茜と幹隆の待ち合わせ(後編)
「こんにちは。予約していた川合茜です」
「お待ちしていました。私が切原葉子です」
「よ、よろしくお願いします」
「ふふ……緊張しなくていいんですよ……って、私が言う台詞じゃないですね」
切原葉子は全国でゲリラ的にカットをしているため、なんと五トントラックの荷台を改造してどこでもカットできるようにしている。トラックにはそれとわかるような塗装はないが、そもそもトラックがいきなりポンと停まっていたら目立つ。それに、客も切原葉子のカットということで緊張してトチ狂ったりすることが多いので、郊外のキャンプ場だったり、ちょっとした展望台の駐車場だったりといった、静かなところを選んでいる。もちろん、駐車場の利用許可は取り付けているし、何なら無料駐車場でも料金を支払っている。
「へえ……こんな感じなんですね」
「変わってるでしょう?」
「そ、そんなことはっ」
「ふふっ、こうなってると掃除がしやすいのよ」
案内された中は、床がプラスチックで、安いビジネスホテルの風呂のように見え、ちょっと驚いたが、切原曰く、トラックの荷台コンテナを改造したときに、掃除がしにくくなるのを避けるためこうしたのだという。
「これなら水で洗い流せばすぐにきれいになるので楽なんですよ」
「なるほど……あの、一つだけいいですか?」
「何かしら?」
「切原さん、体調優れないのでしょうか?」
「どうして?」
「その、顔色が……目の下の隈も」
「ああ、大丈夫よ。あなたの予約を受け付けてから、どんなヘアスタイルがいいか、ずっと考えていただけだから」
「え?」
「大丈夫、人間、一週間くらい寝なくてもどうってこと無いわ」
十分、どうってことあると思います、と茜は言いかけたのをぐっと堪えた。こんな私のためにここまでしてくれるのかと感心したのと同時に、いくら何でもそれは盛り過ぎだろうと思ったのである。
もちろん、事実であることを茜は知らない。
「で、では、よろしくお願いします」
「ええ、まかせて。こちらにどうぞ」
切原に勧められるまま、茜は一台だけある椅子に座ると、すぐに高さが調整され、鏡に二人の顔が並んで映し出された。
「さてと……今日は「幼なじみ以上になれない彼を落とす「お、おおお、落としません!」
「あら残念」
「え?」
「私の手にかかれば、愛のささやきの一つや二つ、すぐに引き出せるわよ」
「……!」
一瞬で顔が真っ赤になる茜に、「これはなかなかの難敵かも」と切原は方向性を固めていく。一睡もせずに考え出したヘアスタイルは細部の違いまで含めると万に届くほど。その中から、意外性を追求しつつ、清楚さとかわいらしさ、そして今の髪型と同系統にしつつ……と、脳内はここ数日で一番のフル回転だ。
「あら?せっかくの待ち合わせなのに、服は……」
「あ、あの……ここに入ってます」
「ちょっと見せてもらってもいいかしら?服に合うように仕上げた方がいいし」
「はい……えっと……これ、です」
店員たちに着せ替え人形にされた結果、「あとは自分でこれは、というのを選んでみては?」と三着用意された。……いや、小物も用意されたので三セットという方が適切か。値札を見て卒倒しかけたが、
「お客様は当店始まってから十万人目のお客様ですので、お代はいただきません」
「え?」
「どうぞ、そのままお持ちください」
「ええと……」
「うまくいくといいですね」
「は、はい……」
顔を真っ赤にしながら帰って行く茜を見送る面々は、大きな仕事をやり遂げた、すっきりとした顔で見送った。
「アレなら大丈夫でしょう」
「ええ」
「そうね……今日はちょっと風もあるし、こちらなんかどうでしょうか?」
「そ、そうですね」
着る服は決まった。あとは髪をセットするだけだ。
「では……っと、忘れるところだったわ。これをつけてほしいの」
「目隠し?」
「ええ。完成するまでのお楽しみに」
