勇者
勇者一行が拠点に選んだのは魔族の国の境界にあるさびれた村だった。
本来の計画では魔族の国を乗っ取って国を興そうと言うところなのだが、当たり前に問題しかないのでとん挫している。
「まさか魔王を殺したら全魔族が敵になって襲ってくるとは思わなかったな。」
「大半は逃げたけどな。」
「僕は魔法が使えたから楽しかったなあ」
「リリ様が無事でよかったです。」
「エンジ、めちゃくちゃ活躍していたじゃない。」
それはもう、リリ様のためですからね。という元メイドのエンジは誰に後ろ指さされることも無い立派な冒険者になっていた。何故かその武器は調理道具や箒だったが。そして口数の少なくなって久しい勇者ソウジが呟いた。
「・・・あのさ。みんなマジで言ってるの?あれゴブリンだったよね。王って言ってもゴブリンキングだし、もしかしたらまだ別に居るんじゃないかな、魔王。」
「ソウジ様の隷属の首輪が外れたのだから、それが何よりの証拠です。それよりもそこ掃除の邪魔です、少しどいてくださいませ。」
ソウジは納得がいってなかった。
わざわざ異世界から呼び出された理由が、ちょっと強い冒険者ならば倒せる程度の魔物だったのだから。いや、この世界の定義では魔王になるのかもしれないけれども。
「何を言っているのだソウジ、あいつらは放っておくとすぐに増える。俺達獣人の女を孕み袋くらいにしか見ていないのだぞ、早めに駆除しておかないと被害は増える一方だ。」
「私の家族も奴らに・・・・。いっそ森ごと焼却してやりたい。」
女性の代表として戦闘民族のティファが、旅の途中で寄った自分の村がゴブリンに滅ぼされたのだと知ったエンジが過剰に反応する。だからこそソウジは言葉が少なくなるのだが。
今ソウジ達はゴブリンの森に隣接していたエンジの住んだ廃村で生活している。
家族を失ったエンジは依存と言っていい程リリに傾倒しているし、村に鍛冶設備を整えたガングは一歩も動く気はなさそう。ティファはまだ戦い足りないのか残党狩りを嬉々としてしていて、理論派だったモンスは魔法を使うのが楽しくなって実戦派に鞍替えしていた。
◇少し遅いがここらで説明を入れておく。
この世界、ファンタジーには純粋な人族と呼ばれる人種が呼び出された異世界人のソウジ以外にない。一般にみられるのが獣人で、リリやエンジはここクシア共和国に一番多い耳長獣人だ。
共和国とは名ばかりで五つの公爵家が持ち回りで統治をしている。
クシアは基本的に耳長獣人の国であり、ティファやガングをはじめとした他種族は奴隷にすぎず居住権は無い。奴隷として使役されてこその生活であり、人権は無いに等しい。
耳長と言えばエルフを浮かべるかもしれないが、彼らは豚の獣人。魔族のオークが豚頭と呼ばれることから豚という文字を忌避している。
耳は人と同じ位置にある。
戦闘民族と呼ばれるティファは獅子系の獣人で、魔法使いのモンスはトムと行動を共にするイシュターと同じ種族の有角種族だ。角族と呼ばれるそれらにも種類はあるがここでの説明は省いておく。
ついでに
この世界は「バベルの塔が建たなかった世界」なので言語統一している。
設定上不自然とみえる諸々はこれで消化していただけると助かる。
◇説明終わり
一番問題なのはリリ。
元メイドだったエンジが主種族であるリリをお嬢様扱いしたせいで少々困った性格に育ってしまった、簡単に言うと散財だ。冒険者なので宝石やドレスを買いあさるなどは無いが、かわいいは正義の信条をエンジに植え付けられて装備をとっかえひっかえするようになった。
ドワーフのガングは機能性のみを重視するので、リリの装備は手つかずになった。
相手がゴブリンなので紙防具でも構わないのだけれど、元から貧乏性なのか買った値段より安くなれば売らないし、狭い部屋を圧迫している。
そして金だ。
金に頓着しないメンバーばかりのようで、せっかく家を持ったのにその日暮らしの冒険者活動をする羽目になっている。ソウジが話をあまりしなくなったのは、ストレスの原因が過多すぎることもあるのであった。
