ただひたすらに、愛したい。
「レイ!!」
懐かしい声を耳にして、私は慌てて声のした方を向いた。顔の周りの白いヴェールが、さらりと揺れた。
「マーサさん!」
思わず呼び返せば、驚いたように、街の人たちがマーサさんの方を見た。その傍らには、エリックさん。ザック。常連の皆さん。懐かしい、大好きな顔に、思わず涙腺が緩みそうになるけれど、せっかくのお化粧が崩れてしまうから。
私は精一杯の微笑みを浮かべて、純白のドレスに包まれた腕を振った。
そっと、反対の手が握られた。向かいに座っているアルが、私の手を掴んだのだ。
きっと彼としては面白くないだろうけれど、私の気持ちを考えて邪魔をしないようにしているのだろう。そのぎりぎりが、きっとこれなのだ。
きゃあっという、歓声が上がった。
残念ながら、結婚式自体にマーサさんたちを呼ぶことはできなかった。予想はしていたけれど意気消沈する私に、見せに行けばいいでしょ? とアルは笑った。
まさか、色々と開け放たれた馬車に乗って街を回るなんて、大仰なことになるとは予想していなかった。これはこれで、かなり恥ずかしいけれど、アルが満足そうなので気にしないことにした。
マーサさんたちと交わしたい言葉はたくさんある。もう一度彼の屋敷に戻ってから、色々なことがあった。
半泣きどころか、完全に泣いているミアに、窒息しそうなくらいに抱きしめられたこと。そのミアにルーカス様のことを聞いたら、見たことがないような照れた顔をしたこと。可愛かった。
ルーカス様にも会った。もともと女性に興味のない印象のある人だったからほんの少しだけ心配していたけれど、想像を遥かに超えてミアに惚れきっていて笑ってしまった。聞けば、エイミー様も、少しずつ社交界に復帰しているのだという。
その社交界も、きっとアルやミアが頑張ってくれたのだろう。当然、値踏みするような視線や嫉妬の視線はあるが、前のような、余所者を排除するような、攻撃的な視線は無くなった。アルの婚約者としての私という人間を、少しずつ受け入れてくれているように思う。鈴の令嬢、なんて言われていると知った時には、流石に照れた。
イザベル様は謹慎中らしい。婚約は双方お咎めなしという形で解消となった。どれだけアルが手を回したかは、怖いので聞いていない。けれど、しばらく社交界に戻ってくることはないだろう。
お義父様も、お義母様も、どう思われるかと緊張していたけれど、温かく受け入れてくださった。アイルにはあなたが必要なの、と言われた時には、涙腺が緩んだ。
式が終わって落ち着いたら、また会いに行こう。平民のようなふりをして。きっと護衛はつくだろうけれど、平民のふりは得意だ。
そして、微笑んで言おうと決めている。
私は今、幸せなのだと。
「……リア」
見えなくなってしまった彼女たちの方向を、未練がましく見つめている私の耳に、身を乗り出したアルが声を吹き込んだ。その声音は少しだけ不満げで、私は微笑んで振り返る。
「アル」
そう呼び掛ければ、満足げに、私の頬を撫でる。
「もう何度も言ったけど、綺麗だ。ほんと、夢みたいだよ」
「夢じゃありません。私はずっと、ここにいます」
「うん」
顔を見合わせて、微笑んだ。こつんと、額がぶつかった。
息がかかりそうなほどの至近距離で、アルが笑う。
「リア。ありがとう。本当に、幸せだよ。ありがとう」
「私も幸せです。これ以上ないくらい。こちらこそ、ありがとうございます」
すっと細められた彼の目に誘われて、私も目を閉じる。柔らかく、唇が重なった。
その瞬間、きゃあっと湧き上がった歓声に、ここがどこだったかを遅ればせながら思い出す。羞恥で、顔を隠す私。余裕の笑みを浮かべて、立ち上がったアルが手を振った。
馬車はゆっくりと進んでいく。
このままくるりと街を回って、私たちの家へ帰るのだ。
立ったままのアルが、悪戯な光を目に灯して、私を見下ろした。その口が、楽しげに言葉を紡ぐ。
「向かい、座っても?」
私は無言で向かいの席を手で示すと、弾けるような微笑みを浮かべた。
これにて、完結となります!
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長い間お付き合いいただき、ありがとうございました!




