大変です! ホームレス二人が女装師を取り合ってます!!
土曜日の午前十時。久しぶりに息子と一緒に近所の公園に来たのだが……。
「やめてぇぇ!! 私の為に争わないでぇぇ!!」
ジャングルジムの上から野太い声が響いた。
声の主は小麦色に焼いた肌にサングラス、金髪のウィッグをつけている。ミニスカートから伸びる脚は逞しい。つまり、おっさんだ。
その下では二人のホームレスが睨みあっている。二人はどうやら、ジャングルジムの上に座る女装男を取り合っているらしいのだ。
「いやああああ嗚呼! 暴力はやめてぇぇぇ! 二人が争いを止めるまで、私はここから降りないわ!!」
取っ組み合いが始まったところで女装男が泣き始めた。しかし、ホームレス達に収まる様子はない。髪と髭をお互いに引っ張り、顔が歪んでいる。醜悪だ。
五歳の息子が小声で「遊びたいのに……」と言った。
……分かった。父さんに任せなさい! この場を鎮めてみせよう!
「待ちなさい!!」
「……なんだオマエは?」
「……オデを怒らすなよ?」
ホームレス二人に凄まれるが、ここで引いてはいけない。
「そ、その女性? は暴力による解決を求めていません!! もしその女性のことを本当に思っているのなら、別のことで競うべきじゃないですか!?」
「……別のこと?」
「……ムズカジイこと言いやがって」
難しかったかぁ……。ここは具体例を示すしかない。
「例えば! その女性がより喜ぶものをプレゼントした方が、お付き合い出来るとか……」
「……喜ぶものを」
「……プデデント?」
ごめん! プレゼント!!
「それがいいわ!! 素敵なプレゼントをくれた殿方と、私は付き合うわ!! 期限は一週間後の午前十時!! 立会人はこの人よ!!」
ジャングルジムの女装男が私を指差す。えっ、立会人!?
「パパ! 決闘!?」
昨日の晩に読み聞かせた絵本『かぶと三十郎 お昼の決闘の巻』の影響か……。さっきまで暗い顔をしていた息子が目を輝かせている。
「まぁ、決闘と言えば、決闘かなぁ……」
「凄い! 決闘だね! 幼稚園のお友達も呼んでいい?」
「……呼びたいの?」
「うん! みんなで決闘みるんだ! いいでしょ!?」
息子の真っ直ぐな瞳が私を捉えた。妻に似て、意志の強い子だ。こうなったら梃子でも動かないだろう。
「……いいよ」
「やったー!! ママにお願いしてたくさん呼ぶね!!」
沢山かぁ……。大丈夫かなぁ……。
「さぁ、行って!! 私が喜ぶものを見つけてきて!!」
女装男が檄を飛ばす。そしてホームレス達がそれに応えた。
「みてろよ!! きっと喜ぶものを見つけてくるからな!!」
「オデだって、負けないぞ!! プデデント見つける!!」
プデデントみつかるかなあぁ……。
私の心配とは関係なく、ホームレス達は二手に分かれて駆けていった。ジャングルジムの上で女装男が笑う。
「面白いことになってきたわねぇ」
「うん!」
息子の元気な返事に、私は覚悟を決めた。
#
決闘の日。まだ6時だというのに息子に起こされた。楽しみにしているらしく、朝から元気いっぱいだ。テレビアニメもそこそこに、公園に行こうという。
「パパ、早く行こうよ!」
「……まだ早いって」
「いいのっ! お友達もきっと、もう来てるよ」
「いいじゃない、パパ。行きましょうよ」
ホームレス同士の決闘? だぞ。なぜ妻は嬉々として幼稚園のママ友に連絡をしていたのか!? 理解に苦しむ。
「は! や! く!」
帽子をかぶって玄関で待つ息子に負けて、私は靴を履いた。全く、どうなっても知らないからなっ! と私は妻に言ったが、笑って流されるだけだった。
公園に近づくと、子供の声がいくつも聞こえる。どの遊具も賑わっていて、ジャングルジムの周りには色とりどりのレジャーシートが敷かれていた……。
一体、どんな風に伝えたのか? ジャングルジムの上で紙タバコをふかす女装男をみて、なんとも思わないのか?
「パパ、今何時?」
「……9時45分」
「もうすぐね」
息子も妻も、楽しみにしているようだ。ホームレス同士の決闘を……。
──来た! と誰かが声を上げた。
東の入口から男が一人、やってくる。男はボストンバッグを肩に担ぎ、険しい表情だ。
ドンッ! とジャングルジムの前に投げ出されたボストンバッグが、観客の視線を集めた。
「持って来たぞ! タエコの喜ぶものを!」
男は誇らしげに言う。女装男──タエコ──は煙を吐いた。
「随分と張り切ったようね」
「当たり前だ! 俺はタエコを手に入れる!!」
──キャァァァァ! 羨ましいぃぃ! と冷やかすのはママ友の集団だ。中身は何かしら? と盛り上がっている。
さて、もう一人もそろそろ来る頃か──。
「重イ、重イド──!」
……もう一人のホームレスが西の入口からやってきた。こちらは大きな麻袋を担いでいる。一体、何が入っている?
