コスプレ?いえいえ本物です
「辛抱たまら……ぶべっ」
飛びついてきた茜を軽く迎撃し、改めて鏡でその姿を確認する。
幹隆は通常と違う流れで警視庁に採用されるのだが、とりあえず最初は制服を着用してくるように言われていた。しかし、通常の制服は着られない。簡単に言えば尻尾の関係で。そこで特注されたものが事前確認も兼ねて送られてきたので、試しに着てみたが、なかなかいい感じだ。
「ミキくんひどい」
「ええい、寄るな!触るな!涎と鼻水を拭け!真新しい制服が汚れる!」
「こんなの見せられて我慢できると思う?」
「いや、そこは我慢しろよ!」
そんなやりとり数分。何とか落ち着いた茜の感想は
「すごく似合ってるけど、見方を変えるといかがわしいお店のコスプレね。主に体型のせいで」
幹隆たっての希望でスカートでは無くパンツスタイル――と言うよりも、幹隆は一度もスカートをはいたことは無い――なのだが、それでも隠しきれない物は隠しきれないのだ。
「違う意味で先が思いやられる」
「と言うことで本日付で配属になった」
「村田幹隆です。よろしくお願いします」
一般的には問題の無い挨拶だが、そもそも警備部警護課に新人がいきなり入ってくることは無いので、周りもどうしていいかわからない空気になっている。
通常、この部署に配属される所謂SPは、警察官として経験を積み、その能力が認められた者だけである。そして、SPになれるような者はそれとなく「アイツならなれるんじゃ無いか」と噂されるため、顔と名前が何となく一致した者がやってくる事が多い。
もちろん例外はあり、ノーマークだった者が来ることもある。それでも「ああ○○さんのところにいたのか」という具合になるのだが、コイツは完全に新人。しかも見た目がどう見てもコスプレ美少女なのに、名前の響きも提出されている履歴書の性別も「男」である。
「俺は認めんぞ、こんな奴は」
SP歴十年という八木が歯に衣着せずにズバリと言う。
「いや、まあ……その……ね?」
課長と部長の隣に立っていた警視総監が「まあまあ」と宥めようとするが、収まるわけが無い。と言うか、ただの新人配属で個別の部署に警視総監がわざわざ来るなど普通はあり得ない。
「我々は常に危険と隣り合わせ。命がけで取り組んでいます。それがこんな、ちんちくりんの小娘に務まるわけが無い」
大半のSPが思っていたことをそのまま代弁したため、ウンウン、と頷いている者が見える。
頷いていないのは僅か。ほとんどが女性だ。
警護する対象が女性の場合、男性ではトイレを始めとし、どうしても対処しづらいことも多いため、女性SPもいる。しかし、男性並みの体格――男女問わず身長百七十三センチ以上とされている――と身体能力が求められるため、絶対数が少ない。そういう意味では幹隆の百五十そこそこの身長は異例どころか、基準を満たしてすらいない。
大半のSPが頷いていたのは「コイツに務まるとは思えないから」という見た目通りの評価の結果で有り、頷いていない者たちは数の少ない女性SPの負担が少しでも軽くなるなら、という思いである。
「だがねぇ……法務大臣の肝いりなんだよ」
「勝手すぎる話です。そもそも我々は警視庁であって法務省では無い」
筋の通った話ではある。組織階層的には無理矢理通されてもおかしく無さそうだが。
「はあ……困ったねぇ」
今の警視総監は、もちろん多くの修羅場をくぐってきた猛者ではあるが、犯罪に対しては厳しくとも、自分の部下はいい意味で仲良くし、協力し合い、切磋琢磨して欲しいと思っており、今回のこの場も「こんなにかわいい子が来たんだよ、かわいがってあげてね」「もちろんです」という展開を勝手に予想していたため、戸惑っていた。
予想するのは勝手だが、SPたちが仲間として求めている者とのギャップを考えるとあまりにも脳天気な話である。
「あの、私はどうすればいいんでしょうか」
社会人として一人称を「私」にして幹隆が問う。どう考えても自分に決定権が無いと判断して。
「つまりアレか。村田の実力がわからんから認められない。そういうことだな?」
警護課長遠山の言葉に八木が大きく頷く。
「その通りです。こんなちんちくりん、現場では足を引っ張るに決まっています」
「ならこうしよう。彼と戦って実力確認だ」
「「はぁ?」」
いきなりのバトル展開は幹隆も予想外だった。
「戦う種目は何でもいいよ。短距離走でもいいし、格闘技でも射撃でも」
「あの」
さすがに幹隆が口を挟む。
「何だね?」
「まさか、全員と?」
「さすがにそれは時間がかかりすぎだね。せいぜい十人くらいにしよう」
全員を相手にしていたら何日かかることやら。いくら幹隆でも全員を相手に何日もというのは面倒なので助かる。
柔道場で幹隆が八木と共に中央に立つ。
「まずは柔道だ。要人警護にあたって、襲ってくる者を取り押さえ、無力化するための技術の集大成のようなものだな」
