つたない文章
理由を説明する言葉であるなら、言っていることと言いたいこととの差異を言葉にする必要がある、が説明できればそれで良いとすることではありません(哲学)
子貢 : 子張と子夏とでは、どっちが賢さにおいてまさっているのでしょう
孔子 : 子張はちょっと過ぎていて、子夏は及んでいない、
子貢 : じゃあ、子張の方が賢いと?(先生、人に判断下してますね?)
孔子 : (ギクッ?)どっちもどっちな?ということで、はい(セーフ、セーフ)
判断を下せることが、わかることであるのでは無い
Therefore all things whatsoever ye would that men should do to you, do ye even so to them: for this is the law and the prophets.
ディオゲネス プラトンの雄鶏
Do unto others as you would have them do unto you.
評価しないことが自由であるのは、'己の欲っせざる所は、人に施すなかれ'とすることにおいて生まれる
評価しないことが自由であるのは、'Do unto others as you would have them do unto you.'とすることにおいて生まれない
先生という役割で通用すれば良いというのは、ありと言えばありであるが、そのありと言えばありとする経験論が、(個人個人すべての)主(Neither be ye called masters: for one is your Master, [even] Christ.)
の100%のはい、いいえを実現する方に向いていない、(嫌がらせ、虐待で律法を完全とするのは、形式主義を補完するプロクルステス的人類観でしか無い、そのトップダウンな判断様式式は、神に似せて創造されているとされていることに反する偽物的懐疑法でしかないにゃん)
頭が良いフリをしているから人をバカにしている(頭が良いフリ補正)、強いフリをしているから弱い者いじめをしている、
フリをすることは言うなれば嘘吐きである、だが、頭が良いフリ、強いフリを存在理由としているとき(存在理由としてだから、そうする以外に選択の余地が無い)、実際にバカにすることが出来る、いじめることが出来る、というようなことを自分で自分自身に対することで得られるような反語では無くて、バカに出来る、あるいは、いじめることが出来る他人を自分の正当化のために反語の手段('裏を返せば自分は正しい'とする手段)として利用する、そして、そういうことにしようとする('自分'が'正しい'に繋がって無い、あるいは、'正しい'が'自分'に繋がって無い)
At the same time came the disciples unto Jesus, saying, Who is the greatest in the kingdom of heaven?
And Jesus called a little child unto him, and set him in the midst of them,
And said, Verily I say unto you, Except ye be converted, and become as little children, ye shall not enter into the kingdom of heaven.
Whosoever therefore shall humble himself as this little child, the same is greatest in the kingdom of heaven.
SFによれば数億年から数十億年で宇宙を宇宙と呼ぶことができなくなるかも知れないとされています、世間知らずかも知れませんが、何光年もの旅を安全にするのに数億年は長すぎるというほどでも無いかも知れにゃいのにゃん




