第2話 仮説
本日2回目の投稿です
しばらくしたある日。
閃きの答え合わせの場が訪れた。
あの時と同じく酒場への移動中、俺は呼び止められた。
「君、ちょっといいかな?」
誰だ?と振返るとすぐに思い出した。錬金術師の紳士だ。
「この間は、勝手に話に立ち入って、好き勝手に叫んでしまい、済みませんでした。」
俺が頭を下げると、紳士は近づいて話しかけて来た。
「いや、違うのだ。責めている訳ではない。むしろ感謝したくて、君を探していたのだよ。」
?
「娘が君の言葉に動かされて薬師ジョブに挑戦したら、見事に授かったのだ!」
「本当ですか!?おめでとうございます!良かったですね」
俺がニコっとしながらそう言うと、是非お礼をさせて欲しいとの事。
いやいやお礼なんて。そうだ。
「俺、この3ブロック先の酒場で働いています。良かったら今度お客さんでいらして下さい。」
と、俺が店の場所と名前を告げると、娘を連れて顔を出すとの事。再開の約束をしてその場はお別れした。
翌日の昼時、父娘はさっそく酒場に現れた。
そんなに場末でも無いけど、父娘の階級感にしては場違いっぽさがぬぐい切れない。
「あ、来て下さったんですね。ありがとうございます。何になさいますか?」
「こんにちは。あの、まずは私お礼を言わなきゃって思って。本当にありがとうございます。貴方のお陰で人生が開けました。このご恩は忘れません」
娘さんがめちゃくちゃ丁寧な挨拶をしてくれた。
あの時の涙でぐちゃぐちゃな印象しか無かったけど、今日のにこやかな様子を改めて見ると、とても美少女だ。思わす俺も微笑んでしまう。
「俺の方こそ無遠慮に立ち入って叫んでしまい、出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした。でも少しでも助けになったのなら嬉しいですよ。ありがとうございます。」
さて何をお食べになりますか?ここ店はボロいですけど、味は保証しますよ。
父親がお勧めランチでと言うと、娘も同じに合せて来たので、この店で一押しのオーナー特製ひき肉ボールランチを選び、食べて頂いた。
ひき肉をボール状にして表面をしっかり焼き、肉汁をたっぷり閉じ込めた後に、オーナー秘伝のソースで煮込んだ超お勧めだ。二人とも美味しい美味しいと反応してくれている様子。
忙しいランチタイムも終わりの方だったため、二人が食べ終わる頃には客足も落ち着き、俺もホールの仕事が一段落してテーブルやイスを整頓したり拭いたりと片付けモードに入っていた。
紳士が俺に声を掛ける。
「これからも仕事かい?終われそうなら三人で少しお茶でもしないか?」
もう少しで上がりです。と伝え、厨房のオーナーにお伺いを立てるともう上がっていいとの事。更衣室にエプロンを置いて戻って来ると、既に会計も済んだらしく、三人で酒場を出た。
父娘からひき肉ボールランチの感想を聞きながら少し移動し、見るからに高級そうな喫茶室に到着した。
こんな高級店は久々過ぎて、ちょっと緊張する。
紳士が入店すると、常連なのかスムーズに奥の個室に通され、オーダーを取られる。
分厚いメニューには、諸国の茶がリストされているが、ふと生まれた国の茶葉を見つけ、めちゃくちゃ懐かしくて注文した。母が好きで良く飲んでいた茶だ。
茶をサーブされ、香りを楽しみ、口を付けると、ちょっと目頭が熱くなった。いかん、もう俺はあの国と家族とは無関係な存在。そう自分を戒めるが、少し渋いその茶の深みに気持ちが引きずられそうになったところを、父娘が現実に引き戻してくれた。
「改めて、御礼を言うよ。自己紹介もまだだったね。私は、マティアス・ヘリングという。娘のアメリーだ。」
「アメリー・ヘリングです。本当にありがとうございます。」
「俺も改めて。レオと言います。本当に俺は何もしていませんよ。アメリーさん自身のお力ですし、きっかけに過ぎません。それも出合い頭の様なもので、改めて御礼を頂く様な事では。逆に恐縮してしまいます。」
そう言うと、ふむとマティアスさんが、質問をして来た。
「立ち入った事を聞く様だが、レオ君は物腰や言葉遣い、所作がとても平民とは思えないが、身分のある出なのかね?」
別に隠す事でも無いので、俺は苦笑しながら簡単に事情を話す。
隣国のとある貴族家で生まれて、数えきれないほどのジョブ覚醒に挑戦したが何も授かれなかった事。十五歳になって廃嫡された事。家族に迷惑を掛けたくなかったので、家を出て、国も出た事。その日暮らしだが何とかこの国で暮らしている事。
