楽園
イシュターの案内で学者が居たという辺りまで来てみたけれど、建物があるわけでもなく人の気配のようなものは感じられなかった。それでも木の実を食べることはできたし、落ち着いて座れる切り株もあって、何となく落ち着ける場所だった。
「この辺りだったのだが、間違えたか。東屋のような家があったはずだが・・・。」
「ちゃんとした家じゃなかったんだね。トイレとかはどうしてたの?」
イシュターはもうしばらく探してみると言うので、休ませてもらうことにした。
セーフポイントは基本的に動物が居ないはずだから虫とかも大丈夫なはずだ。二匹のオーウルフを枕と布団代わりにして休ませてもらう。
「おい」
オーウルフの毛は剣を通さないほど硬いという話だけど、あれはスキルとか魔法とかなのだろう。現状彼らの毛皮はふかふかだ、疲れた身体を安眠に誘う魔法ならかかっているかもしれない。
「おいって」
夢を見るには早すぎる気がするけど、空耳だろうか。
小さい子供が呼んだ気がした。もしかしたら妖精かもしれない、ここはそんなものが出てもおかしくないような場所だ。
「無視すんなって。起きろ。や、敵じゃないって。ほら、そいつ起こしてくんない。」
狼たちがグルグルと喉を鳴らして威嚇するのを聞けば、さっきまでのが空耳でないと気づく。どうやら客のようだ。そういえばイシュターも学者が一人で暮らしていたとは言っていなかった。もしかしたら集落のようなものがあるのかもしれない。
「ん、んー。どうしたチビ。後で相手してやるから少し寝かせてくれ。」
「誰がチビだ小僧。いいから起きろ。そしてその狼たちを何とかしろ。今にも襲い掛かってきそうだ。いや、あいつが帰ってくる前に話がしたい。寝るのはあとでもできるだろ、少し話を聞け。」
寝る気でいた重い頭を持ち上げると、子汚い少年が藪の中から顔を出していた。
角が生えているので彼もキュクロ人だろうか。それなのにオーウルフたちに警戒されたのは・・・・、よほど不審がられたのだろう。
「小僧、場所を移す。ついてこい」
「いや、お前みたいなチビに小僧って言われると、素直についていく気がしないんだけど。大事な話があるならまずは態度を改めろ。僕の名前はトマスだ。」
少年は面白くなさそうな表情を浮かべた。
それでも話があるのは本当のようで、しぶしぶ僕の名前を呼んだ。どうやら若い分イシュターよりも柔軟で素直らしい。
さっきまでいたところからそれほど離れていない場所にそれはあった。
これがおそらくイシュターが行っていた東屋だろう。しかしイシュターがこの場所を探しているのだからそのうちたどり着いてしまうのではないだろうか。
そう考えて訊ねたのだが。
「ここは結界が張ってある。あの男は気づかんよ。それよりも大事な話じゃ、座れ。」
フィンと名乗った少年が話すのはイシュターの過去、そしてキュクロの結末だった。