「揃ったようね。立会人のあなた、頼むわよ?」
ジャングルジムの上から声が掛かった。息子を見ると、期待に満ちた瞳をしている。……仕方ない。やるか。
大きく息を吸い込んだ。
「──ことの発端はある女でした! その女は小麦色の肌に黄金色の髪を靡かせ、手の届かないところにいます。高嶺の花とはまさに彼女のような存在のことをいうのです」
公園に私の声が響き、ホームレス二人が頷く。
「しかしある日、その花に触れようとする男が現れました。それも同時に二人。男達はいがみ合い、殺し合いにまで発展しそうな勢いでした。そんな時、女は言いました。私が欲しいなら、私に贈り物をして。私を喜ばせた方と付き合うわ。と」
──ォォオオオオオォォォ!!
今まで静かにしていた父親達が盛り上がる。
「今日は決戦の日! 二人の男はどんなプレゼントを持ってきたのか!? さっそく見ていきましょう!! 先ずは東の男!! あなたはタエコさんに何をプレゼントするのですかっ!?」
東からやってきた男はボストンバッグを指差す。
「金だ!」
──ええええええええっ!! 観客から驚きの声が上がる。
東の男はボストンバッグのチャックを荒々しく開き、それをひっくり返してガクガクと揺らす。すると山になるのは福沢諭吉、一万円札だ!
「どうしたのこんな大金?」
女装男がズレたウィッグを直しながら尋ねた。
「ふん。俺は元々、会社をやってたんだよ。俗世に嫌気がさしてホームレスになったがな……」
東の男は照れ臭そうに頭をかく。痒いからではないのだろう。
「これは驚きました! 東の男がプレゼントするのはまさかの現金です! しかも凄い額だ!! これに勝るものがこの世にあるのか? さぁ、次は西の男です! あなたは一体、タエコさんに何をプレゼントするのですかっ!?」
西の男は大きな麻袋を肩から下ろし、地面に立てる。そして袋の口を開けると──。
「オデのプデデントは、タエコが失ったモノだ!」
──中から現れたのは線の細い女の子だった。中学生ぐらいだろうか? 口に布を詰められ、ロープで縛られた腕が痛々しい。
「……ミカ。何故ミカがここに……」
女装男がサングラスを外した。何事かと観客が息をのむ。
「オデが探してきたド。タエコは酔っ払うと娘の話ばかりしてたからな」
「大きくなって……」
女装男が地上に降りてきた。麻袋の女の子にスッと近寄り、口の布とロープを外す。
「パパ!」
女装男は困った顔をした。そして──。
「……今はタエコだ」
──絞り出すように答えた。
「違う! パパでしょ! 何で女の格好をしているの?」
「……過去と決別する為だ。魅力がないから、私は妻に浮気をされた。男として負けたんだ。だから私は家を出た」
「私はパパと暮らしたかったのに!」
「……子供に必要なのは母親なんだ。それに、今は別の父親もいるだろ?」
「あの人は父親じゃない! 私にとってパパはパパだけなの!」
麻袋から出た女の子が、女装男のウィッグを引っ張った。白髪混じりの短髪が現れる。
「ねぇ、パパ。私はもうあの家には戻りたくないの。お願い。一緒に暮らして」
ママ友集団の啜り泣く声が聞こえる。
「しかし、私は今や女装ホームレス。金も家もない……」
東の男が激しく頭を掻き始めた。何やら悩んでいるようだ……。そして札束を掴んで差し出す──。
「タエコ! もってけ!」
「えっ! なんで!? 貰えないわ……」
「お前はまだやり直せる! だから、いっちまえ!! それに、俺にとって金なんざ、丈夫な便所紙だ。だから、もってけ!」
「……本当にいいの?」
「当たり前だろ! 元々、タエコにやるつもりで持ってきたんだ」
「オ、オデだって! 父親がスカートじゃ、カッコつかないド。こで、はいてくれ!」
西の男が自分のズボンを脱いで差し出す。タエコだった男はズボンを受け取り、スカートとはき替えた。西の男がスカートを身につけたことは言うまでもない。
「……二人とも、ありがとう」
タエコだった男がホームレス二人に深く頭を下げた。何処からともなく拍手が起こった。それは大きくなり、公園に響き渡る。
「行こうか?」
「うん!」
親子が公園から出ていく。拍手はまだ鳴り止まない。
東の男を見る。泣いていた。
西の男を見る。泣いていた。
その涙の意味は誰も説明出来ないだろう。
「ねぇ、パパ」
息子がこちらを見上げている。
「……うん?」
「この決闘、どっちが勝ったの?」
「……難しいなぁ。ママ、どう思う?」
「何でも勝ち負けを気にするのは、男の人のよくないところよ。それで逃す幸せもあるのだから……」
「ふーん。つまらないのー」
そう言いながらも、息子は満足気な表情をしているのだった。