新たな人生
転生し、名を失う。最早記憶以外自身の存在を確立するものを失ってしまった少年。それは冷酷に自分がもう既にかつての自分ではないと突きつけられてるような、他ならぬ自分はもう既に死んでしまったということをしっかりと実感させられるようなそんな感覚だった。
「…」
だがそれは自分の終わりであると同時に新たなる少年の始まりを意味している。
少年自身もそれを理解していた。といっても本来それは、死を乗り越えるというのは普通そんなに早く出来ることではないのだが………。
涙を拭い、息を整える。そして少年は事実を受け入れる。それこそが新たなる人生の第一歩だった。
落ち着いてすぐ、再び少女に声をかけられた。落ち着いているようならきて欲しいと。
「落ち着けたようで何よりです」
「先程はデリカシーのない発言をしてしまって申し訳なかった」
彼女の両親は申し訳なさそうにしていたが少年はもうあまり気にしてはいなかった。
「こちらこそ、取り乱してしまってすみません。もう大丈夫です」
「それは良かった…」
「そうそう。お夕飯の用意が出来ましたのでよかったら召し上がってください」
言われると確かに空腹を感じる。
「いただきます」
食卓は現代日本とあまり変わらないテーブルだった。食事は見たことの無いものだが食べ物の見た目はしている。味も普通だ。
「ところで契約したってことはついに旅に出るのか?」
「はい。明日にでも」
「明日!?随分急ね!?」
「いつまでも迷惑は掛けられませんから」
旅?明日?
「立派になったわねぇグリム」
「正直このまま誰とも契約できずに終わるんじゃないかと思ってたなぁ」
「酷くないですか?」
ははははと一家談笑しているが少年は明日旅に出るなど初耳である。
チラリと少女に目を向けるとすぐに反らされる。
というか少年自身忘れているが、彼は無理矢理連れてこられた身である。
「じゃあ今日はグリムの出発前夜祭だな!」
「そうですね、貴方」
でもまあ、いいか。
そう一言心の中で呟くと少年は思考をやめ、ただ場の暖かい空気を楽しんだ。
その日はただただ初対面の少女とその家族と共に夜を楽しんだ。
夜。与えられた部屋で床に着こうとした時少女に声を掛けられる。
「入っていいですか?」
「どうぞ」
ガチャりとドアを開き少女が現れる。
「まず本当にすみませんでした。転生したばかりの貴方に無理矢理契約を迫るようなことをして」
「構わないよ」
「え?」
「僕も転生したてでどうせ宛もないし。それに、あんな嬉しそうにしてる君の両親の前で今さらごねることなんて出来ないしね」
「……恩に着ます」
「うん。これから宜しくえっと…グリム?」
「はい…宜しくお願いします。」
謝罪をした後、今夜はもう遅いので。と少女は部屋をでた。
初対面は最悪に近かったが意外と良識はあるのかもしれない。そう考えながら少年も床に着いた。
「やっぱり常識ないよね君」
「失礼なことを言いますね」
翌日早朝に少女に叩き起こされて旅に出掛けると言われた時は正気を疑った。
彼女の両親が離れる隙をみて愚痴を言う。
「僕転生して二日目だよ?」
「私と契約しなきゃ一日目でサバイバルでしたよ?」
「う…」
それについては何も言えないと少年は押し黙る。
そんなこんなしてると彼女の両親が戻ってくる。
「はい。これもって」
「少しだがこれもな」
「ありがとうございます。お母様、お父様。」
「異世界人様に迷惑掛けちゃダメよ?」
「分かってます」
「いや分かってないでしょ」
小声で囁くと足を踏まれた。
「そうそう君も良かったら持っていってください。」
すると袋に入ったメダルを手渡される。この世界の金銭だろうか?
「そんな、悪いですよ」
「いやいや、是非受け取ってください。」
そういうと笑顔が消し、鋭い目線でグリムを睨む。
そして
「娘の迷惑料という事で1つ」
と一言。
「あ…え?……あ」
顔面蒼白のグリム。
バレてる……
「迷惑料?」
「ああ、気にするな気にするな」
母親の方は気づいて居ないみたいだけど…
「そうそう、それと異世界人様。もし良ければこちらも」
「え?あぁ」
母親に声を掛けられ我に返る。
すると一枚の名刺のようなカードを手渡される。
「ディール?」
「名前が無いと不便でしょう?お気に召されたら」
ディール。ディール。ディール。心の中で繰り返す。
「私達二人で考えたんだが気に入って貰えたかな?」
「はい。とっても…!」
凄く、凄くしっくりときた。今日から僕はディール。死神グリムの契約者ディールだと。
「良かった。…娘を宜しくお願いしますディール様」
「はい!」
「で、ではお母様、お父様!そろそろ出ますね!!!」
「?どうしたんですか、そんなに慌てて」
「まあ良いさ、きっと旅が楽しみなんだろう」
ギローリと睨み続けながら父親が続く。
「そうですね…。ではグリム、ディール様、いってらっしゃい」
「私の娘なんだしっかりしろよ?」
「…はい!お母様、お父様いってきます!」
「名前、本当にありがとうございました。いってきます。」
少年と少女は二人に背を向け歩き出した。冒険の旅路へと