第1話 予兆
勢いで20話ほど書いてみました。
初めての連載なので暖かくお読み頂ければ幸いです。
神に見放されているとしか言いようがない。
生まれてから、いろんな努力をした。
勉強も、武術の稽古も頑張った。眠い目をこすりながら本も読んだし、錬金の実験も修行した。槍も剣も各種専門知識も、魔法さえも。
十歳を超えてからは、一般にはほとんど知られていないジョブの覚醒条件にまで範囲を広げて、徹底的に試してみた。
結果全敗。
侯爵家の財力を持って、どれだけジョブを調査し、覚醒条件をクリアしても、適正が無ければジョブを授かる事は出来ない。
既に年齢は成人とされる十五歳まであと数か月。
成人までにジョブを授からなければ、貴族としては廃嫡、底辺の平民として生きて行かなければならない。
既に俺の心は限界を超えていた。
もういい。出来る限りの事はやった。
家族には申し訳ないけれど、平民として生きるよ。
◇
あれからもう五年。
俺は二十歳になっていた。
結局十五歳でジョブを授からなかった俺は、貴族から籍を抜き、平民となった。家族はかばってくれたが、ジョブ無しが居たら迷惑が掛かる、と俺は家を出た。
家の使用人が生活のサポートをしてくれるとの事だったが、ジョブ無しの落後者が近くに居ては家に迷惑が掛かると思い、思い切って国を出た。
流れついたこの国で、俺は今何とか生きている。
蓄えは底を付き、働く事で糊口をしのいだ。
最初は酒場の店員、掛け持ちで近所の剣術道場で指導補助員もやった。酒場で知り合ったおじさんの息子の家庭教師もやったし、薬師の下働き、肉の解体屋、神官の助手、内装工事の作業員に、行商人の護衛の人数合せ。
数えきれないほどの職をこなした。
全てはジョブを授かるために努力した日々の経験のお陰だった。
ただジョブに目覚めていないため、あくまでサブとしての仕事であり、本職にはかなわないし、報酬も少なかった。
それでも、俺の事をだれも知らないこの国で、今日を生きていた。
◇
ある日の昼間、俺は酒場で働いていた。
何だかんだ最初に拾われたこの酒場の店員という仕事はずっと続けていた。
今日はまあまあの忙しさだったが、そこに常連のおっさんが息子を連れて食事に来た。
注文を取りに近づいて行くと会話が耳に入った。
「剣士のジョブが授かれなかったからって、くよくよするな。」
「・・・・・。オイラも父ちゃんと同じ剣士になりたかった!」
息子は、下を向き、涙を堪えて震えている。
俺には痛いほど気持ちが分かった。苦しいよな。
特定のジョブに入れ込んでいれば尚更だ。
おっと仕事だ。
意識を戻しておっさんから注文を取りながら、幼い息子に視線を向けると、ふと違和感を覚えた。何だこれ?
確か剣士って言っていたよな。と剣士ジョブを思い浮かべながら息子の方を見ると、息子の周りにかすかな赤い靄が見える気がする。
カウンターの奥から料理が上がったぞと呼ばれ、ハっとして、気のせいかと踵を返す。
暫くして、親子のテーブルに料理を運んで行くと、またあの赤い霞を感じた。うーん。意味不明だ。
ちょうど手が空いたので、おっさんに話しかける。
「息子さん、ジョブ授からなかったのですか?残念っすね」
「仕方ねーよ。ジョブは授かりもんだ。剣がダメでも、槍でも弓でも受けてみろって言ったんだけどよ。どうしても俺と同じ剣士がいいって一点張りでよ。」
息子は、ギロっとおっさんを睨んで、また俯いた。
「まあ、おやっさんを尊敬してるって事だから嬉しいじゃないですか。確かに体もしっかりしてそうだし、他の適正もあるんじゃないすか?斧とか?」
俺はそう言うと、息子に視線を移した。
ん?さっきまで赤かった霞が、青い?
何だこれ?
「俺は剣士がいいんだ!店員のにーちゃんには関係ない!」
ん?また、赤い。
何だろう。
「そっか。立ち入って悪かったな、坊主。さて他にご注文は?」
◇
しばらくして数か月後に、また親子が店に来た。
今日はなぜか二人とも上機嫌でニコニコしている。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「今日はお祝いだから、まず酒からだな。エールを二杯!」
「何かいい事あったんすか?」
「オイラ、タンクのジョブを授かったんだよ!店員のにーちゃん!」
「へー、良かったな!坊主。やっぱ斧の適正あったんだな。」
何気ない会話の中で、ちょっとひっかかりがあったが、何しろお祝いの席。立て続けに注文をもらい、忙しく給仕した。
午後も終わりに近づき、店も混み始めたため、気が付くと親子は既にいなくなっており、その小さな違和感はあっという間に記憶の隅に追いやられた。
◇
そのかすかな違和感を思い出す、そんなある日。
俺は家庭教師を終えて、次の仕事の酒場への移動中に、突然横からぶつかられた。ぶつかった相手は女の子らしく、俺と同様地面に転がっている。
「大丈夫かい?」
声を掛けながら近づくと、突っ伏したまま泣いている。
怪我でもしたのかと手を差し伸べて様子を伺ったが、泣いたままでこちらには反応を示さない。
参ったなと思ったが、俺は悪くない。
そのまま行ってしまおうと立ち上がると、呼び止められた。
「君は私の娘に何をしたのだ?」
身なりの良い初老の紳士が、厳しい眼光を向けている。
「いや、突然ぶつかられて。声を掛けても無反応が無いので困っていたところです。」
そう答えると、思い当たる節があるらしく、表情が柔らかくなった。
「そうか、それは済まなかった。娘は錬金術師のジョブを授かる事が出来なくてね。さっき私と口論になり、突然走り出したのだよ。」
迷惑を掛けてすまなかったと、紳士は丁寧に謝罪をしてくれた。
「大丈夫です。怪我はしていませんし。それにジョブを授かれない苦しさは嫌と言うほど経験しているので、お嬢さんの気持ちは分かりますよ。」
俺がしみじみ話すと、紳士はほう?と興味深い様子で更に話しかけて来た。
「ジョブを授かれない苦しさか。私も錬金術師のジョブを授かる前に、薬師のジョブを目指していたから、娘に道は1本ではないよと話したのだが、私の後を継ぎたい気持ちが強いらしくてね。」
親としては嬉しい事だが、と紳士が嬉しさと悲しさの入り混じった表情で告げると、娘がのろのろと立ち上がった。
「私はお父さんと同じ錬金術師になりたいの。何でなれないの?」
顔は涙に濡れている。
俺がふと、彼女に視線を移すと、彼女は赤い靄につつまれている。
これは?
あの男の子の時と同じじゃないか。
「お前の祖父は薬師だった。私はそれを継げなかった。ジョブ遺伝の確率は高くはない。悲しい事だが現実に向き合おう。私も支えるから。」
紳士はそう言って、娘を優しく抱きしめた。
すると、娘の赤い靄が青に変わる。
あ、あの時と同じ!
とっさに閃いて、俺は親子に大声で告げる。
「あ、あの。娘さん、薬師ジョブに適正ありますよ! 絶対! 薬師になれなかったお父さんの夢を娘さんが叶えてあげて下さい!」
突然の大声にキョトンとしている二人にそれ以上何を言って良いか分からず、俺は失礼しますと立ち去った。
やっば。酒場に遅刻だ。オーナー怒ると超怖いんだよな。
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