忍者ガール
「この情勢で日米首脳会談か」
「アメリカとしてはテロに屈しないという姿勢を前面に打ち出すというのが目的でしょうが」
「警護するこちらにしてみればいい迷惑だな」
新しく就任したジェームズ大統領の示した政策方針は一部の地域、国家、宗教を明確に敵として認定し、徹底的に締め上げるという受け取り方をされた。
勿論、大統領本人、広報官などは
「我が国は平和を愛する国家であり、大統領として常に世界の平和のために尽くしている」
こうした声明を追加で出したが、火に油どころかニトログリセリンの投入となってしまい、世界各地で要人を狙った暗殺事件が多発。各国首脳は勿論、国連事務総長も懸念を表明してどうにか鎮めることが出来ないか模索する様子が連日ニュースで報じられていた。
日本はその方針に明確に賛同はしていないが、日米同盟は世界の知るところであり、同じ穴の狢、という見方が強く、かろうじて「日本は平和主義だから」ということで目こぼしされている程度、と言う状況だった。
だが、このタイミングで日米首脳会談。大統領の示した方針に言及されるのは間違いなく、日本が消極的に賛成するのは明らかで、会談そのものに何らかの介入をしてくるのはほぼ確実と見なされていた。実際、秋田県の海岸で謎の小型船が発見されており、内部の状態から、かなりの武装と共に国内に潜伏しているのは明らかだと、警察内部では情報共有されている。
「仕方ない、彼を前線に投入しよう」
「いいんですか?ろくに訓練も終えていない、新人ですよ?」
「他にいい案を考えている時間が惜しい。そんな時間があるなら、彼をどこに配置するか考えた方がいいくらいにな」
課長の案に八木が一応懸念を示すが、一人でも戦力が欲しい状況では認めるしかない。
「日米首脳会談の護衛ですか」
「そうだ。国際情勢は理解しているな?」
「耳を塞ぎたい程度には」
「充分だ」
首相の警護、特にこうした厳重な警戒が必要なときにはベテランのSPが着き、事前に「本日はこのメンバーで……」という軽い顔合わせもあるのだが、そこに幹隆を連れて行くべきかどうかで揉めた。何しろ、本当ならばSPになる資格がないハズの者だ。
「仕方ない、法務大臣から外務大臣へ口利きしてもらって、外務省の官僚の一人として並ばせよう」
「総理まで五十メートル程度ならなんとかなるでしょう」
「これが当日の護衛体制か」
「ま、過去のデータをそのままだがな。日本は前例という奴を重んじるから今回も同じ体制だろう」
「そうすると……ここと、ここか?」
「イヤ、むしろここの方が」
彼らは、アメリカ大統領が強硬な姿勢を見せた宗教の狂信者だ。アメリカが憎い。だが、アメリカの大統領を直接害するよりも同盟国たる日本の首相を害する方が今の状況下ではアメリカに与えるダメージが大きい。彼らの指導者はそう結論づけ、訓練された数名を日本に送り込んだ。そして、精鋭と呼んで差し支えのない者達が、実際の現場を確認しながら作戦を立てていた。
「では、当日の体制だが……」
作戦を決定すると、早速準備に取りかかる。決行まで一ヶ月。長いように見えて、下準備の内容を考えると一分一秒が惜しく感じる程度には短い。
「ミスタータカダ!お会い出来て光栄です!」
「ミスタージェームズ!ようこそ日本へ!」
大統領専用機から降りてきた大統領夫妻を日本の高田首相夫妻が出迎える。歓迎ムード一色だが、周囲の警護担当は周囲の確認に余念が無い。ベテラン勢が比較的近いところで警戒をしている中、幹隆は二十メートルほど離れた場所で、外務省の官僚たちと並んで立っていた。隣では既に「予定の時間に……」「○○さんに連絡を……」という話をしていて忙しそうだ。
もともと東洋風の顔立ちをしていた男はこの作戦の要とされていた。日本人に紛れるにはうってつけだし、走るのもオリンピックの選考に残ったことがあるほどに速く、信仰心も厚い。
ここまでの準備を思い出す。
空港の整備員になりすますため、そっくりの作業着を作った。
セキュリティを突破するため、気付かれないようにIDカードを盗み出して複製した。
作業をしている動きに不自然さが出ないように、観察を続けた。
当日、どこまで近づけるか、何度も確認した。
武器もナイフと銃の二つを用意し、あらゆるパターンを想定した動きの訓練を重ねた。
勿論、万一失敗したときのバックアップを何人も配置している。
逃走経路も確保した。
仲間たちは成功を確信していた。これで失敗するなどあり得ないと。
あと五メートル、三メートル……落ち着け。焦るな。予定通りに動くことだけを考えろ。何度もシミュレーションし、これ以上遠すぎると時間がかかりすぎる。近すぎると仲間のフォローが効きづらい。そう言うポイントを決めてある。
あと一歩……ゼロ!