八木が上着を脱ぎながら軽く両腕を回して肩をほぐす。道着に着替えるなどはしない。つまり実践を想定と言うことだろう。
ここまで来たら腹をくくるかと、幹隆が正面へ向き直る。
八木は大学生まで柔道をやっており、その実力は三段。全国規模の大会にこそ出場していないが、周囲の評価はベスト八は固いと見ていた実力者である。だが、SPになってからは柔道のルール外の技術を磨き、すっかり身についてしまっているため、公式試合はもちろん、昇段試験も受けないほうが良いと自分で判断し、自重しているため、その実力を測る物差しが無い。
「えーと、あ、これは外しておきますね」
制服の上下はいいが、帽子はさすがに脱いでおこう。
「貴様……その耳は何だ?」
「何と言われても、自分の耳ですが……」
人間の耳の位置に耳が無い代わり、頭の上に狐耳が付いている。それを何だと言われても困るのだが。
「フン、まあいい。誰か、開始の合図を」
「あ、ちょっといいですか?」
「何だ?」
「何をどうしたら勝ちとか負けとか」
「そうだな……こうしよう。俺を投げるか押さえ込むかでお前の勝ち。逆にお前が気絶なんかして立ち上がれなくなったら俺の勝ち。勿論勝てないと判断して降参も有り。これでどうだ?」
「わかりました」
一見、幹隆に有利に聞こえるが、八木が幹隆を徹底的に痛めつけやすいルールとも言え、それに気づいた者たちが「えげつねぇ……」と心の中で感想を述べている。
「では開始の合図を」
「では私がやろう」
遠山が前に出て、二人を開始線に促す。
「では……始め!」
合図と同時に八木が一気に距離を詰め、幹隆の襟と右手首を掴む。
そして、一瞬手首を引き、体が少し傾いたところで瞬時に体を回転させ、そのまま一本背負いの形で投げ落とす。受け身を取りやすいようにでは無く、頭から落下するように。
通常、一本背負いは投げの流れになったらそのまま流れに任せるようにする。殺し合いでは無いのだから受け身を取りやすいようにするのだ。しかし、八木はさらに袖を引いて、落下速度を上げて相手を完全に無力化することを狙い、その通りに幹隆は頭から畳に落下した。スポーツとしての柔道では決してあり得ない投げ方であり、通常の人間なら運が良ければ脳震盪、頸椎骨折で死ぬことすらあり得る投げ方だ。
叩きつけられた幹隆の体がゆっくりと畳の上に倒れる。頭だけで逆立ちなんてバランスの取り方をしていないから当然で、その倒れ方から全員が勝負あったと思っていた。そして同時に数名が医務室に連絡をしようとしていた。
が、幹隆は倒れた勢いのままコロンと勢いを付けるとそのまま立ち上がり八木の方へ振り返った。
「まだ大丈夫ですよね?」
「へ?……あ、ああ、そうだな」
幹隆が両足を肩幅に開き、やや前傾姿勢で構える。
「お前……」
「はい?」
「何ともないのか?」
「何がです?」
「何って……今、頭から」
「ああ、柔道有段者の動きってすごいですね。オリンピックとかでも見てましたけど本当に流れるようで」
「そ、そうか……」
何の意味があるのか全くわからない会話になってしまったと八木は率直な感想を持った。今の俺の投げ、全然効いてないって事か?
「では、今度はこちらから」
「お、おう」
宣言されてからの攻撃などいくらでも対処のしようがある。
柔道は基本的に袖や襟をつかんで組んだ動きの中で相手の重心を崩し、テコの原理で倒す格闘技で有り、相手が攻めるつもりがあると宣言しているのなら防ぎようはいくらでもある。
そう思っていた。
この瞬間までは。
「行きます」
トッと距離を詰めて、先ほどの八木と同じ要領で右手首と襟を掴んでくる。ここまでは予想通り。重心を低くし、崩されにくくしていれば……
「おりゃ」
強力なゴムをピンと張った先の椅子に座り、地上と繋いだロープを切って一気に空に舞い上がる逆バンジーなどと呼ばれるアトラクションがある。八木は乗ったことが無いが、もし乗ったことがあったらこう言っただろう。逆バンジーの方が緩かったと。
力任せとしか言いようのない動きで無理矢理持ち上げられた次の瞬間、天井スレスレの高さにいた。
「あ、しまった」
八木を掴んだままの幹隆が思わず口走る。
「ふう危なかった」
天井に足をついて衝撃を膝で吸収し、逆さまのまま少し考える。
「この後どうしよう」
仕方が無いので素早く体勢を変え、八木のズボンのベルトを掴んだままで着地し、そっと畳の上に下ろした。
「あの高さから落ちたら危ないですよね」
「……そ、そう……だな……」
幹隆が見上げる柔道場の天井までの高さは約十メートル。畳敷きであり、受け身の取り方の熟練者である柔道の有段者でも危険な高さである。
「続けていいですか?」
全員が首を横に振った。幹隆がSPとして認められた瞬間であり、同時に世界最強のSP誕生の瞬間でもあった。




