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第27話 激動

「レイリア様、少しお話が聞きたいのです」


 久しぶりに参加した小さなお茶会。突然現れたイザベル様は、動揺する周囲の令嬢を尻目に、綺麗に笑った。そのまま、私の耳元に口を寄せる。


「あなたのところの侍女……ミア、でしたっけ? について」


 さあっと、血の気がひいたのが分かった。その反応を見逃さなかった彼女は、その笑みを深める。


「そうですね、彼女を私に譲ってくださるのなら……私は、今まで通りレイリア様と仲良くさせていただきたく存じます」


 それは、まさしく取引だった。

 すなわち。エイミー様の件について何も知らなかったことにして、ミアを彼女に引き渡せば、社交界の中で私を守ってくれると。逆にそれを拒めば、どのような目にあっても知らないぞ、という脅し。

 どこから情報が漏れたのだろう。分からないけれど、彼女は、ミアが私の侍女として生きていること、そして私がミアを信じているということを、知っている。


「私、彼女が大好きなので」


 そう言った微笑みは、あの時と変わらず透き通るように美しかったけれど、今回ばかりは見惚れるような気分にはなれない。

 答えなど、とうに決まっていた。私は、自分のために、ミアを人質に差し出すことなど、できはしない。愚かな選択と言われようと、私が咎められようと、そこだけは譲れない。ミアを差し出すような真似をした後に、幸せにアルと添い遂げられるとも思えなかった。


 真っ直ぐに彼女を見上げた。できるだけ美しく、けれど確固とした意思を持って、首を横に振った。

 

「そう」


 一瞬だけ、彼女の表情が抜け落ちる。けれどすぐに、元の輝くような笑顔を取り戻した。そうして彼女は、ゆっくりと私から離れていく。

 その意味を、周りにいた令嬢たちは正しく受け取った。


 今までの私の立ち位置は、イザベル様のお気に入り。お茶会に出席すれば必ず彼女が隣にいて、そうして私は守られていた。そうでなければ、突然アルの婚約者候補として現れた令嬢など、嫌がらせどころか秘密裏に消されてもおかしくない。もともとそれくらいの覚悟はしていたのだから、今更という話ではあるけれど。

 その彼女が、初めてお茶会の途中に私から離れた。仲の良い数人の令嬢と連れ添った彼女は、時折こちらを見ては何かを囁いている。きっと、あることないこと吹き込んでいるのだろう。


「私には、レイリア様が、アイル様に相応しいとは思えませんわ」


 風に乗って流れてくるイザベル様の声。もちろん、聞かせるように言っているのだろうけど。


「本当は、応援しようと思っていたのです。……アイル様に恋焦がれている、仲間として。アイル様が大切にしているという彼女を、私も大切にしたかったのですが」


 イザベル様の声が、震えた。いつもは鈴の音のように涼やかな声が、抑え切れない激情を伴って揺れる様は、聞く人の耳を強く惹きつける力を持っていた。

 気がつけば、会場は静まりかえっていて。誰もが、イザベル様の話に聞き入っているのが分かった。


「ずっと、迷っていたのです。彼女を応援することが、アイル様のためになるかどうか。レイリア様が、頑張っていらっしゃるのは分かります。それでも、彼女ではアイル様の妻は務まりません。2人きりのお茶会の時も、質問ばかりで、あまりお話をされませんし。流行のお話にも疎くて。すぐに感情が見える方で、私がアイル様をお慕いしていると言った時は、本当に恐ろしい目をされて。アイル様の選んだ方ですから、と思っていたのですが、私には彼女が、アイル様を幸せにすることができるとは思えません」


 彼女は、両手で顔を覆った。その肩を、近くにいた数人の令嬢が支える。


「嫉妬だとお思いになりますか? そうですね、嫉妬かもしれません。私は、アイル様を、ずっとお慕いしていて――彼の隣に立つ令嬢は、私で、ありたかった……」


 震える彼女の慟哭を、皆が静かに聞いていた。ごめんなさい、と呟いたイザベル様が、ゆっくりと立ち上がる。次に視線が私に向いた時、私は悟る。

 その目に宿る、明らかな敵意。なんでこんな女が、という無言の非難。


 前を向いた。

 これくらい、大丈夫。私は大丈夫だ。

 真っ直ぐに彼女たちを見つめ返せば、ふいと目を逸らされる。


 そうして、ゆっくりと喧騒が戻り始める。聞こえてくるのは、確かな私への敵意。

 初めて社交界に出た時のことを思い出した。そう、あの時に似ている。けれど、少しだけ違う。これはミアを庇ったが故の結果で、そのことを私は後悔していない。


「声が出せないなんて。他の全てが完璧だって、それだけで、アイル様に相応しくないと、なぜ分からないのかしら?」


 いくつもの言葉が渦巻く中で、その言葉だけが、やけにはっきりと聞こえた。

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― 新着の感想 ―
[一言] イザベルが怖い…でもミアを守ったリアかっこいい! これからリアに何が起こるのか、どのような行動を起こすのか楽しみです!
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