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果ての防人  作者: 草枕 駁
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二十一.伸びる夕影

 都市圏の人に比べ、地方の人間は電車を乗り過ごすことがあまりありません。駅は少なく、距離は遠く、本数が無いからです。


 

 レールの継ぎ目に乗り上げる度、ガタンゴトンと軽快な音を立てて電車の中で、上坂(かみさか)は一定のリズムで突き上げる感覚を足底で感じつつ、手すりを握っておりました。

 ランドセルを抱えて座る小学生、友人との談笑する学生、忙しなくスマートフォンをこすり続けるスーツの男、酩酊してうたた寝をする老人。毎日出くわす似たような面々に内心ため息を吐きながら、紙村は懐に手を突っ込んで、忘れ物が無いことにささやかな安堵を覚えます。

 そして駅を降りると、改札を出て少し歩き、線路への通路を塞ぐ鉄格子の前に立ち、懐から袋を取り出すと、懐に忍ばせていた塩を鉄格子の前に降り積もらせ、思い切り蹴飛ばし、また改札へと戻ります。

 次に降りた駅では、階段のある出口付近で米粒を10粒振りまくと、再び踵を返して改札に戻ります。

 次に駅を降りると、最初にやったように格子の前に立ち寄り、小さな塩の山を作って蹴散らし、三度改札を通り抜けます。

 2,3駅を過ぎ、最後の乗客となった紙村は、最近読んだ小説の内容を思い出しながら手を組んで目を閉じました。



 「異界の行き方」という方法を知ったのは数年前、当時紙村が大学生の頃でした。電子掲示板には、「とある駅には鬼門を封じるための盛り塩がされており、それを蹴散らすと異界に行ける」と書かれており、それを実践した人たちの報告が上がっていました。最初の方こそ実際に盛り塩があるだのと書き込まれておりました。しかし、複数人から「そんなものは無い」という書き込みと共に何もない格子の画像がアップロードされ、ついには駅員に聞き込み「そんな怪しいものがあればとうに撤去している」という返答があったとの報告を最後に、この方法はすっかり廃れてしまいました。

 

 

 そんな「異界に行く方法」について思い出したのは、つい数日前のことでした。毎日電車に乗って出社し、社員の給与を計算し、電車に乗って帰る。そんな退屈な毎日を『異世界に逝って冒険する本』の購読で紛らわしていた紙村は、自分も異世界に逝きたいという興味がそうさせたのか、退屈な毎日に飽きていたのか、突如大学時代のこの書き込みを思い出します。「塩が無いならその場で盛ればよい」

 駄目でもともと、つまらぬ日常に少しばかりの刺激を求めた彼はさっそく行動しました。毎日乗る電車のルートを少し変え、陽が暮れた夜に帰る日は決まってこの儀式を行いました。異世界に行けるか否かは

ともかく、「非日常的なことをしている」という感覚は、紙村の日常には大いな刺激をなりました。

 しかし慣れとは恐いもの。次第にこの儀式も「何も起きない」という事実が積み重なり、最近では半ば惰性でやっているようなものでした。



 何度目かわからぬ儀式を始めるべく鉄格子に立った時、ある異変が生じているのに気付きました。

 いつもなら何もないところに、小さな饅頭が置いてあります。普段なら蟻がたかりそうなものの、既に雪が降る季節まであと一歩となっているからか、特に虫はついていません。誰かが落としたのかといつものように盛った塩を蹴散らし、次の駅で米を落とし、もう一つの盛り塩を作りに行った時、紙村は思わず立ち止まりました。さっきと同じ饅頭が置いてあります。

 誰かが似たような儀式をしている?いや、これも偶然か。少なくとも自分には関わりないことだという気持ちと、この小さな異変から異世界へと繋がるのかという奇妙な高揚。その二つがせめぎ合いながら、『儀式』は続いてゆきました。

 


 そして儀式を終え、異世界へ行く妄想をしながら目を閉じていたある日のことです。

 窓から差し込む光の、妙な眩しさに目を開けると、真っ暗い筈の外は夕焼けに燃え上がっております。更に、ついさっきまで一人しか乗っていなかったというのに、あちらこちらで人影がちらついているのが見えます。


「次は、――、次は、――」


 見覚えのない光景。何と言っているのか聞き取れない車掌の声。現在地を見るべくスマートフォンを起動すると、文字化けの羅列がびっしりと敷き詰められ、そしてフツリと切れてしまいました。

 電車が停まり、開いた扉から飛び出す紙村が見たのは、「――駅」と書かれた看板と、のろのろとその看板を過ぎ去ってゆく人影たちでした。駅員も、屋根も、改札も、何もありません。紅く染まったただ広い野っ原を、細い道が伸びており、人影はその道を歩いてゆくのを見送るだけでした。


「すいません、ここはなんて駅なんですか」 


 見ている光景全てに違和感を覚え、意を決して運転士に声を掛けます。しかし、帽子を目深に被った運転士は声を発さず、何を言われたのかわからんといった具合に首をかしげるばかりです。


「おい、雉でも轢いたか……ん?」


 扉をくぐり紙村の方を見たのは、人影ではなく、影のような人でした。


「ここを降りても、面白いもんは無いですぜ。降りないんなら、一旦戻ってくれ」


 

 ガタンゴトンと一定の間隔で電車弾み、影のような男と紙村は向かい合って席に座っています。


「塩を置いたのは、あんたですか」


 今度は自身の心臓が弾むのを感じながら、無言で頷きます。


「随分と古いやり方を知っている。確か『異世界へ行く方法』つってどっかの掲示板で紹介されていたっけか」


「そうですね、その書き込みを思い出して、試していました。じゃあ、饅頭を置いたのは、そちらですか。あれも、異世界へ行く方法の、一つなんですか」


「饅頭は生贄の頭の代わりとして用いられたという伝説がありましてね。そして道という字は敵の首を並べて道中の厄除けとしたもの。そしてこの電車を『呼ぶ』ための(まじな)いだったんですがね。まさか似たことをやっている人がいるとは思わなんだ」


「……ここは、異世界なんですか」


「異世界は異世界ですよ。ただ、『こっち側』との繋がりはある。黄泉の国とか裏の世界とかそういう、ズレた世界、とでも言うべきですかね。」


 黒ずくめの奇妙な男に遭遇してから、時が進み始めたかのように、赤く染まった空はぐんぐんと蒼黒く塗り替えられてゆきます。


「往きたいですか、異世界」


「行けるものなら。神様からチート能力貰って、ハーレムでもなんでもできるってんなら、俺は行きたいですよ。少なくとも、毎日会社と往復するだけの生活よりは、よっぽど有意義だと思います。あなたは、行きたいですか」


「そら、往きたいですよ。尤も、この世ではない、『どこか』に往きたいだけです。ただ非日常を体験したいだけなら、いくらでも転がっているこういう世界に来ればいい。」


「私が行きたいのは、こんな恐ろしいところじゃありませんよ。都合のいい話であることは十分に承知してますがね」


「なら、せめて書いてみるといい。自分が生きたい世界の全てを。妄想の解像度が上がって、より近いところを目指せるかもしれませんよ」


「そうですねぇ……よし、やってみますか」



 気が付くといつもの駅に降りていた紙村は、その日から、小説の投稿を趣味とするようになりました。凡庸で、特に目覚ましい評価が得られたわけではないものの、不思議なことに、夕闇を題材とする話に限って視聴数が伸びたと言います。

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