スニーカーズ、謎の狐仮面と出会う
「「「「どうも~スニーカーズ……ですっ!」」」」
固定カメラの映像に四人が飛び込んできて、その姿勢でやや溜めた後、それぞれがバラバラなポーズを決める。ポーズのセンスが今ひとつ微妙なのは相変わらずで、逆に動画の視聴者たちは「また古いポーズを」とか「センスゼロ!見る価値なし(オープニングは)」というコメントを大量に書き込んでいく、いわばお約束である。
「今回は何と!」
「以前予告したのに出来なかった!」
「エベレストに挑戦です!」
バッと四人が両手を広げて掲げて見せた中央遠くには、エベレストが世界最高峰の名にふさわしくどっしりと構えていた。
「いやー、エベレストの登山って結構手続きが色々必要でして」
「うんうん」
「我々、四人で登る!とやったら入山料支払っても認めてもらえませんでした!」
「ちくしょー!」
四人がそれぞれ悔しがったり泣き真似をしたりと……猿芝居である。
「えー、今回は特別に!シェルパのディパックさんを同行と言うことで許可をいただきました!」
「はい拍手!」
「ディパックさんでーす」
塚本が画面外から一人の男性の手を引いて入ってきた。
ディパックは、自慢ではないが、同世代では一、二を争う実力のあるシェルパである。登頂までをサポートした回数は数知れず、ベースキャンプからアタック隊を途中までフォローなどは、もはや日常の一部と言っていいほどに繰り返してきていた。
だから今回、この四人が「是非ともお願いします」と言ってきたとき、こう思った。
「また、おかしな連中が来たものだ」
そして、詳細を詰めていく中で、明らかにおかしいことに気付いた。
エベレストへのアタックをする場合、実際に登頂するのは数名で、数十名がベースキャンプを構築して登頂のサポートをするのが普通である。
また、その時に雇うシェルパも一人ではなく数人。一人ないし二人が登頂するアタック隊に同行し、その他はベースキャンプをフォローするのが普通。
だから、この四人がアタック隊で、自分は数人のシェルパをまとめるリーダーを務める、そう思っていたら違った。
いや、彼らの言葉は合っていたのだ。
登頂を目指すのはこの四人で、シェルパは自分、その他のメンバーは特になし。何とこの四人、ベースキャンプという物を構築せず、麓から山頂まで一日で往復する予定という登山計画書を提出してきたのだ。
「無理だ。そんな登山計画はあり得ない」
そう言って一度は断ったのだが、四人は「そこを何とか」と翌日も訪れ、追い返してもすぐにまたやってくる。
あまりにもしつこいので「コイツらは一体何者だ?」と彼らの登山動画を見て……その常軌を逸した登山に目を疑った。
比較的低く、登頂難易度の低いところを一日で往復というのはまだわかるが、世界各地の名だたる名山を酸素ボンベ無し、靴はスニーカー、着るのは動きをあまり阻害しない程度の厚さのスポーツ用ジャケットのみで次々登頂しているのだから。
だから、つい聞いてしまった。
「本当にコレで行くのか?」
「当然です」
彼らは余程自分の体力に自信があるのだろうが、そんなものはあの山に通用するはずが無い。今までに何人もの「体力に自信がある」という者たちの心をへし折ってきた山だ。
「受けてもいいが……その前に君たちの実力を試させてくれ」
「いいでしょう」
「何をすれば?」
少しは怖じ気づくかと思ったが、結構食いついてきたので意地悪な試験をすることにした。
内容はとても単純で、そこから千キロほど離れた地点にいるディパックの知人の元へ、届け物をしてもらい、その往復の時間を計るというもの。普通なら、何日もかかるのが当たり前の試験を、彼らは朝早くに出て夕方には戻ってきて見せた。間を繋ぐ鉄道や空港などのない場所だというのに。そしてクリアされてしまうと、首を縦に振るしかない。
そんな経緯でここに来たのだが、未だに信じられないというか、目の前の事実が受け入れられない。
彼らの格好はコレまでの動画にあったものとほぼ同じ。違いと言えば、一人が大きな背負子を背負っていることくらいだろうか。
「さて、それでは行きましょうか!」
「「「おー!」」」
ノリノリの彼らに戸惑いながら、事前に言われていた通りに用意した自分の荷物を抱えると、背負子に座ると松島と稲垣が手早くロープを回して体を固定している間、残る塚本が状況説明をしている。
「えー、シェルパのディパックさんは一般の方なので、我々の速度についてこれません。同行する、と言う条件を満たすため、このように背負っていきまーす。さて、準備が出来ましたので……行ってきます!」
固定カメラはそのまま残し、四人はまるで飛ぶように走り出し、あっという間に小さな点になってしまった。
やがて、手持ちカメラに切り替わる。
「いやー、最近はこんな小型カメラでも手ブレ補正が優秀でして」
「手ブレって次元じゃないから意味ない件」
「それな」
余計な軽口を叩きながら駆けること数分、勾配がグッとキツくなり、いよいよ本格的な登山となるが、四人のペースは全く衰えない。
「ディパックさん、口閉じてないと舌かみますからね」
「気をつけてくださいね」
ディパックさんがうんうんと頷く様子から映像は切り替わり、雪の交じり始めた地面を映し出す。
「現在、標高五千三百メートル。あと少し行くと、他の登山隊のベースキャンプがあると思います」
「隊長!質問があります!」
「何だね、中山隊員」
