第4話 学園
日付変更のお供に
ヘリング家にお世話になって1週間。すっかり生活にも慣れ、さて今日から出勤だ。
改めて自分の新しい設定を確認する。
・名前はレオ・アイゼル。二十歳男性独身
・ヘリング伯爵家の遠縁で隣国のアイゼル家出身
・専門は豊富な知識を活かしたジョブ概論とカウンセリング
まあアイゼルって苗字に慣れておけば、後は何とかなるでしょ。
家の馬車に乗り、アメリーさんと一緒に登校・出勤する。
と言っても、学園は貴族区の最奥部、もうすぐ王城という場所にある大図書館の傍にあるので、あっという間に到着するんだけど。
正門の前で馬車を降り、門衛に紹介状を見せて門をくぐる。
一番手前の建物が目的地らしく、アメリーさんが案内してくれる。
ここで一旦お別れだ。
◇
「レオ・アイゼルです。今日からお世話になります。」
「ヘリング卿の遠戚とか。子供たちの中にはジョブで悩む子も大勢います。何とか力になってあげて下さいね」
学園長である年配の優しそうな女性への挨拶を終え、学園長室を退出すると、総務係だという女性職員に学園内をざっと案内・説明してもらった。
一番手前が講師棟、その裏手には広場があり、右側の校舎が高等部、左側の校舎が中等部。付帯施設はその周辺を囲む様に存在するとの事。
俺は、早速講師棟の自室に案内された。
2部屋続きで、1部屋が研究室、もう1部屋がカウンセリングを行うミーティングルームだ。
「アイゼル先生には、まずジョブのカウンセリングをして頂きます。既に一週間ほど前に全校生徒に告知しています。私が受付担当という事で窓口になっていて、現在三名の生徒がカウンセリング希望です。いつからでも開始出来ますので、先生のご用意が整い次第、ご連絡下さい」
総務担当の、えーと、ミーシャ・ラッセルさんだったっけ。から。そう告げられる。段取りいいな。
「了解です。午前中には部屋の整理と準備を済ませます。今日の午後から開始で大丈夫です。あ、それと、食事の事が分からないので、お昼ご一緒しませんか?」
食事に誘うと、軽く微笑んで了承された。
「分かりました。ではお昼少し前にお迎えに来ますね。」
◇
ざっと部屋を片付け、いつでも相談できる準備を整え終わると、もうお昼近くだった。
ノックに応えドアを開けると、アメリーさんが来ている。
「レオ様、お昼のお食事が不案内だと思い出してっ」少し息が切れている。
何か気を遣わせて悪かったな。ミーシャさんに頼んだ事を話すと、一瞬何とも言えない表情になった後に、「一緒に行きましょう!」という事になった。
暫くしてミーシャさんが迎えに来てくれたので、3人で広場の奥のカフェテリアに向かう。
三人で昼食を食べながら、アメリーさんが俺の事を自慢気に紹介する。
ホント様付けをいつになったら辞めてくれるのか。
俺は俺で、ミーシャさんに学園の事を質問したり、アメリーさんがフォローしてくれたりと話は盛り上がった。
それにしても、二人とも美女&美少女なので、三人で食事するのは役得だし楽しかったけど、周りの男たちに「誰だコイツ?」って目で見られていたのは、気のせいじゃないと思う。
食事を終え、午後の授業が始まるからと二人と別れ自室に戻る。
ミーシャさんからは、後ほど1人連れて伺いますとの事。
◇
暫くして軽いノックの後、ミーシャさんが男の子を連れて訪れた。
「アイゼル先生。中等部2年生のスコット・カリカ君です。宜しくお願いします」
ミーシャさんは、スコット君を俺に引き渡すと退出した。
「スコット・カリカです。宜しくお願いします」
少し緊張気味なのか、口調が固い。
「まあ、座ってリラックスして下さい。レオ・アイゼルです。スコット君はジョブのカウンセリングを受けに来たんだよね」
くだけた口調で、席を勧め、話を始める。
最初は、ジョブについて共通認識を持ってもらうために、取得条件やおおまかなジョブについての説明を行う。
