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ミッション・ポッシブル(後)


『こちらアルファ。コンピュータルームのダクトに到着』

『デルタ了解。そこで待機してくれ。おそらく中に人がいる』


 塚本が派遣した(・・・・)数匹の鼠がコンピュータルーム前に到着。扉が開いていることを確認した。今までの監視によると、おそらく出入りしやすいようにするためで、中に人がいなくなると完全に扉を閉めてしまうルールになっていると、塚本は推測している。


『アルファ了解。作業の準備だけ進めておく』

『デルタ了解。ただ、下を通過する人間には気をつけろ』


 下の様子に注意しながら、中山はダクトを塞いでいる金網を外しはじめた。ゆっくり、慎重に。音を立てないように。




「そろそろ行くぜ!」


 五十メートルほどの高さまでどうにか無事――ダミーの筒は何本か小銃の一斉射でパラシュートが裂けて落下した――に降りてきたので、パラシュートを切り離すと一気に落下速度が増す。サービスで自動的に炎上するのもつけてやったおかげで下からも見えるようになるが、自由落下の速度にすぐに対応できるほど、警備の兵の練度は高くなかったようだ。


「とおっ!」


 両脚がつくと同時に体をヒネりながら回転してその流れでスッと立ち上がる。

 五点着地法、正式名称を五設置転回法といい、身体をヒネりながら倒れこむことによって、落下の衝撃を五箇所に分散させることができる。この方法を忠実に行うなら、このチームに参加している異世界帰還組の全員が百メートルほどの高さから無傷で着地できる。なお、よい子は決してマネしないように。

 当然、普通の人間にはできないことをいきなり見せられた兵は若干パニックになり、フレンドリファイヤになるのもお構いなしに松島を囲んだ陣形で撃ちまくる。が、


「効かん!」


 シャコンと延ばして両手に構えた警棒――タングステンをベースに造られたクソ重い逸品――を軽々と振り回しながら的確に銃弾を弾いていく。


「しばらくこっち(陽動)に付き合ってもらうぜ!」




『こちらデルタ。コンピュータルームから五名が退室。扉が閉められた』

『アルファ了解。内部へ侵入する』


 金網を外して五メートルほど下の床へ音もなく降り立つとすぐにならんだラックの影に身を潜める。侵入に気付いたものはいないようだ。


「警備がザル過ぎるねえ」


 監視カメラすらない杜撰(ずさん)さに少し呆れながら中央を目指す。


『こちらアルファ。中央に到着。メインコンソールを確認。映像を送る』

『デルタ了解』


 塚本が作戦指令車内でクルリと振り返る。


「出番です」

「信じられん早さだな」

「映像、来たな。よし、まかせろ」


 じっと待機していたサイバーセキュリティチームが映像から構造を推測し、指示を出し始める。


「次は……そう、それを」

「それから……よし、それでいい」


 いくつかのパターンを想定し、事前に訓練していたため、スパコン素人の中山でも指示通りに操作ができる。


「よし……これで……来た!」

「さて、細工は流流仕上げを御覧(ごろう)じろってな」


 コンソールの端子にいくつかの機械が接続され、それらを通じてスパコンの中身が丸裸にされていく。


「なるほど、強力なファイヤーウォールを立ててあるから中身はほとんど警戒されてないな」

「物理的に侵入されることも想定していないんだろう」

「だろうな。陽動作戦にほとんどの人員を投入しているようだし」

「っと、コレはなんだ?」

「こっちもだ……とりあえず回収しておくぞ」




「クソッ!当たらねえ!」

「当たっても効いてる様子がねえぞ!」


 警備の兵たちは、いきなり空から降ってきた立った一人の侵入者に大わらわになっていた。地理的に簡単に近づけるような場所ではなく、空からの侵入も航空機を監視するレーダー網をかいくぐれるなど考えてもいなかったため、練度もあまり高くないのはこの国の置かれた情勢的に仕方ないだろう。

 だが、それ以上に十人ほどがまわりを囲み、毎分数十発の弾丸を浴びせているのに、その大半を両手に持った警棒で弾く時点で人間業ではない。そして、弾ききれなかった弾丸が当たっても、当たった場所で跳ね返っている。防弾スーツというわけでもなく、ただ単に夜闇に紛れるために黒いだけのダイビング用のスーツのようで、弾丸によって数ヶ所はほつれて穴も開いているのだが、その下からのぞく肌には傷の一つもついていない。


「化け物め!」


 なお、互いの言葉は通じていない。

 しかも、こちらに降下中に撃ち落としたダミーは軒並み燃料火薬入りだったようで、そこら中で爆発炎上中。どこから中へ引火するかわからないため、松島を取り囲んでいない者たちが必死に消火活動に当たっているのだが、