「真ん中を突っ切っていくのでしょうか?」
「いい質問だ」
ビッと松島が指を立てて答える。
「飛び越えるぞ」
「「「おーっ!」」」
そしてさらに加速し、色とりどりのテントがはっきりと視認できる距離になったところで、
「全員、ジャンプ!とおっ!」
「はっ!」
「やっ!」
「たあっ!」
かけ声と同時に一瞬さらに加速してダンッと踏み切ると高く跳躍する。
ディパックさんが「@#$!%?!!」と声にならない悲鳴を上げているが、跳んでしまった以上は着地するまでどうにもならない。舌をかまないことを祈るだけである。
「やっぱ無理だー!」
「飛距離足んねー!」
ベースキャンプを全部飛び越えるのはやはり無理で、中央付近にそれぞれ着地していく。
彼らの大声に既に各登山隊のメンバーは気付いており、かけ声と共に跳んできた彼らを歓声を上げて出迎える。
「ヒャッホゥ!」
「頑張れよ!」
「応援してるぜ!」
思ってた以上の大歓迎を受けながら駆け抜け、四人と一人は先を目指す。
一方、取り残されていた固定カメラが何者かによって持ち上げられ、レンズの前に手のひらの影が映り、映像が止まった。
「現在標高八千メートル!」
「結構寒くなってきたな!」
「そんな中山に……はい、使い捨てカイロ!」
「おお!あったかい!」
「いや、手袋くらいしておけよ!」
百均で五つセットで売られている軍手が放り投げられた。
そんなやりとりをしながら雪の積もったルートを駆け抜けていく。前日まで天候が悪く、今日も荒れそうだという予報だったために山頂へアタックしている隊はおらず、どんどん駆け上っていける。
「ディパックさん、そろそろ酸素ボンベ」
「え?あ、はい」
四人のあまりのペースに呆気にとられていたディパックが慌ててボンベをはめる。酸欠を起こしてもおかしくない標高に来ていることにすら気付かないほど動揺しているのか。
やや強めに酸素を出しながらこの先のルートを見上げる。
そろそろほぼ垂直の壁……は、今登り終えたか。うん、コイツらにかかれば一瞬で登り切るんだな。
「いやあ、アレがスニーカーズかあ」
「お前、彼らを見るの初めてか?」
「ああ。アンタは?」
「俺はモンブランで追い越されたな」
「俺、キリマンジャロで追い越されて、そのあと下山してくるのも会った」
天候が今ひとつで一週間以上足止めをくらい、どの隊もちょっとピリピリしていた空気がホンの少しだけ和らいだ瞬間、彼らの上を何かが飛び越えていった。途中で着地することなく、ベースキャンプの端から端までひと飛びで。
「何だ?!」
「今のは?」
慌ててそちらに視線を向けたが、走り去るそれが立てる雪煙の他は何も見えなかった。
「よーし、見えてきた。アレが山頂だ」
「おお!」
ディパックは既に自分の視野がどれだけ狭かったのかを痛感していた。世の中には自分の理解を遙かに超えた者がいる。この世界最高峰の山をたかだか二時間足らずで登る者がいるのだと。しかも、天候が今ひとつで強風と霧で視界がほとんど確保出来ないのに全力で駆け抜けていくのだ。
「あと少し、頑張ろう!」
「「「おー!」」」
改めて互いを鼓舞し合ったところで後ろからの気配に思わず四人が振り向いた。
が、その直後、その何かは五人を一気に飛び越えて山頂へ駆けていった。
「何者だ?!」
「追うぞ!」
慌てて四人が駆けだし、山頂まで辿り着くと、そこには麓においてきたはずの固定カメラをこちらに向くようにセットしている人物がいた。
四人に引けを取らないほどの軽装で。
「何者だ?!」
「……」
問いに答えず、ゆっくりと五人の方を向いたのは、狐の面をし、黒いマントを羽織った小柄な人物だった。
ご丁寧に頭には狐の耳が付いており、背後には大きな尻尾も揺れている。
「ククク……」
「何がおかしい!」
「気を悪くしてしまったのなら申し訳ない。忘れ物を届けに来たのだよ」
「忘れ……いや、それは帰りにちゃんと」
「待て松島!落ち着くんだ!」
「これが落ち着いていられるか!」
そこへスッと塚本が入り込み、冷静な声で語る。
「解説しよう。登って降りての映像を捕らえるためにいつも使っているあの固定カメラ。あんな小さな見た目で実は五十キロという重量のある特別製。気軽に持ち運べないようにして盗まれないようにしているのである」
「それを軽々持って来ている……ただ者ではないな!」
「そうだ、名乗っておこう。我が名は……えーと……わ、我が名は狐仮面!スニーカーズの諸君、覚えておくといい。上には上がいる、とね!」
「なんだと?!」
「ハッハッハッハッ!諸君、また会おう!」
言うことは言ったとばかりに、タタッと駆け、あまり広くない山頂の縁に足をかけようとして……ズルッと滑った。
「「「「あ!」」」」
「畜生!カッコつかねえええぇぇぇぇ……」
気になる台詞を残し……ほとんど垂直の崖を落ちていき……姿は見えなくなった。
「狐面の……女か?」
「声の高さは女だな」
「何者だ?」
「わからん……ひとつだけ言える」
「何だ?」
「これは……俺たちに対する挑戦状だ!」
「もう一つ言えることがあるぞ」
「なんだ?」
「マスクドフォックスって、仮面を被った狐、だよな?」
「狐の仮面じゃないよな……」
「何これ」
「俺が出来るギリギリのライン。顔は出してないし、声もぼかしているから、俺だと特定できる要素は「ミキくん以外にこんなこと出来る人、いないわよ!」




