第21話 あなたの力に
「あなたと仲良くしたいのです」
そう言う彼女に、なんと返せば良いかわからなかった。
こちらとしては、とてもありがたい話だ。むしろ、こちらからお願いしようとしていたことですらある。けれど、あまりにも話がうまく行き過ぎていて、不安になる。
「お願いです。そんなに警戒しないでいただけませんか」
『いえ、警戒などしておりません。イザベル様のような素敵な方とお話しするのが初めてで、少し緊張しております。すみません』
「いいのです、レイリア様が警戒されるのは、当然のことですわ。ですが、私、レイリア様のお力になりたくて」
そっと、イザベル様が微笑んだ。その微笑みがあまりにも美しく整っていて、同性であっても見惚れそうになる。
「失礼ですが、レイリア様は社交を始めたばかり。さらに、あのアイル様の婚約者候補としてのご登場ですから、大変なことも多いでしょう? 私もこの見た目ですから、デビュタントの時はかなり騒がれて、大変な思いをしましたの。そんな経験もありまして、少しでも力になって差し上げたくて」
『ありがとうございます。とても心強いお言葉ですわ』
とりあえず、当たり障りなく返してみる。その目が、悲しげに細められた。
「信じていただけませんか? それもそうですよね、こんな話、何か罠にかけられていると思う方が自然です。そのお心がけ、素晴らしいと思います。そうですね……正直に言ってしまいますと」
ふっと、彼女の目が伏せられた。花蕾のような唇に、憂いを帯びたような微笑みが宿る。
「私、ずっとアイル様をお慕いしておりますの」
周囲の音が消えた。この時ばかりは、取り繕ってはいられなかった。
少しだけ陰った眼差しで手元のティーカップを見つめるその頬は、柔らかく桃色に染まり。一つの絵画のように美しい彼女と、アイル様が並び立つ様子を想像する。
絵に描いたような、美男美女。どこからどう見ても、お似合いの2人。
つき、と胸に痛みが走った。
「あ、誤解なさらないでください。私はお二人の邪魔をするつもりなどありません。むしろ、喜んでいるのです。アイル様は、もともとあまり感情を表に出さない方で。そんなお顔ももちろん素敵でしたが、最近は、優しく微笑まれるようになったと噂になっているのです。レイリア様のお話になると、幸せそうなお顔をなさると」
『……』
「もちろん、隣に立つのが私であればと思ったことはありますわ。でも、アイル様がお幸せならば、私はそれで十分なのです。だから、レイリア様の味方になりたくて」
照れたように、彼女が笑った。恥ずかしい話を、と言って口元を抑える彼女は、もう片方の手でそっと私の手を握る。
「レイリア様が傷つけられているのをお知りになれば、アイル様はきっと悲しまれます。私は、それが嫌なのです。こんな不純な動機であなたに近づいた私を、軽蔑なさりますか……?」
『いえ。それは……ありがとうございます』
どう答えて良いか分からなかった。アルを想っている女性は、沢山居る。そんな当たり前の事実を突きつけられて、目の前の彼女がそうだと言われて、ふと、彼は女性に人気があるんだろうな、と思った図書館の日を思い出す。
『本当に嬉しく思います。ぜひ、仲良くさせていただければと思いますわ』
そう言って頭を下げれば、イザベル様はほっとしたように柔らかく笑った。そのまま、なんてことのない世間話に移行する。
世間知らずの私がついていけるかどうか不安だったが、イザベル様はどうやらかなり話題を選んでくださっているようで。分からないところはほとんどなく、あったとしてもそれを察した彼女がそれとなく話題を逸らしてくれる。ゆったりと時間が過ぎていった。
「私たち、良いお友達になれそうで。嬉しいですわ」
『はい。私も嬉しいです』
軽やかに笑ったイザベル様が、ふとその微笑みを消した。急に真剣な色を宿したイザベル様が、恐る恐るというように私に問う。
「失礼を承知でお聞きします。ご気分を害されてしまったら申し訳ありません。……その、レイリア様のお声は……」
いつかは触れられるだろう、と思っていた。話の間も、イザベル様は私が文字を書くのを根気強く待ってくれたが、そういう人ばかりではないことはわかっている。そう都合よく、文字をかける場所がないことも。
社交界では致命的なそれを、私の力になりたいと言ってくださっている彼女が、気にしないわけはなかった。
『はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありません』
「いえ、そういうことではなく! やはり、社交において大きく不利になりますから、直すために私にできることがあれば、と。すみません出過ぎた真似を」
『そんなことはありません、ありがとうございます。私のこれは後天性のものですから、きっと直すことはできるのだと思いますが』
声を出すな。
蘇るその声。急に息が苦しくなって、私は考えるのを止める。まさか、イザベル様の前で倒れるわけにもいかない。
「私、なんでもしますから! レイリア様が普通に社交ができるよう、なんでもおっしゃってください!」
『ありがとうございます』
普通に社交。
声を出せない、ということは、やはり当然のように克服すべきことなのだ。
このまま、公爵夫人になろうとしていたわけではもちろんない。けれど、やはり、逃げていた面はあったように思う。
アルのためにも。自分のためにも。ずっと、逃げ続けているわけにはいかないと分かっていた。
声を出すな。
その呪いに、いつまでも縛られているままでは、いけないのだろう。




