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果ての防人  作者: 草枕 駁
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二.山の神朽ちて

 この日、白戸英二(しろとえいじ)は息子を連れてドライブに出かけていました。買ったばかりの車をご機嫌に走らせ、なんてことはない山道を進み、ドライブインにてラーメンをすすり、山の上に出来たという奇妙な湖を眺め、日本一周をしているというバイク乗り達から旅の話を聞かせて貰う。ただそれだけのつもりでした。


「そういえばお父さんは、地元の人なんですか?」


「いえ、転勤でここに来たんです。あと何年かすればまた関東のどこかに戻されるでしょう」


「そうなんですか。……あいや、不愉快に思われたら申し訳ないんですがね、地元の人は子供を連れて来ないんだそうです。まあどこの山にもよくある話ではあるんですが、一応お気をつけた方がいいと思いまして」


「成程、気を付けます。お兄さん方も、まだ長い旅でしょうし、お気をつけて」


 日が傾き、さてそろそろ帰ろうかと山を降りていたときでした。舗装されていない脇道がぽっかりと開いておりました。


「おっこいつは近道かもしれんぞ」


 車は砂利を踏み鳴らしてガタガタと揺れ、横から飛び出す草木にチン、ペチンと触れ、多少重なっている程度の小石は意にも介さず進みます。


「お父さん大丈夫?車壊れたりしない?」


「大丈夫大丈夫。オフロードでも行けるってお店の人も言ってたろう」


 しばらく進んでいくうちに、脇道の終点に着きました。

 すこし開けた更地には何もなく、唯大きな石があり、その手前には小さな石がいくつか積まれ、そしてすぐ近くに渓流でもあるのか、轟々と川の流れる音が聞こえます。

 なぜかわからないが、妙に心地良い場所です。そのままずうっといたいような―――


「お父さん、早く帰ろう」


 息子の声にはっとした英二は、すっかり日が暮れてきていることに気づき、慌ててきた道を引き返します。


「あそこはなんだったんだろうなあ」


 息子は答えません。


「おーい……寝たか?」


「ケッ、ケッ、ケッ」


「ん!?」


 慌てて車を停め、息子の様子を確認すると、息子が目を大きく見開きながら痙攣していました。半ばパニックになりながら息子を揺すったり抑えたりするも、効果がありません。

 そして何と云う事か、戻ってきた脇道はいくら進んでも道路には出ず、いつしか元の大岩に戻ってしまいます。再び息子の様子をみると、呼吸は続いているものの状況は改善しておりません。

 

 余計な事を考えないですぐに帰ればよかった、バイク乗りが言っていたのはこういう事だったかと自責の念に駆られてふと窓を見ると、先程は居なかった筈の、妙に背の高い男がこちらを見ています。


「道に迷ったのか?」


「はい、しかも子供の様子がおかしくなってしまって」


「見せてみろ」


 こんな時間に一人でうろついている人間が居るのだろうかという不気味さよりも、人に遭遇できたという安心が勝っていた英二は、息子を男に見せました。

 見開かれた眼、脈、喉を確認した男は、ビニール袋から野草を、リュックから何か鉈のような黒い物体を取り出し、黒い物体の側面を使って野草を押しつぶして更に何かの液体を垂らします。

 

「飲み物あるかい」


 昼に買ったジュースの残りを差し出すと、男はすり潰した野草を少量ずつ与え、ジュースで流し込んでいきました。息子は次第に痙攣が収まり、やがて寝息を立て始めます。

 

「あ、あの、ありがとうございます!息子は、助かったんでしょうか?」


「いいやまだです。病院に連れて行ってちゃんとした治療を受けて下さい。」


「あ、わ、わかりました!あ、で、でもここから戻る道がわからないんですが」


 ここで英二はもう一つの問題を思い出します。先ほどは引き返そうとして帰れず、ここに戻ってきているのです。

 すると男は突然、犬のような、熊のような声で吠えたてながら積み石を蹴倒し、一番上に乗っていた石を取り出しました。


「これを持って、見える道をずーっと進んで下さい。あとは後日で構わない。麓の神社で、必ず石を返し、車と、息子さんと、お父さんと一緒にお祓いを受けて貰って下さい。……そして、二度とこの山に入ってはいけない。今度は帰れなくなる。」


 英二が大急ぎで山を降りると、不思議と脇道は短く、病院まで到着するのに時間はかかりませんでした。


「……はい、お子さんはもう大丈夫ですよ。何か山菜と間違えて毒草を口にしちゃったみたいですね。あとから中和できるものも食べたらしいので症状は軽めで済んでますね」


「夜分にすみませんでした。」


「いえいえ。それより、あそこの山には子供を入れると水子の霊に連れて行かれる、なんて話があります。今日は遅いですしもうお帰りなさい」


 翌日訪れた神社は、英二と息子を見るや否や、「お祓いですね」と笑いつつ、二人を迎え入れました。


 「ほーヤドリに遭いましたか。あいつも色々ほっつき歩いてっからなあ」


「ヤドリ?彼のお名前ですか」


「そうです。妖怪変化の類が大好きすぎて、色んな怪しい場所を放浪している奇人ですよ」


「そ、そうなんですか」


ところでとヤドリさんから預かったと、英二は神主に石を渡しました。貰ったときは暗くて見えなかった石は、何か筋のようなものが掘ってあります。


「あぁ、積み石、じゃ、ないなこれ。どこで貰いました?」


「脇道を入った、大きな岩のあるところでした。そこに迷い込んで、出られなくなった時にヤドリさんに遭いました」


「岩?ああそうか」


 神主は二人に向き直ると、これから始める祈祷の内容を話し始めました。


「白戸さん、あそこの山には拝まれなくなって久しい神様が宿っています。これから行うのは、悪霊を祓うようなものではなく、神様の怒りを鎮めるためのものです。」


「どんな神様なんですか?」


息子が恐る恐る尋ねると、神主は再び笑顔に戻ります。


「薬草の神様です。不用意に神様の敷地に入ったことを謝って、無事に帰してもらったことを感謝すれば大丈夫ですよ」


 一方、ヤドリは大岩のもとを訪ねていました。


「アイツなら妖怪のせいだとは言わず神様が居るんです、なんて言ってくれるとは思うが」


 ケッ、ケッ、ケ・・・


 ヤドリの独り言に応えるかのような声には応じず、少年に与えた薬の残りと、酒をお供えすると、手を合わせます。


「かつてのヤマツミもできてこの程度か」


 後に、神主のもとへ「息子が薬学者を目指し大学へ進学した」との報が入ったそうです。


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