幹隆はカメラ写りを気にしない(中)
「やっと来たか。十分遅れだぞ」
「遅れた飛行機に文句言ってください」
出迎え早々に課長の遠山が小言を言ったが、正確には途中の天候事情によるルート変更だから、天気に文句を言って欲しい……とは口に出さず、おとなしく車に乗り込む。彼も小言を言うつもりはなく、単に話すきっかけにしただけに過ぎないのが表情でわかったからだ。
「って、空港を出るんじゃないんですか?」
「今から作戦の概要を説明する。で、その作戦遂行のためには、空港を出る必要はない」
そう言って遠山が数枚の紙を渡す。
「えーと……は?」
「な?空港を出る必要はないだろ?」
「アンタが日本のSP、ミキタカ・ムラタか?」
「そうだ」
「……本当に?」
「信じないならそれでもいいが」
「やめろ村田。とにかく作戦開始だ。こいつの能力は日本政府が保証する」
「まあ、俺たちは言われたことをやるだけだが……失敗しても文句は言うなよ?」
「じゃあ、成功したら「村田!」
「はいはい。行ってきますよ」
幹隆の姿を見て完全に侮っているパイロット二人に少々うんざりしながらヘリに乗り込むと、すぐに離陸する。
「本日はご利用いただきありがとうございます。当機は、いえ、本日はお客様を国連本部ビル屋上までお送りいたします。パイロットは……」
実にどうでもいいことをペラペラとしゃべっているのを聞きながらも、幹隆は準備を進める。今回の作戦では実に多くの荷物を持っていくことになり、それらをどう使うか、順番も大事になる。もちろん、使う順番通りに納められているが、それはそれとして、作戦に書かれている機器の名前と実物を一致させておかないと現場で焦ることになる。
「よし、いいな。後は……無線……オン。課長、聞こえますか?」
「おう、ヘリの音がすげえが感度良好だ」
「了解。あと三分で目的地上空だそうです」
「こっちもそのくらいで作戦本部に到着する。最上階の間取りは?」
「今、再確認中です……っと、本部ビル、見えてきました」
「探知はどうだ?」
「人使い荒いですよ……こんな距離じゃ、ロクに見えません」
「そうか。まあいい。とにかくまずは侵入だ」
「はい……っと、そろそろ降下準備なので一旦切ります」
マイクを切り、降下時に必要になるものを手に取ると、パイロットへ降下準備よしのハンドサインを送り、ドアを開ける。
「OK、現在高度九百メートルまで上昇した。降下ポイントまであと十秒」
「風向きよし、予定通りの降下……って、大丈夫なのか?」
「ん?なんか言ったか?」
ドアを開け、ローターの音が入ってくる状態ではヘッドセットをつけていない幹隆には声が届かないことにパイロットたちは気づいていない。何しろ、想定外の事態が起きていたからだ。
「パラシュート!パラシュートはどうした?!」
「え?パラシュートつけてないのか?クソッ、降下は中止だ」
「予定降下ポイントに到着。じゃ、行ってくる!」
コーパイが慌てて止めようとするが時すでに遅し、幹隆はトン、とヘリから飛び降りていた。
「「ノオォォォォォォォッ!!」」
おっさん二人の野太い声を背に飛び降りた幹隆は一言、
「うるせえな」
と、どうでも良さそうに呟きながら目的の国連本部ビル――正確には事務局ビルと呼ぶらしい――の方を見る。
「高度よし、方角よし、速度よし……今、狐火の浮遊!」
ふわりと減速――それでもずいぶん速いが――して屋上に着地。そのままの勢いでゴロゴロと転がっていくと、ヘリの中はまた大騒ぎだ。
「着地に失敗した!」
「マズいぞ、屋上から落ちる!」
「作戦は失敗!繰り返す、作戦は失敗!」
そもそも九百メートルの高さから落ちているのに原形をとどめている点には一切疑問を持たず、無線に向けて大騒ぎするものだから、今回の作戦本部もまた大騒ぎになってしまった。
「ミスター遠山!どうなってるんだ?!」
「ええと……なんて言えばいいんだ?」
「さあ……」
慌てて部下にどう説明したものか相談を持ちかけたが、持ちかけられた方もなんと答えてよいのやら、だ。
「よっと」
勢いよく屋上から転がり落ちたところで手にしていたフック付きロープを投げて屋上の柵にかける。そして慎重に壁を見つめながら重心を移動させ、トッと窓枠のところに着地した。
「ふう……で、次は、と」
手早く左手に吸盤付き手袋を窓につけて右手のガラス切りでくるりと円を描き、パカッと外すとするりと中へ。くりぬいたガラスを床に置くと、背負ったバッグからアンテナを取り出して外側アンテナが出るように位置を調整しながら床に固定する。
「よし」
腰に下げたリールから線を延ばしてアンテナに差し込むとするすると伸ばしながら廊下の突き当たりを目指して走りつつ、無線を入れる。
「課長、村田です」
「おう、どうだ?」
「現在地、ボディカメラから見えませんか?」
「ああ、見えた。うん、そのまま突き当たりを左だな」
「了解」
無線の向こう側で怒号が飛び交っていたが、何か進展があったのだろうか?
