近藤雄二は動けない
ゴリ、ゴリ、と何かを押しつぶすような音が室内に響く。
「うん……いいね。予想通り。やはり名産地と言うだけあって、香りが段違いだ」
すり鉢の中に入れた粒を押しつぶしていたエルフが立ち上る香りに満足げに呟いた。
「ああ……今からその味わいを想像するだけで……ふふふ」
完全にトリップしている表情を浮かべてクスクスと笑い、またゴリゴリと粒を押しつぶす作業に戻るのを見て、いよいよ俺もおしまいかと覚悟を決め……られるかっての!とにかくこの全身を縛っている紐をほどいて脱出。こんな物、俺の針をもってすれば……って、え?針が撃てない?
「クソッ!ほどけ!このっ!このっ!なんだっ?なんで針が撃てない?!」
「ククク……無駄だよ。無駄。その魔法陣はある程度以上の魔力を無効化する。念話程度なら使えるだろうけど、君のご自慢の針は使えないよ」
「お前っ……こんなことしてタダで済むと思ってるのか?」
「フフフ、おかしな事を言うね」
「何?!」
「誰が何をすると言うんだい?」
「そ、それはっ!リディとか、族長とか!」
「大丈夫さ」
「え?」
「うまい食い物の前にはこんな些事」
「くっ……」
「それに、食卓に並んだら毒の有無とか味の善し悪しならともかく、原料が何かなんて気にしないだろう?」
俺がどうやって言い返そうかと言葉に詰まったのを「論破した」とでも思ったのか、その男、フレッド――リディの兄――は満足げに見ると、ゴリゴリとすり鉢で香辛料をすりつぶす作業に戻った。
「ふふ……これはね。特に貴重とかいうわけでは無くて、どこでも売ってるありふれた香辛料さ。だけど大陸最南端の村ターポで採れたものを一ヶ月天日干ししてこうしてすりつぶすとそれはもう極上の逸品になる」
「く……」
「しかも。すりつぶしてから三十分後が一番香りが良く、至高の逸品になるのさ」
フレッドは手を止めず、クルリとこちらに顔を向けて続ける。
「あと少しでこちらの作業が終わる。そうしたら君を開く。ちょうどいい時間に姿焼きの完成さ」
「お前……意思疎通できる相手を食うとか正気か?」
「安心したまえ。捌いたあとはしっかりと神に感謝の祈りを捧げるよ。日々の糧に感謝と言うことで」
チャンスは……ある。いくら魔力を無効にするといっても、針自体の防御力は無効化できないだろう、多分。そして俺を捌くというのなら、一旦この拘束を解いてひっくり返さなければならないはず。つまり、拘束を解いた瞬間、その一瞬で針を撃ち込んで脱出だ。
「さて、こっちはこんなものか。あとは……これがあって、これも用意した。ウンウン、準備万端。では早速開くことにしよう」
「助けて!リディ!助けて!」
「無駄だよ。この部屋全体が結界に囲まれていてる。物理的な防御力は皆無だけど、念話が外に漏れることはない。そのくらいの対策はしているさ」
「く……何でそんなことまでっ」
「ふふ……五十年程前に師である高祖父から習ったのさ」
あのじいさん、何でも出来るな。つか、それを容易くやってのけるコイツもコイツか。
「さて、金網も程良く温まった。いよいよだな」
「く……」
「さあ、世界への別れはすませたかい?」
どうする……どうすればいい?!
「リディ……助けてくれ……」
「ふふふ……無駄だと言っただろう?」
「助けてくれたら……俺にできることなら何でもするから」
バリンと窓が割れ、ドスッと俺の目の前に矢が刺さった。
「何?!」
「ユージ!ここにいたのね!」
「リディ?」
「兄さん?何やってんのよ!」
「何って、見てわかんないか?」
「ええと……」
「俺を姿焼きにしようとしてたんだ!」
「な!兄さん?!」
「いいだろ別に。ウマそうだし」
「よくないわよ!」
リディは言うが早いか至近距離、すぐ目の前に矢をつがえ放つが、フレッドはおよそ人間――エルフだけど――の関節可動域を無視した動きでかわす。それはまるで昔見た映画で雨あられと浴びせられる弾丸をスイスイと避ける……マト○ックスよけというヤツだ。
「くっ!このっ!」
「ふふふ……少しは腕を上げたようだけどまだまだだね」
「なんのっ!」
「ホイッと」
ドスンバタンと縦横無尽に飛び回りながらリディが矢を放つがことごとくフレッドはかわす。ギリギリのところで達人のような動きで避けたり、クネクネと変態的な動きで避けたりと、明らかに実力に大きな差があることを見せつけつつ。
「くっ!相変わらずよくわからない動きねっ!」
「この動きができないうちは半人前以前だね」
「何ですってえ?!」
「一人前を名乗るにはこのくらいは常識だよ」
掴みかかろうとしたリディの腕をスルリと抜けて天井へペタリと貼り付く。すかさずリディが三発打つが、ニュルンとした動きですぐに床へ降りる。と、それを見越していたリディが足で踏みつけにいこうとするが、軟体動物のような動きがいきなり四つん這い――ただし、手足ががに股で虫のような動き――でカサカサと高速移動。まるでゴキブリのような動きに対し、リディが短剣をシュパパッと投げるが後ろに目でも有るかのようにササッと左右に揺れて回避。
……アレだな。ちょっと古いタイプの学園ギャグアニメ系だ。ヒロインが主人公に攻撃を仕掛けるのに全部かわされる、みたいな。
「うわっと!」
どうでもいい感想を述べていたら、またすぐ目の前にドスッと矢が刺さった。
「リディ!」
「ユージに当てるようなヘマはしないわ!」
直後、ドスッとすぐ後ろに衝撃。尻尾をちょっと動かすと矢が触れる。
「おいいいいい!」
「大丈夫だって!」
やがて兄妹の争いは小さな小屋から外へ。爆音が聞こえるが……気にしないことにしよう、うん。
さて、どのくらいで片がつくだろうかとホッと一息ついたところにリディが大声で叫んだ。
「ユージ!」
「え?あ、何だ?」
「何でもするって言ったよね?」
「……俺に出来ることならな」
「じゃあ、私とけっ「俺にはできないことだな」
「ひどいっ!」
「じゃあやっぱり姿焼きだな!」
「それは絶対ダメ!」
声と戦闘音が遠ざかっていった。
近藤雄二は動けない。
リディが助けに戻るまで、物理的に。