そして最後に苦笑しながらこう付け加える。
「家のお陰で本当に沢山のジョブ覚醒に挑戦させてもらえて、知識だけは豊富なので、本職の方々のお手伝いには事欠かないんですよ。ある意味便利屋なので、職には困りません。」
話終えると、マティアスさんが驚きの表情で聞き返す。
「まさかとは思うが、もしかしてレオ君は、 “消えた神童”レオン・アイディングなのか!?」
◇
いやー、マティアスさんは物知り。
五年も前にちょっとだけ話題になった隣国の小僧の名前を憶えているとは。記憶力抜群だ。
「もう捨てた過去の名ですよ。今の俺はただのレオ。酒場の店員です。他にもいろんな仕事を掛け持ちしていますが。」
そうおどけてみせるが、マティアスさんこそ、ただの紳士どころではない。というかヘリングという性を聞いた時点で、俺の方こそ驚愕に目が丸くなった。
「マティアスさんこそ、薬聖クルト・ヘリング様のご子息、“暁の錬金術師”ヘリング伯爵様ですよね。錬金術の閉塞感を打ち破り新たな夜明けを開かれたというあなたのご高名さなら、ずっとずっと上ですよ。ヘリング様」
私はもう引退さ、とマティアスさんが軽く笑うと、しゃべりたくってうずうずしていたのか、アメリーさんが会話に入って来た。
「レオ様、凄い方なのですね!」
目をキラキラさせてレオ様!は止めて欲しい。
そうお願いすると、レオ様は私の人生の救世主なので、などとよく分からない崇めっぷりでグイグイ来る。
見かねたマティアスさんが話題を変えてくれた。
「そういえば、レオ君に聞きたかった事があるのだよ。あの時、娘が薬師ジョブに適正があると断言していたと記憶しているのだが、何故かね?先ほどさまざまなジョブに詳しいと言っていたが、その経験から来るのだろうか。実に興味深い。」
何か期待したような目で私を見ているマティアス氏である。
「私も気になります。レオ様のお陰で私の人生が開けたのですから。」
だからそのキラキラ目。
俺はしばし黙って考えをまとめ、2つの事例を元にした推察について話し始めた。
◇
俺が話したのは、斧を使うタンクジョブの男の子の事と、アメリーさんの事。それぞれ赤い靄と青い靄が見えた事。そして、俺が対象者を見る時に思い描くジョブによって、適正が無ければ赤に、適正があれば青に、靄の色が変わるのではないかという推察を説明した。
最初は怪訝な様子で静かに話を聞いていた父娘だったが、説明が終わる頃には複雑な表情でしばし沈黙が続いた。
「にわかには信じられんが、実際結果は出ておるし、今私に嘘を言う理由やメリットは無い。その靄というのは今も見えているのかね?」
思考をまとめたマティアスさんが質問してくる。
「今は薬師ジョブをイメージしてアイリーさんを見ても何も見えません。ジョブ取得前に限定されるのか、何か他に条件があるのか、今のところは不明です。」
何しろ俺だって半信半疑で、まだ、こういう現象らしい?という段階の推察なのだ。明確な答えはない。
そう告げると、マティアスさんから試してみてはどうかという提案を頂いた。
「実に興味深い。他のジョブ覚醒前の若者からデータ取りをしてみては?さまざまな条件の者たちに対して試してみれば、その現象が解明できると考えるのだが。」
探究が大好きな錬金術師らしい考え方だなと内心苦笑しながら、平民の私にそんな余裕はありませんよと口を開きかけた俺の心に突き刺さる一言が降り注いだ。
「レオ君、仮の話だが、この現象は、もしかして君だけの新たなジョブ、適正を鑑定するというジョブの発露なのかもしれないと思わないかね?」
!
!!
!!!
適正を鑑定するジョブ?
何としてもジョブを授かるため、家の力で十五歳になるまで世界中のほぼ全てのジョブを調べた俺だが、そんなものは全く耳にした事がない。
だが確かにジョブについては、その全てが解明され体系化されている訳ではない事も事実。ジョブはあくまで経験主義的蓄積に基づいており、今から新たなジョブの発見があってもおかしくは無いのだ。
そして何より、ジョブに見放された俺の人生に道が開けるかもしれない。
俺の表情が一気に変わった事を確認した紳士は、続けてこう告げた。
「そうとなれば、私がいろいろとお膳立てしないとな。何しろかわいい末娘の恩人だ。一月ほどしたらまた会いに来る。それまでにレオ君はある程度余裕を持って動けるつもりでいて欲しい。」