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果ての防人  作者: 草枕 駁
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六.奇忌奔る

 西谷守彦(にしやもりひこ)は「見える」男でした。


 寝ている最中に金縛りに遭い、眼を開けた先には女の影が。

 夜道の先、柳の木でなく街灯の下にぽつりと佇む人影が。

 とある路地裏で手招きするナニカが。

 

 そういったモノ達は、声を掛けず、眼を合せず、只管に無視していればやがて消えてなくなることを知っていました。だから、今バックミラーに写っている女も、見て見ぬふりをして車を運転し続けていました。

 

「ねぇ」


 守彦はラジオをつけました。へき地であるせいか、電波が中々拾われません。辛うじて聞こえる音楽はほぼノイズに飲み込まれてしまっており、とても聞こえたものではありません。


「ねぇ」


 今度は大きくあくびをしながら、携帯電話を取り出しました。携帯電話は車のナビと連動し、軽快な音楽で車内を満たします。


「ねえってば」


 どうにも今日の霊はしつこい。身代わりとなって貰うためのお札を神社で貰い、それをきちんと納めて来たのに。

 守彦は音楽に合わせて歌いだします。普段あまり大きな声を出さないので、音程はうまく取れていないものの、そんなことは関係ありませんでした。


「怖いのね」


 首筋に冷たいものが走ります。冷や水を流し込まれたように、それは胸元から腹までつたい、それでも守彦は歌い続けました。これがお経だったらこいつは成仏してくれるのだろうかと考えながら。

 やがて道路の脇に、街灯とは違う光が見え始めました。コンビニにしては大きい、スーパーでもない。それでも、灯りのある建物というだけで十二分に安心感を与えてくれました。だだっ広い駐車場に突っ込み、店の前に車を停めると、後ろには目もくれず、一目散に駆け込みました。


「だ、誰もいない……?」


 そこは物産館でした。普段ならお土産やら食堂が開いているその施設は、24時間開放されています。しかし、閉店しているエリアはカウンターに布か被せられ、あるエリアはカーテンが、あるエリアはシャッターが降りていました。

 無人の建物。灯りはついている。人の気配はない。自分は何かに取り憑かれており、灯りの下でこれが何もしないという保証がありません。

 

 誰もいない。

 

 途方に暮れながらも、仕方なしに男子トイレで用を足します。これで恐怖のあまりに漏らすという心配からは解放されました。しかしどうするべきか。今ここから家まではそれなりの距離があり、カーブも多い。万が一声の主がフロントガラスに張り付こうものなら、精神的にも、物理的にも命の保証が無くなってしまう。いっそこのまま車中泊して、あの声に耐えれば、あるいは。


「つかれてますね」


 低い、男の声でした。思わず「おう」と声をあげながら顔をあげると、鏡越しに自分の後ろに青い物体浮かんでいるのが映りました。そしてゆっくりと振り返ると、そこには――


「あ、あああ失礼。こんな夜中じゃびっくりもしますよね」


 青い物体――恐らく寝袋を背負った、大きな男が立っていました。



 「いや、本当に申し訳ない。驚かせたばかりでなく車にも乗せていただくなんて」


「いえいえ、深夜の一人旅は寂しいと思っていたところです。丁度行き先がうちの近くなんで助かりましたよ」


 守彦は助手席の男、すなわちヤドリを伴い夜道を進んでいました。自身に何かが取り憑いていることを察したヤドリに「この男ならなんとかできる」と直感し、どうにかならぬものかと打ち明けたのです。するとヤドリは西谷の帰り先を訪ね、街中のホテルまで送ってもらうことを条件に、「見える男」に「取り憑く女」をなんとかすることを約束したのでした。


「ここら辺は何かが出るってんでそれなりに有名だと聞いてます。西谷さんみたいな人は近寄らないもんだと思っていたのですが」


「願掛けみたいなもんなんです」


 守彦は人ならぬモノが見える男でした。と言っても、見えるのは妖怪変化の類ではなく、人の霊と思しきモノです。小さい頃はそれらが見えると言えば嘘をつけと馬鹿にされ、恐怖から親に一緒に寝ようと言えば怖がりだなと嘲笑され、やがて誰かに話すことをやめました。それでも、街中で、道路沿いで、山の中で、数の多さに変わりはあるものの見える事には変わりません。

