米山秋子は癒やせない
「相談事があるって言ってたけど、何だ?」
平日の昼間、特に何という任務がないため、自宅待機となっていた幹隆は唐突に米山秋子に呼び出された。正直面倒なので、用件を聞いたら「そうか、頑張れ」と適当に流して帰ろうと思っていたのだが、
「とりあえず上がって」
「ええ……」
呼び出された先がなんか妙なところだと思ったら、米山が現在一人暮らしをしている自宅アパートだった。既に、用件を聞かずに帰りたいと思っていたのだが有無を言わせないらしい。多分、帰ったら帰ったで都市伝説メ○ーさんも真っ青な程に電話がかかってきそうだ。
「さっさと上がって。玄関先でする話じゃないのよ」
「わかった」
家に上がるのを渋っていた理由としては、一応は男のつもりである幹隆が一人暮らしの女性の部屋に上がるというのは抵抗があるからと言う、ごく一般的なものだけではない。
「適当に座って。散らかっててゴメンね」
「う、うん……」
米山の家は、いわゆる汚部屋、ゴミ屋敷というヤツであった。幸いなことに腐る物が積み上げられていることはないらしくひどい臭いがすると言うことはないし、少なくとも玄関の上がり框のあたりまでは足の踏み場があった。
もちろん、これで「ちょっと散らかってる」で済ませる精神には大いに疑問を感じているが、おそらくそれを指摘すると話は長くなるだろうからやめておいた。
それでも「一応、ロコドルとはいえアイドル活動してたんだからもう少しなんとかしろ」と言いたいのだが。
「で、相談って?」
「ええと……どこだったかな?アレ?確かここに……えっと、ちょっと待ってね」
「見せる物があるなら用意しておけよ」
「違うのよ、昨日ここに置いたんだって」
どこ?である。
「ああ、あった。これ。これ見てよ」
「ん?」
見て後悔したというか、その内容を口で言えばいいだろと言いたくなったとか……まあいいか。
「治療の依頼か」
「そう。これ、手に負えないと思うのよね」
異世界に行って帰ってきた。この事実に関しては日本政府が承知しており、関係各所――何にどう関係するのかはよくわからない――に共有されていて、時折その能力を借りたいという話は来る。幹隆は既に警察官となっているので、然るべきルートで話が来ればそれに従うし、他にも似たようなことをしている者はいる。
一方、米山はそういう方面には一切関わらず、自由気ままに一人暮らしを満喫する方向へ舵を切った。それもまあ、良くある話。例えば茜なんかは実家住まいのままではあるが、自分の就きたい職業について日々の仕事に精を出している。もっとも、茜の能力が必要な職業や事態というのにあまり思い当たるものはないので例としてはイマイチだが。
で、異世界で聖女として振る舞っていた米山は普段何をしているのかというと……いわゆるフリーターに分類されるのだろうか。特に何かの職に就いているわけではないのでこうして自由な時間があり、幹隆を呼びつけるくらいにはヒマがあるのである。
米山が定職に就かない理由については、
「時々、日本だけじゃなくて世界中から治療の依頼が来るのよね」
時間の自由が取れなくなるのがまずいというもっともらしい理由だが、この様子を見る限り、働くつもりはないのだろうと幹隆は確信している。もちろん口に出すことはないが。
「これ、内容見ちゃったけど、いいのか?」
「いいわよ。私のところに来る時点で情報が漏れる可能性があることは伝わってるはずだし」
「じゃ、遠慮なく……え、これって」
「経済界の大物、だっけ?」
「ニュースで聞いたことのある名前だな。治療の依頼って?」
「病気。それ以上はさすがにちょっと言えないみたいね」
「病気ねえ……」
異世界には医者という職業はなかった。地球で言うところの医者に相当するのは製薬を専門とする錬金術師か、薬師。要するに薬草をすりつぶして粉末にしたり、煮詰めたりして作った水薬を使って治療するのがメイン……ある意味、自己治癒力に賭けているとも言うだろう。
