名無しの少年
「契約…?」
「はい。言いませんでしたか?」
血液を飲まされた後、僕は彼女から『死神契約』なるものをさせられたと後だしで聞かされた。流石に怒ろうと声を張り上げようとした瞬間。部屋のドアが物凄い速度で開かれ二人の男女が現れたのだ。
「グリム…聞き間違いか…?」
「い、今死神契約って…」
「本当です。お母様、お父様。こちらの方が…」
すると二人は困惑で思わず固まる少年に顔を向ける。
そしてその魂を見てすぐに目の色を変える。
「あ、あぁ…その魂…もしかして!」
「異世界の…!?」
少女の話では異世界人の魂というのはどうやら特別なようで…
世界と世界を越えることの出来る魂というのはかなりレアらしい。
彼女達目線だと光ってるように見えるようだ。最も少年にはそもそも魂を見るの段階から理解できていないのだけど。
「あぁ…異世界人様。なんと御礼を申し上げたら…」
「にしてもそんな伝説の方が何故私達の娘と?」
無理やりさせられました。なんてとてもではないが言えない雰囲気。そもそも自分がそんな凄い存在だという事を知ったのもついさっきだ。
「えっと…娘さんは…転生したてで草原にいた私に飲み物をくださって…」
「おぉ!」
「それでそのまま…」
庇う義理もない少女を庇うように少年は言った。
少年がお人好しだからか、それもある。しかし何よりも娘の契約に歓喜する彼女の両親を悲しませたくない。というのが大きかった。
自分の両親にはそんな思いをさせてあげる事すら出来なかったから。
「そういえばお名前は?」
「ちょ!?貴方!!」
「あっ…アレ?」
反射的に名乗ろうとしたが、何故か名前が出てこない。
「名前…?…??」
あり得ない。10年以上名乗ってきた名を忘れるなど
「思い出せない…」
「あっ!?申し訳ございません!」
「え、」
父親が何かに気がついたように声を上げる。
「…転生者っていうのはどういう事か自分の名前を忘れてしまうんです。」
女の人がいうように自分の名前が全く思い出せない。
「それがショックという方も多くて…」
涙が溢れてくる。今の自分はもう前の自分じゃないんだと改めて実感したような気がして、とてつもなく寂しくなる。
「本当に申し訳ないことをした…。しばらくその部屋を使ってください。」
「行くわよ、グリム」
「はい」
三人は気を利かせてくれたのか部屋から退出していく。
名無しの少年は訳も分からずただ涙を流す事しか出来なかった。