Sideリリ
異世界人ってどれだけ裕福なんだろう。
ほんっとうにソウジの無駄遣いがひどい。いいものを長く使うのはいいよ、でも限度があるでしょ。領主様に借りた借金がいくらあるか知っているのだろうか。
確かに私たちは奴隷だし主人であるソウジのことを窘めるなんてできない。
けれど、いくら何でもこの状態は気づくでしょ。あと、食のこだわりが凄い。調味料もお金の糸目をつけずに買うから・・、まあこれは少し感謝してもいいけど。
でも、もう一回いうけど限度。
Sideガング
わしは鉄さえ打っておれば幸せだと思っておった。
鋳造という鉄を溶かして型に流すだけの獣人たちより、打って鍛えるわしらの鍛造は優れていたからそれで満足しておった。
じゃがソウジの国ニーファン?では砂鉄を集めてタマハガネというものを作り、火を起こす素材にこだわり、タンソというものを取り込むために藁を付けたりと、新たな道を示されてしまった。おそらくこれは伝説の黒鋼なのじゃと思う。
ドワーフの我らが鍛えるにふさわしいものじゃ。
魔法銀と呼ばれるミスリルのように魔法を組み込むことはできないようじゃが、そもそもあれは銀なので鍛造ができん。
わしは若いころの熱を取り戻して夢中になって鉄を叩いた。
Sideティファ
あーつまらねえ。
これなら剣闘士やってる方がよっぽど楽しかったぜ、これじゃあガングのおっさんに貰った剣も錆びついちまう。
まあその代わりに自由だけどな。
オレは強い奴と戦いてえ、この辺りはもう肉しかいねえんだ。
魔王ってやつもたいしたことなかったし、モンスのやつを護りながら戦うのは本当に疲れた。
本当にあれが魔王ってやつなのか。って言ったらエンジが慌てて口をふさぎやがった。
あいつにはいろいろ世話になってるから逆らえねえんだ。
くそ、イライラするぜ。
Sideモンス
魔法はやはり素晴らしい。
みんなわかってくれただろうか、私が掛けたデバフの魔法を。魔王の膂力と俊敏を半分に減らすまで10回ほども掛けなおしたが、成功したときのあの動きの鈍さは間違いなく勝利に導いた貢献だった。
火傷をさせるだけの火魔法や痣を作るだけの石弾、驚かせるしかできない水砲に砂埃を舞わせて目つぶししかできない風魔法。四大属性も散々研究をしたけれど、おあれはもう大の字を削っていいのではないだろうか。
その昔は魔物に穴をあける程の火弾や石槍、水圧線に風切なんてものがあったらしいが、その文献も詳細が失われて愚者の妄想だったというのが主流になり始めている。
現在魔法研究の主流は身体強化だが、これはもう調べつくされて誰もが使える。
義務教練に組み込まれている程だ。ソウジが文句を言っていた垂れ流し訓練も、身体強化の新人用カリキュラムだった。
Sideエンジ
みなさん大変いい子で嬉しくなってしまいます。
勇者であるソウジ様の食事へのこだわりは大変なものですが、調味料と毒は紙一重。猛毒とされるカブトトリもほんの少量であればピリッとした辛味のアクセントになります。
ここは私が育った村なので辺りに生えている植物ならば分からないことはありません。
代々伝わる調理法を駆使すればソウジ様も満足のご様子。お金がかからなくて大変よろしゅうございます。
剣士のティファ様はあまりものを考えないようでその実、感がとても鋭くいらっしゃいます。彼女の考える通りゴブリンキングは魔王ではありません。何ならばクシア共和国のどこかに居るオークキングの方がよほど強いことでしょう。
それはソウジ様に知られてはなりません。
何故ならば彼が私たちの隷属の主で、彼が勘違いしている間は平和でいられるのですから。
わたくしはリリ様を娘のように思っております。
私が奴隷にされた時の娘の年齢が出会った頃のリリ様と同じ年頃だったのが決定的だったのでしょう。
この村はクシア属国のニアーダ王国、その辺境。
クシア共和国がなくなってもぎりぎり難を逃れられるかもしれません。
私はあの国が憎い、ここまま魔王様に滅ぼしてほしいと願っているのです。