第33話 昏くて重い sideアル
『別れましょう』
覚悟していた。いつかは、言われるような気がしていた。
けれど、彼女から伝えられるその言葉は、想像を遥かに超える質量でもって、俺を殴った。
「レイリア様がもし、マグリーク様の隣を拒んだら。あなたの隣が辛いとレイリア様が仰ったら。マグリーク様は、レイリア様を手放せますか?」
その問いの答えは、否。
リアがどんなに拒んでも。嫌だと泣き叫んでも。俺はもう、彼女を手放すことなど、できはしない。
頭が痺れたようになっていた。ずっと携帯していた、即効性の睡眠薬を取り出す。
使わないと決めておきながら手放せなかったそれを、優しく彼女に飲ませる。
やっていることは、あの女たちと変わらない。リアが嫌がることをしていると確信した上で、手は勝手に動く。
ぐったりと力を失った彼女の身体を、縋るように抱きしめた。
「リア、ごめん。ごめんね。俺なんかが愛して、ごめん」
眠っている彼女から答えが返ってくることはない。それに甘えきって、身勝手な謝罪を溢す。
「離してあげられなくて、ごめん。愛して、るんだ」
本当に、吐き気がする。
愛した人を、幸せにするどころか苦しめている。やつれさせて、限界まで動かせて倒れさせて、逃げたいと望んだ彼女をその椅子に縛り付けて。
最初は、リアも俺を愛してくれていた。隣に立ちたいと、言ってくれた。けれど、途中から、分からなくなった。俺が手を伸ばすと微笑む口元は、染まる頬は、嘘ではないと思っていた。だが、途中から彼女は、笑わなくなった。
それでも、狂おしく、彼女が好きだった。
眠るリアに背を向けて、立ち上がった。
リアの部屋を出てすぐに、家中の使用人を集めて厳命する。
「リアを、絶対にこの屋敷から出さないで」
「ですが……」
「黙って。解雇されたいの?」
今更手放せない。どこか壊れていると分かっていても、止まれない。
「リアが望むものは何だって与えて。快適に過ごせるように気を配って。でも、絶対に、一歩たりとも、家から出したら許さないから」
それでも、湧き上がる不安は止まらない。
知り合いに手紙を書いて、鍵を持ってくるように言った。扉の外からかけられる、大きな鍵。今手元にある一つだけでは、到底足りない。この不安を覆い隠すには、足りるはずがない。
その手紙を近くにいた使用人に押し付けると、俺は部屋から出た。
今更、リアに合わせる顔などない。
家にじっとしていることもできずに、意味もなく家を飛び出した。行き先などもとよりない。適当に馬を走らせて、どれくらい経ったかも分からない。
いい加減身体のあちこちが痛くなってきたけれど、休憩する気も起きなかった。深く考えず、彼女の生まれた屋敷がある街へと馬を向けた。こんな時にも彼女が残したかけらに縋ろうとする自分が、可笑しかった。
街について、ゆっくりと馬を歩かせる。
自分の目で見たものが、信じられなかった。
風にさらさらとなびく、美しい銀髪。見間違えるはずもない。今頃、家にいるはずの彼女が、今、ここにいた。
その視線は隣にいる見知らぬ男に向けられていて。ふわ、と笑った彼女が、男の腕に手を伸ばした。
2人の向かう先には、小さな宿。
「……リア。ねえ、何やってんの?」
黒いものが、心を塗りつぶしていく。