「ぐあっ」

「気をつけろ!」


 味方のフレンドリファイヤか、はたまた松島が弾いたものかわからないが、時折流れ弾が飛んでくるのでこちらもこちらで命がけであった。




『こちらアルファ、さっき指示された処理は完了した。作業状況は?』

『デルタより総員へ。ハッキング作業はおよそ八割完了。予定より早く、五分後に離脱する予定』

『『『了解!』』』

「急いでくれ」

「任せろ」

「ちょーっと思ったよりもデータが多いってだけで問題は無い」

「全く、コイツら一体どんだけデータを盗んできていたのやら」

「バックアップデータは?」

「保管場所は特定済み。アルファが先ほど処理した」

「こんなところじゃ仕方ないんだろうけど、別媒体へのバックアップを同じ部屋に置いておくとか、間抜けな連中だな」

「全くだ……っと、コイツは終了。そっちは?」

「あと少し。コレとコレが完了……コイツが……」


 じれったい。だが、塚本は決して()かさない。急かしてミスでもしたら取り返しがつかないからだ。


「これがこうで……よし、こっちも終了だ」

『デルタよりアルファへ。こちらの作業は完了、速やかに離脱せよ』

『アルファ了解』

『デルタよりブラボーへ。聞いての通りだ、あと少し、陽動を頑張ってくれ』

『ブラボー了解』

『デルタよりチャーリーへ。そろそろ出番だぞ』

『チャーリー了解。バッチリ見えてるよ』


 すぐに中山が入ってきたダクトへ飛び込み、元通り金網で蓋をすると、無線中継器を回収しながらダクトを進んでいく。


「次はこっちで、こっち……それから……よし、出口だ」

『チャーリーよりアルファとデルタ。アルファがダクトの出口に来たのを視認した』

『デルタ了解。ブラボー、離脱を開始』

『ブラボー了解』

『デルタよりアルファ。ブラボーの離脱に合わせて離脱』

『アルファ了解』


 応えながら中山は崖に貼り付いて換気扇を元通りにはめてネジ止めをしている。侵入経路がわからないようにしておくのも大事な任務の一環だ。


『ブラボーより総員、飛ぶ(・・)ぞ!』

『アルファ了解』

『チャーリー了解!』

『デルタより。幸運を祈る』


 同時に松島が岩山を駆け抜け、ダンッと暗闇へ飛び出した。

 当然、警備の兵たちは大混乱である。

 ここまで圧倒的優位に事を進めてきた相手がいきなり走り出して身投げをしたのだ。


「馬鹿な!」

「この高さだぞ?!」

「いや、銃で撃たれて平気なら案外……」


 慌てて駆け寄り崖下を見たが、松島の暗闇に溶け込むような色合いのスーツのせいでよく見えない。せめて月でもでていれば見えたかも知れないが、あいにくの薄曇りに加えて新月では暗視スコープでも捕らえられなかった。




「来たな……うぉぉぉぉりゃあああああ!」


 ここまでずっと待機していた稲垣が手にしたそれを思い切り投擲(とうてき)。そして間髪入れずにもう一射。

 二つの()状の棒は極めて正確に崖から飛び降りた二人の仲間の元へ向かう。


「来た来た来たああああ!」

「バッチリだぜ!」


 落下中の中山と松島がパシッと飛んできた棒をつかみ、クルリと回転しながら括り付けられていたバックを背負い、ベルトを締める。そしてすぐに紐を引くと、バサッとパラシュートが開かれた。

 さすがの彼らも、


「いや、六百メートルの高さは落ちたら死ぬだろう、常識的に考えて」

「村田なら地面に自分の形の穴を開けてから這い出してきそうだけどな」


 ということで、脱出用のパラシュートは三キロ先で待機していた稲垣から宅配する(・・・・)方式を採ったのである。


「よし、着地!」

「パラシュートはそのまま投棄!」


 軽く丸めてバックの中の小瓶を割り、すぐそばの川に向けて投げると、ボッと火を吹いた。これで証拠は残らない。仮に残骸を見つけたとしても、どこの誰の物かは全くわからないだろう。タグとかついてないし。

 そしてしばらく駆けると、細い道に出る。と、同時に一台のワンボックスが走り込んできて、スライドドアが開き、助手席から塚本が顔を出す。


「お待たせ」

「今来たとこ」

「そうか、ならよかった」


 コツコツと拳をぶつけ合いながら乗り込むとすぐに走り出した。


「稲垣は?」

「離脱済み」

「じゃ、予定通り成功か?」

「ああ。俺たち、スニーカーズ(忍び寄る俺たち)初の任務(ミッション)完了(コンプリート)だ!」




「クソ!どうなってやがる!」


 一夜明け、一連の騒動を受けてやって来た偉そうな面々がコンピュータ内のデータが尽く意味の無いデータに書き換えられていたことを知り憤慨。慌ててバックアップデータを読み込ませようとしたが、磁気テープは全て強力な磁力によってデータが消されており、使い物にならず。

 オマケに、システムプログラムも書き換えられており、いくつかの機能が完全に停止。では外部から修正プログラムを入れようとしたのだが、ハード的にいくつかの回路が切られており、使用できなかった。

 軍の年間予算の数%をつぎ込んで造られたサイバー攻撃拠点はこうして一夜にして崩壊した。不法な侵入があったことを発表し、日本やアメリカを非難しようにも、「じゃあそこで何やってたんだ?」という突っ込みへの返答が用意できないため見送られた。

 ディスプレイに表示されたメッセージに震え上がったのでは?というのが日本の内調の公式に発表されない見解でもある。




 ――ぶっちゃけ楽でした。次はもっと手強いのを用意しておいて下さい――




「ミキくん、スニーカーズの新しい動画、配信されるけど一緒に観ようよ」

「やだよ。アイツら確か「次はキリマンジャロをマラソン登山」とか言ってたからな。見る価値無し」

「えー、それはそれで面白そうじゃん」


 世界の平和は案外身近なところにいる連中で守られているとは、知られていない事実である。

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