この海の向こう。
海の向こう、誰かに呼ばれた気がして。
散歩がてら、家から少し離れた海に来た。
風が吹く。
蒸し暑くて少し肌にベタつく潮風。
曇天広がる生憎の鈍色空。
天気のせいで、海も鈍色に染まっていた。
砂浜に降りる。
しゃくっと、草履と砂が触れた音がする。
しゃくしゃくと、草履で砂浜を歩く。
砂が草履に上がってきて、足が砂まみれになる。
そんなことはおかまいなしに。
海の方へと歩み進める。
…しゃくっ。
ちゃぷんっ…
打ち寄せる波に濡れないところ。
足を、止める。
海の向こうから吹く、風。
その風が、私の長い黒髪を撫でるように吹き過ぎる。
この海の向こう。
君の頬を撫でたかもしれない風が、
なんどもなんども私を吹き過ぎる。
その風が吹く方へ。
海の向こうへと、手をのばす。
蒸し暑くて少し肌にベタつく潮風。
指の隙間を風が吹き過ぎる。
打ち寄せる波が、ちゃぷんっと足を少し濡らした、時。
誰かの指が私の指の隙間に触れた気が、して…