全速力で走り出す。ここから首相までわずかに三秒の距離だ。
「ん?」
離れた位置で作業をしていたらしい整備士がいきなり走り出した。その右手には……刃渡り三十センチはありそうなナイフ。他のSPは気付いたようだが、あの男の脚力はなかなか。あの速度と距離では、幹隆以外間に合わない。
「食らえ!……え?」
突き出されたナイフにあと数メートルという距離で追いついて左手で掴む。一瞬遅れてSPたちが首相と大統領の前に立ちはだかる。
「く……このっ……!」
ぐいぐいとナイフを動かしているが、離すつもりは無い……マズい、反対側にも怪しい動きが見えるから急いで対処しないと。
「排除します」
ナイフを握りつぶし、拘束しようとした瞬間、
「クソッ!」
迷うことなくナイフを投げ捨て、拳銃が向けられる。銃まで用意してんのかよ……この位置……SPたちが必死に逃がそうとしている首相への射線が通るので避けるわけに行かないな。
パン!パン!
人差し指と中指で一発目をつまみ、中指と薬指で二発目をつまみ、薬指と小指で三発目をつまみ……って、三発しかつまめないじゃないか!仕方ないので、残りは体でそのまま受ける。
「ってぇ……やっぱ、全部指でつまむとか、無理だったわ」
「は?」
「あんまり暴れるなよ?」
「え?」
日本語が通じるか微妙だが、素早く背後に回り込み、両肩の関節を外しながら押さえ込み、布を口に押し込んで手錠をかける。背中側で右手と左足。バタバタ暴れるくらいしか出来ない姿勢に。
そして、すぐに跳躍し、反対側へ。
パン!パン!パン!パン!
ある程度の距離まで走り込んできていた男たちが何の迷いもなく銃を撃ってきたのにどうにか間に合い、銃弾を両手で叩き落とす。数が多すぎて処理しづらく、数発は体で受け止めたが、当たったという感触しかない。
そして撃ち尽くした男たちに飛びかかると両肩と両股間の関節を外す。この間わずかに二十秒弱。全部で七名の襲撃者を全て無力化した頃には首相夫妻も大統領夫妻もこの場を離れていた。SPもSPできちんと仕事をしていると言うことだ。
「村田、大丈夫か?」
襲撃者の捕縛を指示した八木がやって来た。
「すみません、コートに焼け焦げの穴が」
「そうじゃなくて……って、それで済んでるのかよ」
「それだけじゃ無いですよ。ほらここ、銃弾って熱いんですよ!ほら、つまんでた指先が赤く「普通の人間は銃弾を摘まめないって言ってんだよ!」
「だから、全部は無理でした。おでこ、赤くなってません?」
「四十五口径で頭撃たれて平気なお前より、撃ったコイツが可哀想になってきたよ」
銃弾は他に幹隆の右肩、右胸部、左脇腹、両腿に右脛に当たっており、焼け焦げた穴から見える肌は少し赤くなっていた。
「ボタン、割れちゃったか」
ブラウスのボタンが二つ割れているが、勿論本人は無傷。その他の箇所をチラチラ確認している様子に八木が言う。
「経費で落ちるから申請しておけ」
「あ、はい」
「あと……」
「ん?」
「若い連中に目の毒だ」
「うげ……すみません」
ブラウスの胸元がはだけ、焼け焦げたところを少し叩いたら大きな穴になってしまったその姿は思ったよりも扇情的。八木が鋼の精神で妻と可愛い盛りの二人の子供の顔を思い出して耐えている間に、先輩の女性SPが大きめのコートを持ってきてくれたのでそれを被り、その場を離れた。
「ミスタータカダ、アレは一体何者だ?!」
「え、えーと……おい、一体誰なんだ?」
「その……あの……今年から配属になったSPです」
「新人SP?」
「はい」
遠山は自分の部下を正確に表現する単語が思いつかず、思わずこう言った。
「くノ一、忍者ガール」
結局この後、会談は二人とも上の空。なんだか曖昧な共同記者会見の後、大統領は帰国。そして、ジェームズ大統領は帰国後の会見でこう述べた。
「私は日本で忍者ガールを見た」
その後、アメリカで何度目になるかわからない忍者ブームが訪れたのは言うまでも無い。