「だから言ったでしょう?問題ないって」
「しかしだな」
「屋上の扉を開けるのはリスクが大きいとあらかじめ説明もしておきましたよね?」
「それもそうだが」
「ご安心ください」
「え?」
「彼は、世界最強のSPですから」
そう言って、さっきまではぐるぐる回っていたためにとても見ていられなかった幹隆のボディカメラ映像に目を向ける。
「お、ちょうどついたようです。指示を」
「あ、ああ。わかった」
「課長、到着しました」
「よし。まずそのメンテナンスハッチを開けるんだ」
「鍵かかってますけど」
「壊せ」
「了解」
「「ちょっ!」」
無線の向こうで盛大に突っ込みが入ったような気がするが、こんな鍵一つと大勢の命は天秤にかけられるものではないと、無造作に指を突き刺して鍵を破壊。そのまま高さ一メートルほどのハッチを開くと、たくさんのケーブルやパイプが走っていた。
「ええと……どれを?」
「ああ、私が指示を出そう。右上を見せてくれ」
「はい」
「もう少し右……そう、そこ。うん、そのケーブルだ」
「これ……ああ、この端子を抜いて差し替えれば?」
「そうだ。それとその左二つも」
「了解……これをこっち、これをこっち」
「そうそう。いい感じだ」
「それから?」
「あとはその下……そう、そこ。そこに電源をつなげられるはず」
「よっと……つなぎました。電源入れますね」
バッグから取り出したでかい箱にケーブルをつないでいき、最後にアンテナからここまで引っ張ってきた腰のリールの線をつなぎ、電源スイッチをパチンとはじく。
「どうです?」
「ちょっと待ってくれ……どうだ……来い、来い、来い、来い……よし!来た!」
無線の向こうで歓声が上がった。
「作戦第一フェーズ、終了ですね」
「ああ。これでビル内部の様子がわかるようになる」
隅々までくまなく見ることはできないが、監視カメラ映像が見えるようになったのは大きいと、早速作戦本部ではモニター前の席の取り合いが始まっていたのを見て、遠山は苦笑する。まだこれからだというのに、と。
「よし、とりあえず下へ降りていってもらうが……どうだ見えるか?」
「待ってくださいね……狐火の探知……三階下くらいまでは無人ですね」
「よし。ちょっと待てよ……おい、そっちはどうだ?うん、うん、わかった。村田、十五階までは人影がないらしい」
「了解。階段へ向かいます」
「ああ。だが、気をつけろ。カメラの死角にいるかも知れん」
「わかりました」
「グレアス……報告がある」
「ん?あ、ああ俺か。何だ?」
カロリーバーに食いついた二メートルはある大男に一人が恐る恐る声をかけた。グレアスというのはもちろん偽名、というか作戦上のコードネームである。急ごしらえのチームで使い慣れないコードネームを使っていて、呼ばれた当人が自分だと気づくまで時間がかかるのはどうなんだという台詞をぐっと飲み込んで、男が報告を続ける。
「監視カメラの映像が一瞬乱れた。おそらく外へ送信されている」
「どこからだ?」
「上だ」
「上?って、屋上から降りてきたのか?」
「おそらくな」
「おいおい。扉に爆薬てんこ盛りにしたんだろ?それで何で無事なんだ?」
「そう言われても……とにかく誰かが侵入してきたらしいってことだ」
「ったく……おい、監視カメラの映像、二十階以上を全部チェックしろ」
階段を高速で駆け下りていく何かの影に気づいた彼らが動き出すまで二、三分を要した。
前中後編で終わらない気がする……いや、絶対終わらない




