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第3話 転機

本日3回目の投稿です

あのお茶会から、そろそろ一ヶ月が経過する。

俺の生活にそれほど変わりはない。

変わった事と言えば、余裕を持って動けるように、新規の仕事を受けていないという程度だ。


家庭教師は先月で一区切り、作業系の仕事は基本日雇いなので、今は酒場の店員一本でやっている。

お陰で時間には余裕が出来たが、当然その分の収入も減る訳で、生活には余裕がなくなって来ていた。まあ5年間の微々たる貯蓄もあるので、今すぐピンチという訳でもないし。


マティアスさんの言葉を鵜呑みにした訳ではない。

でも、あの日以来、俺の中でとっくの昔に消え去ったジョブに対する欲という炎にもう一度火が付いた。


ジョブを探し求めた最初の十五年。それまでの人生と決別し、ジョブの存在を排除して生きた五年。両極端だが結局ジョブというものを軸にしていて、囚われていた事に違いはない。


だからと言ってすぐに何か出来る事は無いので、日々の生活に張りが出た程度の事。

ちなみに厳しくて人を褒めない酒場のオーナーに「レオ、お前、芯が通ったな。何かあったか?」としみじみ聞かれたが、まあそういう事だろう。



そして、一月経つか経たないかというある日、約束に違わずマティアスさんが現れた。



オーナーに許可を取り、隅の席で二人で話をする。

「レオ君、待たせたね。あれからいろいろと手配を掛けてね。私からの提案を聞いて欲しい。」


マティアスさんはそう切り出すと、説明を始めた。


・マティアスさんがこの国の貴族子弟が通う名門学園の理事である事

・学園の中等部にはジョブを取得出来ていない子弟がそれなりにいる事

・俺を学園の臨時講師兼ジョブカウンセラとしてねじ込む事に内定した事

・名門学園ゆえ講師に身分が必要なので、遠縁という身分を用意した事

・講師はそれなりに高収入で、もう生活に心配する必要はない事

・ヘリング家に部屋を用意したので、これからはそこで暮らせばよい事

・アメリーさんが高等部に進むので、学園で何かあれば相談できる事


まとめるとこんな感じだ。

確かに現象の解明だけでなく、俺の就職活動という実益も実現してくれており一石二鳥な申し出だが、何だか後半はヘリング家にお世話になりまくりすぎて、心苦しいな。


「ご配慮感謝します。ですが収入も安定する事ですし、こちらにお世話にならなくてもやって行けそうです。」

そう俺が切り出すと、遠縁という身分と居住区について説明を受け、確かにと納得する。


遠縁とは言え、貴族の末席に籍を置く者が、平民区の下宿に住んで良い訳はないし、突っ込まれた時にヘリング家の事情に疎いのも問題だ。


何となく取り込まれた気がしないでもないが、現状この上無い提案である以上、乗らないという選択肢は無かった。


もう準備は出来ているので、いつでも来てくれて良いとヘリング邸の住所を告げられ、マティアスさんは酒場と去る。


この申し出を受けるという事は、国は違えど五年振りに貴族社会に足を突っ込む事を意味する。

これからはマティアスさんじゃなくて、ヘリング卿とか呼んだ方が良さそうだな。



早速オーナーに簡単な事情と店を辞める報告をする。

オーナーは、驚きもせずに了承した。曰く「お前の物腰見れば平民ぽくねえし、最初から訳ありだと思ってたぜ。まあ他所に行っても頑張れや。」だそうで、いろいろ見透かされながら面倒を見てもらっていたんだな、としみじみ感謝した。


丁寧に御礼を述べ、同僚のみんなにも挨拶をして長らく世話になった店を辞した。



下宿に戻り、大家の老夫婦に挨拶に行く。

老夫婦にもとてもお世話になったので、事情を説明し、部屋の片付けが終わり次第出て行く事を伝えた。

温厚な老夫婦は、俺がプラス志向で家を出る事が分かると、喜んでくれた。息子は早くに無くなっているし、娘は他の町に嫁に行ってここにはおらず、収入も心細い中で家賃収入が減るっていうのに。


ちょっと涙が出そうになってしまった。


余裕の無い生活だったが、何年も住んでいれば物も溜まる。

数日掛けて不要物を処分し、次の下宿人に残せるものは残し、最低限を詰め込んだトランク2つを下げて、老夫婦に挨拶をし、部屋を引き払った。





ヘリング邸は、閑静な貴族区の中ほどより少し王城寄りに位置する豪邸だった。

王城に近づくに従って身分が高くなるので、領地無しのヘリング伯爵家は権威的には貴族社会の中の上というところなのだろう。


大きな門の傍らにある守衛室に向かい名前と用向きを告げると、既に準備は出来ていると言われた通り、通用門が開かれ、案内される。


玄関先で荷物を預け、応接に通されしばらくすると、ドアがノックされ、物腰の柔らかそうな老境の男性が入室して来て挨拶される。


「レオ様。遠路ようこそおいで下さいました。当家の使用人をまとめております、ゲオルクと申します。本日から当家にご滞在頂くという事で主人より伺っております。何なりと御申し付け下さい。」


「ご挨拶ありがとうございます。暫くご厄介になります。レオです。宜しくお願いします。」


簡単な挨拶を済ませると、部屋に案内された。

実家の自室と同じようなレイアウトだなぁと昔を思い出しながら、部屋全体を眺めていると、ゲオルグさん曰く次期当主であるマティアスさんの長男が使っていた部屋だとか。なるほど。


夕食には皆さんお戻りになるとの事なので、それまでごゆっくりお過ごし下さいと告げられ、一人になった。


部屋の中を確認したり、荷ほどきしたり、喉が渇いてお茶を頂いたりしながら午後を過ごし、夕食に呼び出しが掛かった。




ダイニングに案内されると、マティアスさんとアメリーさん、それに物腰の柔らかい優しそうな女性が1人いらっしゃった。妻のフリーデさんだと紹介される。


「フリーデ様、レオと申します。暫くご厄介になります。」と挨拶すると「自分の家だと思って、楽に過ごしてね」と柔和な笑みで返された。

笑うとアメリーさんにそっくりだ。


マティアスさん曰く、家族は五人で、長男は近衛騎士として王城に詰めていて月に数回しか帰宅せず、長女は去年嫁に行ったとの事。アメリーさんはこれから毎日レオ様と一緒に食事が出来ると思うと嬉しいそうだ。だから様付けは止めてくれ。


これまでの事、そしてこれからの事をかいつまんで会話しながら、食事を楽しむ。

うん。美味しいです。


俺の詳しい素性はヘリング家の皆さまと執事のゲオルクさんだけで共有しているそう。

無用なトラブルを避けるために、苗字も変えた方が良いという事になり、俺の実家傍系の騎士爵家名を拝借して、レオ・アイゼルとなった。


楽しい食事の時間はあっという間に過ぎ。


学園への出勤は来週からという事で、まずは家に慣れてくれという話で終わったが、後日談として、使用人の間で「謎の貴公子」の話題で盛り上がったらしい。

曰く、若くてカッコよくて、落ち着きぶりと振る舞いが優雅過ぎる偽名を使う青年。謎の塊だそうだ。


話題を聞きつけたゲオルグさんが使用人を集めて詮索無用と念押ししたらしいが、まあ、知りたくなる気持ちも分からんでもないよ。


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