「まず、知っていると思うけど、確認から。ジョブはそれぞれ取得条件がある事が知られている。そして取得条件をクリアした者のうち、当該ジョブに適正がある者だけがジョブを授かる。これをジョブ覚醒という。ここまでは良いかな?」
同意があるのでそのまま進める。
「適正は基本的には生来の物で、後天的に適正を得る事は公式には確認されていない。というか取得条件の誤認である事が証明されている事例しかないため、実質的には後天的な適正獲得は皆無とされている。」
「そして、ジョブ適正は、遺伝要素が無いとは言い切れず、また、ジョブの分類グループ毎で考えた場合、同グループ内適正と遺伝の関係はむしろ密接であるという事例が多い。例えば隔世遺伝でジョブに覚醒したり、医療と錬金等の研究系が同じ分類グループであったり、剣士や槍士等の戦士系がやはり同じ分類グループで近しい関係にあったりという事が経験値として示されている」
一通りの概要を話してみたが、スコット君の表情に違和感は無い。
「さて、以上を踏まえて、スコット君の家系のジョブ分布と、君が覚醒したいジョブを教えてくれるかな?それによって対策を練ってみよう」
そう水を向けると、スコット君が話し始めた。
「僕は、カリカ男爵家の次男です。騎士ジョブを志望しています。なので、まずは剣士ジョブを覚醒したいと考えています。ですが全然上手く行かないのです。」
そうなのだ。ジョブは進化する。
例えば、錬金見習い⇒初級錬金術師⇒中級⇒上級⇒特級という感じだ。
上位ジョブ覚醒のためには覚醒条件が増えたり難易度が上がったりする。
ちなみにマティアスさんは特級錬金術師だ。
騎士ジョブは、剣士⇒騎士⇒上級騎士⇒剣豪⇒剣聖の剣ルートの2番目のジョブだ。
「そうだね。まずは剣士ジョブの取得。それが上手く行かないと。」
丁度良いので、剣士ジョブを念じながらスコット君を見ると、確かに赤い靄が掛かっている。ただ、何となく靄が薄い気がする。
そして、何と!騎士ジョブを念じてみると、靄が青くなっている。
これは!?
ある可能性に思い当り、質問を続けてみる。
「ところでご家族や一族のジョブ背景はどうなっているのかな?」
「私の父は騎士ジョブ持ちです。母方の大叔父も騎士ジョブを持っています。あとお爺ちゃんは弓士でした。」
「母方のお爺様は?」
「槍士だったはずです。早くに亡くなられたのでよく知らないのですが、確かそう聞いた気がします」
「騎士になりたい。小さい頃からの夢なんです。どうしても無理でしょうか?」
スコット君が悲痛な表情で訴え掛けるが、俺は会話の中でむしろ楽観的になっていた。
なるほど、なるほど。
背景を確認すればするほど、可能性が増えたな。
「スコット君、今から私のする話は私の仮説であって、検証が済んでいないので、確実とは言えないという前提で聞いて欲しいんだけど」
前置きをして続ける。
「私は、剣士ジョブを取れなくても騎士ジョブに覚醒可能なルートが存在するという仮説を立てているんだ。その代わり要求される取得条件の数が格段に多い。具体的には剣士・弓士・槍士・斧士・盾士の5つのジョブの取得条件を全部網羅して、なおかつ騎士ジョブに適正がある場合、剣士ジョブを経由せずに直接騎士に覚醒する可能性がある」
俺が一気に説明すると、最初はポカンとしていた彼の表情に生気が漲って来た。
「どうして?アイゼル先生は何でそんな条件を知っているのですか?」
「私はジョブに覚醒していないんだよ。どうしても覚醒したくてね。何年も掛けて、様々なジョブの取得条件の見直しや、分類グループの関連性、親族の類似性なんかを研究に研究を重ねた。そしてその過程でいくつかの仮説を構築したんだ。」
今君に話したのは、そのうちの1つさ。
「どうだろう、スコット君。チャレンジしてみるかい?」
そう問い掛けると笑顔で頷く。「はい!可能性があるなら!頑張ってみます!」
じゃあ細かい取得条件をまとめようか。
二人はいつの間にか膝を突き合わせて、ジョブ取得までのロードマップをまとめ始めた。