幹隆、式典に出るってよ
前話と時系列は近いです
「ミキくん?いるんでしょ?」
「……」
茜がドアをノックするが返事はない。
川合家の方針として、各部屋のドアに鍵はついていないからいくらでも開けて中に入れるのだが、一応は本人の意思を尊重して、自分から開けることを期待して待つ。
「ミキくん?」
「……」
「そんなにイヤ?」
「……」
「はあ」
茜は仕方なく引き下がる。ここは一旦こうするのが正解だろうと、そっと去る。
電気もつけていない薄暗い室内で、頭から布団を被った幹隆は遠ざかっていく足音にホッと息をつく。全く、冗談ではない。誰があんな提案を受けるものか。
もぞもぞと動いて布団から這い出ると、机の上に置かれている数枚の紙を手に取る。そしてくしゃりと丸めて捨てようとしたその手をわしっと掴まれた。
「ひっ!」
「ミキくん?何をしようとしたのかな?」
ドアが開いた様子もなく、全く気配を感じさせずにすぐそばにいた茜に短い悲鳴を上げつつ、後退ろうとする。しかし、思いのほか茜の力が強く、動けない。
「そろそろ観念して?せっかくの機会なんだし」
「そ、それでもっ!」
「一生に一度なのよ?」
「それは……そう……だけどっ」
「何か問題でも?」
「えっと……」
「市の方で色々配慮してくれたのよ?」
「うぐっ……」
「お父さんもお母さんも、楽しみにしてるし」
「ぐっ……」
市はともかく、伯父さん伯母さんを持ち出すのは反則だと言いたい。言いたいが、色々お世話になっているので言えない。
「わかった」
「ホント?」
「出席はする」
「よかった!」
「出席はするけど……って、もういないし」
条件を告げようとしたのに既にいない。斥候とはすごいものだと感心……してる場合ではない。急がないと、とんでもないことになる。慌てて部屋を飛び出したが、茜の姿はない。それどころか家の中にさっきまであった人の気配がなくなっている。
まさかそんなと思った幹隆の耳に、車が走り去る音が聞こえた。こんな僅かな時間の間に、三人揃って車で出かける準備……イヤ違う。幹隆が「出席する」と答えたらすぐに出られるように準備万端だった。それだけだ。
慌てて追いかけようかと思った。幹隆がその気になれば、先回りするくらいは容易い。だが、先回りするとしても、その先回りする場所はおそらく目的地になってしまう。三人の目的を考えると、先回りする方が面倒事が増えると判断し……諦めることにした。
何を言っても無駄だろう、と。
「なあ、本当に行かないとダメか?」
「出席、するんでしょ?」
「出席はする。すると言ったが「なら、行かないと」
当日、某ギャンブルマンガのように煙に巻こうとしたが失敗。抵抗虚しく、車に乗せられ、目的地まで運ばれていく。諦めるしかない、か。
「おい、アレ見たか?」
「アレって何だよ?」
「アレって……うう……見た方が早い!こっちだ!」
「って、すげえ人混み!」
「アレ見たら、この人混みも納得するって」
「そうなのか……」
そんなやりとりがそこかしこで繰り広げられているのを幹隆の耳が拾うたびにピコピコ動き、そのたびに周りがざわめく。しょうがないだろ、ちょっとした音に思わず反応しちゃうんだからと言いたい。声を大にして言いたい。だが、言ったら言ったで妙な盛り上がりになるだろうから言えない。
成人式の集い。
幹隆は本来去年やるはずだったのだが、市の方で「同級の皆さんと一緒の方が」と配慮されて茜たちと同じタイミングとなった。
ここまではいい。幹隆を始めとする異世界帰還組は何だかんだで目立つ。余計なトラブルを防ぐためにも、成人式はひとまとめにした方が何かと都合がいいだろうというのは理解できる。それに幹隆も、高校卒業後、疎遠になりがちだった友人たちとの再会は楽しみにしていたことなので、出席したいと思っていた。
が、予想通り、茜を始めとする周囲の女性陣が黙っていなかった。
キチンと着飾れ、と。
そして密かに結成された「幹隆を成人式に着飾らせる会」によって各方面に細かな手配がなされ、本日の装いの完成となった。
アニメの世界にしかないだろうという、ミニスカートのデザインを取り入れた感のある巫女服モチーフの振り袖。自然な着こなしを演出しつつも、どこか晴れ着であるという着せられてる感と、色気よりも清潔感と可愛らしさすら感じる絶対領域はどこの匠の手によるものだろうか。
髪型は耳の存在をキチンと際立たせる飾りを添えつつド定番のポニーテール。本来ならばツインテールではないかという意見と三日三晩ぶつかり合った結果、「振り袖をもう少し長くしてバランスを取る」というところで合意し、整えた美容師が「私のこれまではこの日のためにあったんですね」と気合いを入れた至高の作品でもある。
各種小物をちりばめつつも全体のバランスを崩さない絶妙なコーディネートは、いったいどれくらいの費用がかかったか聞くのが恐い。
なにしろ、そろそろ鏡で見慣れてきているはずの幹隆自身が仕上がりを見て少し硬直したほどの出来映えだ。式典会場にやってきて注目を集めないはずがない。
なお、このコーディネートを担当したスタッフ――総勢二十一名――はあらゆる角度からの写真撮影――及び、脳内ストレージへの格納――を終えると、全員が「我が生涯に一片の悔い無し」という表情を浮かべ、立ったまま気絶していた。幹隆が出席の意を表明した年末からほぼ不眠不休だったらしいので、ゆっくり休んで欲しい。
そして、幹隆だけでも充分注目を集めるのだが、同じ車からこれまたアニメの世界から出てきたような茜が同系統のコーディネートで降りてきて並んで歩いている。こちらは「幹隆を寄り際立たせつつ、注目を集めすぎないように」というコンセプトで、こちらもスタッフは良い笑顔だった、とだけ添えておこう。
「いやー、想像はしてたけど、想像以上だな」
「近づいていいのかたっぷり悩んだぞ」
「俺も俺も」
異世界帰還組男性陣のそんな感想に対し、女性陣はというと。
「「「尊い」」」
実にシンプルで、スマホのレンズを何度も磨きながらあらゆる方向からの撮影に勤しんでいる。
まあ、好きにすれば良いと思う。
既に幹隆は、素数を数えることに専念しており、周りが何を言おうとも落ち着いた状態を保てるようになっていた。
もっともそれも……茜が密かに隠していたサプライズ、「新成人代表、村田幹隆」によって崩壊するのであるが。
なお、市の担当者はあらゆる方面の専門家を招き、マスコミの取材シャットアウト、盗撮の防止、SNSへの写真動画投稿の完全遮断に成功しており、そのノウハウはその後、各方面から問い合わせが殺到するようになったと言う。
なお、ネット掲示板などでも話題にはなったのだが「うpしろ」「待ってろ今すぐに……ん?こんな時間に誰か来たようだ」「あれから五分たったがレスが無い件」という展開が本当にあったという。




