第16話 ミア
「私は、お二人のご婚約を応援することはできません」
そう言い切ったミアを、あの時は呆然と見つめることしかできなかったけれど。あの後、何回か2人で言葉を交わした。
「私は、レイリア様が心配なのです。まだ私には、マグリーク様がレイリア様を預けるに足る人間なのか判断できていませんから」
『アルは、本当に良い方よ』
「レイリア様が仰るなら、そうなのかもしれません。……ですが、不快に思われるかもしれませんが、私には、あの方が自分勝手な方のように思えてならないのです」
『というと?』
「レイリア様が妻となった時、批判されるのはレイリア様です。マグリーク様を面と向かって批判できるような人はほぼいませんから。そして、そのために血を吐くような努力をしなければいけないのも、レイリア様です。あの方は、ただ今まで通り生きているだけでいい」
『……』
「そんな状況で、あの方は、勝手に、無理矢理、他に選択肢などない状況で、レイリア様を婚約者に望みました。レイリア様が苦しむとわかっていて、です。私は、それが許せないのです」
見上げたミアの顔は強張っていた。必死で感情を隠そうとしているけれど、その精一杯の無表情から染み出す激しい感情があった。
『アルの婚約者候補になったのは、私の意思よ。他に選択はなかったというけれど、もし、他の選択があったとしても、私は今の道を選ぶわ』
「そうかもしれません。けれど、その気持ちは永遠に続きますか? どれだけ批判されても中傷されても、心の底からマグリーク様の隣を望みますか? そうだとしたら、レイリア様は一生苦しみ続けることになります。そうでなかったとしたら、あの方は、その気持ちの変化をお許しになると思いますか? 貴族というものは皆、自分のことしか考えないような人間ばかりです」
そういうミアが、痛みを堪えるような、見たことのない表情をしていたから。恐る恐る、私はミアに問う。
『……ミアは、貴族に詳しいの?』
「いえ、ただの一般論ですよ」
そう言い切ったミアから、これ以上話す気はないという強い意志を感じて、私は追求するのをやめる。
『ミアの言いたいことは分かったけれど、ごめんなさい、アルの婚約者候補を降りろという言葉にだけは従えない』
「分かっています。これは私の考えで、レイリア様に強要するつもりは元よりありませんでした。ただ、お許しください、私にはどうしても、お二人の婚約を応援することができないのです」
ミアは、最近、少し変わったように思う。纏う空気が、少しだけぴりりとしているというか。何かに警戒する姿勢を崩さないようだというか。
それが私を心配してのものだというのなら、私は彼女に感謝してもしきれない。
「ですから、反対しているからといって、邪魔するつもりもありません。ただ、私が、お二人のご婚約を応援できない気持ちを隠したまま、不誠実に、レイリア様にお仕えすることを許せなかっただけです。……身勝手で申し訳ありませんが、今まで通りに接していただけると、私は嬉しいです」
もちろん、私を解雇なさるというのなら、それも構いません。むしろ、その方が良いのかもしれません。
そう呟いたミアは俯いていて、その表情はよく見えなかった。
正直に言ってしまえば、私にはミアの気持ちがよく分からない。
私はミアについて知らないことだらけで、今回のミアの行動も、不誠実に仕えるのが嫌だと言いながら私の侍女を引き受けた理由も、見慣れぬ表情も、どう接するのが正解か分からない。
けれど、ミアは、私にとって本当に大切な人で。そしてミアの行動は、全て、私を思いやってのものだと良く理解しているから。
『私がミアを解雇するなんて、本気で思ってるの?』
「……その覚悟は、しておりました」
『もしそうなら、とんだ誤算ね。ありえない』
「……」
少しだけ、喜びを隠しきれないような表情で笑ったミアは、今まで通り、よく私に仕えてくれている。慣れない仕事も多いようで大変そうだが、特に変わった様子はなかった。
あの時のやりとりも含め、かいつまんでアルに説明する。
『ミアの気持ちを全て察することは私にはできませんでしたが、ミアは、私のためによく働いてくれていますし、私のことを思ってくれています。それは事実です』
「……そう」
何か含みのあるような表情で頷いたアルは、どこか遠くを見るような顔をしていた。
やはり、アルとしては複雑な心情なのだろう。それもそうだ。
「ああ誤解しないで。別に、ミア嬢が君に仕えることに反対してるわけじゃないんだ。でも……」
「アイル!」
珍しく迷うように言葉を重ねるアルの言葉を遮るようにして、大きな声が響く。
2人でそちらを見れば、ヘーゼルの瞳の、しっかりとした体つきをした背の高い男性がこちらを見ていた。
「ルーカス……」
アルにしては珍しく、うんざりした、というように、その名が呼ばれた。




