第6話 恋愛ごっこ sideアル
「おいヘタレ」
「ちょっと黙っててくれるかな」
そんなことは自分でも分かっている。にやにやと意地の悪い目で見つめてくる友人のルーカスを、冷たく睨みつけた。
「言うに事欠いて頂き物だ? どうして君のために一生懸命選んだって言えないんだよ」
「……引かれたかと思って」
「いや俺は引いたけどな」
図書館から馬車に乗り、どうにか帰宅した俺を待ち構えていたルーカスに根掘り葉掘り聞かれて、仕方なく彼女とのやりとりを話してしまったが、完全に失敗だった。
「いや、会話するの何回目だ? そんな男にいきなりアクセサリーなんて渡されたら引くだろ」
「……」
「長いこと一方的に見つめていたお前にとっては自然かもしれないが、彼女にとってはほぼ初対面だ。どうしてそう先走るんだよ」
「……」
「それで、あれだけ強引に距離を詰めておいて最後の最後で頂き物で押し切るとか、笑えるんだが」
なにも言えない俺をにやにやと見つめながら、ルーカスが酒を煽る。
無言でルーカスに差し出したグラスに注がれた酒を、一気に流し込んだ。
「まて、意外としっかり落ち込んでるやつか?」
「落ち込むでしょ。頼むから落ち込ませてくれ……」
酒でも飲まないとやっていられない。無言で追加の酒を要求しながら、俺は頭を抱える。
「まともに女性を口説いたのは初めてなんだよ。いつも向こうから来るから」
「煽ってるのか」
「正直、彼女の笑顔を見ると頭が真っ白になる」
「重症だな」
「分かってるよ」
再び注がれた酒を煽った。こんな姿は、彼女には見せられない。次会うときまでには、気持ちを整理しておかなくては。
「可愛いんだよ」
気持ちのままに呟けば、ルーカスは心の底から嫌そうな顔を向けてくる。その表情にもめげず、俺は言葉を繋げた。
「いつもは凛としてて物静かなのにさ、たまに笑うの。ふわって。それが、心臓が止まりそうになるくらい可愛い」
「はいはい」
「時々、抱きしめたくて堪らなくなって困る。きっと柔らかいんだろうな」
「おい変態じみてるぞ。図書館を見張らせてる時点で相当だと思うが、毎回毎回彼女が来たと聞くたびに図書館にすっ飛んでいって、迷惑してるんだ」
「でもそれでライアちゃんを保護できたんだから、よかったでしょ」
「それも俺には意外だった。お前、そんなに他人に興味あったか? 見て見ぬ振りして忘れるタイプだと思ってたんだが」
散々な言われようだが、否定はしない。
「リアが、頑張ってたから。何とかしてあげたいって」
「へえ。お前には勿体無いくらいいい子だな」
「そうだよ。リアは俺には勿体無い」
「嫌みだよ、本気で返すな」
不意にルーカスが、にやにやとした嫌な笑いを消した。ふっと、沈黙が部屋を満たす。珍しく真剣な表情を浮かべて、ルーカスが口を開いた。
「あんまり言いたくはなかったがな。気に食わないんで言わせてもらう。ここからは真面目な話だが、お前、中途半端な気持ちで彼女に手を出すなよ」
「俺はいつだってリアに本気だよ」
「口では何とでも言える。お前だって薄々察してるだろ」
彼女には、何かある。
言われるまでもなくわかっていた事実を突きつけられ、やり場のない気持ちに襲われる。
「俺も一回姿を見ただけだけどな。普通の令嬢じゃないよ、彼女は。身なりもそうだけど、特に表情。普通の令嬢は、あんな影のある顔はしないし、明らかに無視されたり拒否されたりして顔色一つ変えないなんてことはない」
「……彼女は、声が出せないから。普通の令嬢のようにみえなくて当」
「なぜだ? なぜ彼女は声が出せない? お前はそれを知ってるのか?」
「……」
「いいか、声が出せないって言うのは、辛くて辛くて、自分の身体が自分のものだと感じられなくなった時に初めて出る症状なんだよ。……少なくとも、エイミーの時はそうだった。お前、それだけの彼女の痛みに寄り添う覚悟があるか?」
「当」
「軽々しく肯定するな。恋愛ごっこにうつつを抜かすのは勝手にすればいいが、それで彼女を傷つけるのか?」
ルーカスの表情は、言葉は、重かった。
エイミー。ルーカスの妹の彼女は、今、王都から遠く離れた領地で療養しているのだと聞いている。彼女の病状は知らないが、時折、ルーカスが酷くうなされているのを見ることがあった。
何があったかは俺も詳しくは知らない。誰も、多くは語ろうとしなかったからだ。大きな権力を持つ誰かが関わっているのだろうと、予想されていた。
彼女の婚約者と言われていた男が、あっさりと他の女と仲を深めたということだけが、よく知られていた。そしてまた、ルーカスが彼女のことで自分を責め続けていると言うのも、有名な話だった。普段は軽薄で女好きのこの男だが、時折こうして触れれば切れそうなほどに鋭い目をする。
「いいか。何かあった時に一番傷つくのはお前じゃない。彼女なんだよ。お前は彼女に何を望んでる? 妻として娶りたいのか? 愛人としてそばに置ければ十分なのか? お前にとっては恋愛でも、彼女にとっては人生だったりするんだよ」
そうして俺の手から酒を取り上げたルーカスは、荒々しくグラスをテーブルに叩きつける。
「逃げるな。誤魔化すな。愛だけで幸せになれるほど、この世界は甘くない。本当に彼女に本気なら、きちんと向き合え」
頬を殴られたような心地がした。
彼女に本気だと言いながら、彼女の事情を微かに感じ取っていながら、彼女を落とすことしか考えていなかった自分に吐き気がした。
「もう寝ろ」
その言葉とともに投げられた毛布に身体を包み、その辺のソファに寝転がる。部屋に戻るのも億劫だった。
流し込んだ酒のせいか、すぐに眠気は襲ってくる。
『なんだか、放っておけなくて。……私に、似ているからでしょうか』
最後に思い出したのは、そう書かれた彼女の少し拙い文字と、影のある微笑だった。