「クスッ、わかりました」
ああ……絹糸よりもなめらか、いいえ、絹糸と比較すること自体が無意味。カットするために触れた髪を、どんな言葉で表現すればいいのだろうか。どんな言葉も陳腐になってしまう。魔性の髪とでも言えばいいのだろうか。
うっとりとしながら鋏を入れていく。思い描いたスタイルになるよう、ミリ単位で調整しながら。
「ここをこう……これで……」
手を止め、思わずそう呟いたとき、茜が身じろぎした。
「切原さん?」
「ん?ああ、後もう少しよ」
「はい」
そう、あともう一つだけ。
スッと振り返り、引き出しの中から特別な鋏を取り出す。柄の長さもさることながら、刃の長さが一メートル近い、特別製。
これで、この至高の髪、最高傑作を永遠に手元に置いておける。
……さあ、最後の総仕上げよ。大丈夫、こういうときのために、掃除をしやすくしてあるのだから。
ゆっくりと鋏を茜の首に当てる。頸椎を構成する骨と骨の隙間を通るように。まっすぐ、きれいに斬り落とせるように。
「……その功労をたたえ、感謝いたします」
パチパチと室内にいる十数名が拍手する中、茜は緊張で震えながら差し出された感謝状を受け取ると、横目で幹隆を睨む。
先日のバスジャック事件(未遂)にて犯人逮捕に協力したとして県警が感謝状を贈ろうとしたのだが、本人から色よい返事がなかなかもらえなかった。
曰く、
「いえ、私がもらうなんて……誰だってあの場にいたら、私のようにしたと思います」
あんな対応ができるのはかなり限られてくると思う、という言葉をぐっと飲み込みながらも県警本部長としては市民の勇気ある行動に報いないのはイメージが悪いと、警察庁長官――同期だそうだ――に泣きつき、幹隆に指示が下された。
「どうにか説得してほしい。なんならだまし討ちみたいにしてでもいいから、県警まで連れてきてくれ」
という警察にあるまじき指示が。
仕方なく、幹隆は思わせぶりな台詞で約束を取り付けた。
待ち合わせ場所は県警の向かいにある大きめの公園だから茜は誘い出されたことに気づかず、めかし込んでやってきた。ラフな格好で来ることはないと踏んでいたが、かなり気合いを入れてきたことに罪悪感を覚えながらも、当初の予定通り、警察までご同行いただこう。手錠はかけないけど。
「お、茜。こっちこっち」
「ミ、ミキくん……え?ちょっと?」
「こっち、こっちだから」
「え?ちょっ!警察?え、まさか?」
手錠よりも振りほどきにくい幹隆の手にひかれた先で行われた、県警本部長からの感謝状授与に、茜はあとで埋め合わせをさせてやろうと心に誓ったのであった。
「うわ……マジか……」
「おおい!こっちも見てくれ!」
「うへえ……」
一方その頃、警視庁は戦後最凶最悪と言ってよい、殺人事件の家宅捜索にかかっていた。
容疑者はカリスマ美容師として知られる切原葉子。突然、警視庁本部庁舎前にいきなりトラックで乗り付けて「殺人の自首をしに来ました」と意味不明な行動に大騒ぎとなったのは言うまでもない。
そして、トラックの荷台や、自宅地下室から多数の防腐処理された人間の頭部。広大な敷地の裏庭からは多数の人骨。犠牲者が何人いるのか、確認するのに骨が折れそうだと思っていた矢先に、
「これが一覧です」
と、被害者のリストが提示されるという事態に、刑事たちは戸惑っていた。
「一体どうして自首する気に……」
「川合茜」
「え?」
「川合茜の首を落とせなかったのです」
「お、おう」
差し出された鋏だった物は、刃が半ばから折れていた。相当硬い何かを切ったかのようにポッキリと。
「髪に対する冒涜……でした」
「ということで、村田、もう一度頼む」
「さすがに東京に呼び出すのは無理があります」
「ううむ……」
凶悪な殺人犯の逮捕に、多大な貢献を果たしたことは間違いなく、どうやればすんなり感謝状を贈れるか、上層部はまた頭を悩ませるのだった。




