じくする少年が居た、いやその少年に影響を受けてのイシュターだったと言った方が正しいかもしれない。
彼は皇族唯一の生き残りだった。
ノクト・ギアトニヒ・ピ・アーマトス、それが彼の名だ。
キュクロ人とは地球でいうモンゴロイドやコーカソイドのようなもので、帝国の名はアストーマといった。アーマトスは王家の血を引く辺境伯の血筋、アーマトス家最後の一人であるノクトは国の再興を目指していた。
イシュターはこれに感化されたのだ。
アストーマ帝国は有角種の魔物を奴隷として扱っていた。
それはキュクロ人でない種族もそう、この世界は民族主義が主流だとは言わないが、アストーマ帝国とそれを制したクシアは似たような考えの国家だったと言える。
もちろんこの場所にもそんな彼らが居るわけで、黒目黒髪の猿獣人であるこの男はノクトの侍従兼護衛としてここに居た。男に名は無い、奴隷という身分では侍従や護衛がそのまま呼び名となるからだ。
だが、ここまで支えてくれたことに一応の恩義もあるようで、エイダという旧時代の護衛を意味する言葉を名前代わりに使っていた。
「エイダ、本当に助かっている。明日も五階層に挑むが大丈夫か。」
「は、ありがたき幸せ。私は帝国再興に携わることが出来ればそれだけで幸せなのです。」
「ノクトは幸せもんだな、帝国を再興したら俺が騎士団長になってやるしな。」
騎士団長はイシュターが勝手に言い出したことだが、二人はこれを肯定も否定もしたことがない。イシュターの素行の悪さは有名だったし、それと同じくらい戦力という意味で当てにしていたからだ。
五階層に挑戦するのはノクト、エイダ、イシュターの三人、それに加えて有角種の魔物が何匹か。彼らは魔物を前面において盾役にしたまま安全に狩りをする。
しかしイシュターは自分の力を試したいために突出する。
それがいいように働くこともあるが、連携が崩れて不利になることも多い、ゆえに五階層入り口から動くことが出来ないでいた。10になったばかりのイシュターを訓練するためと言って納得させているが、文句を言いたいのはどちらも同じだった。
『そんな時にあのスタンピードが起きたんだ。もしかしたらあいつらは知っていたのかもしれないねえ。なにせあいつらは』
その日、イシュター等は初心に戻って陣形を組みなおすという名目でダンジョンの外に出ていた。ダンジョンの外にはクシアの目があるからと籠ったきり出たことが無かったノクトの初めての外出だった。
ダンジョン上階層とは数字が上がる階層のことです。
地下に潜っていくタイプのダンジョンでも、勿論上っていくタイプのダンジョンでもそう呼ばれます。
このダンジョンは地下に潜っていくタイプなので、上に行くでは地上に出るのか深層に潜るのかわかりずらいので、地上に行く。上階層に行くなどの表現がされています。
間違ってる表記があれば教えていただけると小生喜びます。