 そこで、あえて心霊スポットに、不気味な場所に行くことによって己を動じさせないことを思いつきました。友人知人の肝試しに付き合い、あるいは一人で彷徨い、いわゆる「本物」が見える中で平然を装い続けました。しかし、いつも無視し続けていれば興味を無くして消えていくはずのソレが、今日に限っては居なくならなかった。


「化けて出るとか、ただ居るだけの連中なら、それでよかったんですがね。最初から取り憑くことが目的の連中は、そうもいかない。何かの切欠(きっかけ)……例えば、廃屋に入る。特定の社を拝む。鏡を見る。それだけで憑いてしまうものがいるんです。霊感も無いのに体が重いと感じて、霊能者に視て貰ったら何か憑いてると言われた、なんて話がよくあるでしょう。

 自分が死んだことに気づかない地縛霊の他には、誰かに殺されたことを知ってもらいたいとか、自分の死体の在り処を教えたいために取り憑くなんてこともあるから厄介だ。いっそ付近を捜索してる警察官に取り憑いてくれないもんかしらとついつい思ってしまう」


 確かにそうだ、いつの間にか憑かれていたいたという話は聞いたことがあると守彦が感心していると、ヤドリはやや上を眺めています。つられて見るも、前方には何もありません。

 しかし、それまで見ないようにしていたバックミラーが視界に入ってしまいました。

 

「西谷さん。前、前」


 ヤドリの声と白線はみだしによる車の警告音で我に返った守彦は、慌ててハンドルを握り直します。


「そういえば、ヤドリさんはどうしてあんなとこに居たんですか」


 守彦は長く話をするのが苦手でした。普段なら沈黙を苦と思わないのですが、今日のような場面では何となく触れたら危うい質問であろうとも、それに頼らざるを得ませんでした。


「ホテルの支配人さんからの依頼なんです。ここに泊まりに来た人が、良くホラースポットまで遊びに行くんだけど、ことごとく事故に遭ったりどこかしら怪我したり、ひどい時には錯乱してしまうことがある。今日なんかはキャンプに行ったお客さんが恐怖体験で荷物を落としたまんまホテルに駆け込んだってんで、ホテル代を一部負担してもらう約束で私が取りに来たんですよ。後ろの荷物がそうなんですけどね」

 

 青い寝袋のようなものが横からはみ出た荷物を指差しました。無論、後ろにいる女が気になり、とても見る気になれません。



 とりとめのない会話のお陰で気が紛れ、やがて街中に到着しました。そして目的地のホテルに到着し、ヤドリが後部座席のドアを開け、リュックを取り出します。


「大丈夫です。もう女の霊は出ませんよ」


 ヤドリは守彦にしばらく待つよう伝えホテルに入り、そして缶のおしること封筒を持って戻りました。


「これ、今日のお礼です。こっちの封筒は、明日開けてください。今日開けても何かあるってわけじゃないんですが、できれば明日にお願いしますね」


 その場で開封して金品だったら遠慮してしまうのを考慮してくれているのだろう。こんな深夜に細やかな心遣いのできる人だとすっかり感心した守彦は、お礼の品を素直に受け取り、あったかいおしるこを飲みながら家へと戻りました。すっかり安心しきった守彦は、封筒を開けようかなどと逡巡する暇もなく、遠くにサイレンの音を聞きながらベッドに倒れ込むのでした。


 翌日。守彦は気持ちよく目覚めました。時計は既に昼近くを指しており、遅めの昼食は何にしようかと思案します。


「昨日の夜、○○ホテルのフロントから『血の染みついた荷物を見つけた』との通報がありました。通報受けた警察が荷物の持ち主の男を取り調べたところ、男は殺人に使った道具を入れていたと認め、殺人の疑いで逮捕されました。

 取り調べにより、男は『女性を殺し、物産館の近くに埋めた』と供述しており、先程20代から30代とみられる女性の遺体が発見されたということです……」


 封筒の中には送ってもらった謝礼としてのお金と、「女性の霊は二度と出ないから、責任を感じて警察に情報提供をする必要はない」と書かれた手紙が入っていました。


 守彦はその足で近くのお寺を訪ね、名前も知らぬ女性の冥福を祈るのでした。

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