そして、治癒魔法というのは騎士や冒険者のみ使用するといっても過言でない治療方法で、怪我のみを相手にするようになっている。まあ、彼らが必要とする治療は魔物や盗賊などとの戦闘で負った怪我の治療で、迅速な対応が必要なケースが多いので、当然と言えば当然。病気などの際には引き上げて薬による治療に専念といった流れが普通なのだ。
ちなみに、米山たちのe世界ガールズのライブで病気が治っているというのはある意味嘘である。要するに「病は気から」というレベルで体調が改善し、その結果……というだけ。観客の大半が「肩こり」「腰痛」「膝の痛み」で訪れているので、怪我の範疇扱いされて治っているだけである。
「ということで、村田くん、代わりに行ってくれない?」
「お断りします」
「ええ……」
幹隆たちにももちろん有休はある。が、有休使って海外に行きたいかというと……行きたくない。散々仕事であちこち飛び回っているので、休みの日は家にいたいのだ。休みでなくても家にいる気がするのは家族以外には言うわけにいかないが。
「ケチ」
「ケチじゃない」
「ええ……だって、村田くんの治癒魔法って、病気も治せるでしょう?」
「まあ、治せると言えば治せるが……」
「じゃあ!」
「……どう考えてもこれ、助からないだろ?」
「そう?」
スマホで検索すると、先日百歳を迎えた、とでた。色々な疾患が出てもおかしくないし、下手をすると、目立って大きな症状の出ている疾患以外に、マズい疾患が隠れているかも知れない。幹隆の治癒魔法は病気にも効果はあるが、そもそもの効果が微々たるもの。基本的に大量の狐火を突っ込んで同時に何回もかけることでどうにかそれっぽい効果に持ってきているだけなので、隠れている疾患があった場合、魔法による治癒が追いつかず、かえってひどくなる可能性の方が高い。
そう、ぶっちゃけ幹隆の見立てでは「寿命だろ?」である。
「うーん、断るしかないかあ」
「いや、断らなくていいと思うぞ」
「え?」
「行ってこいよ」
「でも、治せないんだよ?」
幹隆は大きくため息をついた。こう言っては何だが、異世界に行ったときに姿が変わった関係で米山はとんでもない美少女になった。元々は、別に不細工ではないが、これと言って目を引くことのない、その他大勢だったのが、街を歩けば誰もが振り返るくらいに。そして、それが米山自身の元々の引きこもり気味な性格に拍車をかけた結果がコレである。
だが、その事実はほとんど知られていない。なんなら、いわゆる奥ゆかしさのある聖女サマ扱いまである。
なら、それを逆に利用してやろう。
「一応、治癒魔法を使えば、病気由来の痛みは和らぐんだろう?」
「ま、まあ……ね」
「だからさ……」
白地に紫の縁取り刺繍を入れたいかにもそれっぽいローブ――有名なコスプレイヤーから借りてきた――を纏った米山は、病床の男性の手をそっと取ると、呪文を唱える。すると、米山の前身が淡く光り、それが緩やかに男性の体へ移り、全身がほのかに光る。
「お、おお……」
「め、目を開けたぞ」
「奇跡だ」
「これが……聖女」
男性がゆっくりと目を開くと、周囲に待機していた医師たちがどよめく。
「あ、あなた……は……」
「……」
男性の問いに米山は答えず、そっとその場を離れ、この場に引き合わせた者――いわゆるコーディネーターというヤツだ――に何かを伝え、部屋を出て行った。
慌てて数名の医師が追いかけようとして、コーディネーターに止められた。
「邪魔をするな!彼女に話を聞かないと!」
「ダメです。聖女様は……手を尽くしましたが、と」
「何?!」
途端にベッド横に置かれていた各種計測機器がけたたましく鳴り響いた。
「な、何が?!」
「心拍数低下!」
「血圧急降下、上が七十を切りました!」
「呼吸停止!」
「心臓もだ!」
「蘇生措置、急げ!」
だが、こんなことになっても、政財界では違った形で伝わるのである。
「聖女様は最後に苦しみを和らげ、安らぎを与えて下さったのだ」
男性の家族から数日後に届いた手紙ととんでもない額の謝礼金を受け取った米山は枕に頭を埋めて足をジタバタさせるのであった。




