国際会議、お護りしますっ
「予定より一分三十秒遅れで着陸予定」
「空港周辺の道路状況は?」
「渋滞などの情報は無し」
「了解、移動準備を」
東南アジア某国で開催されるAPEC首脳会議に日本の首相と外相が参加。
一行を乗せた政府専用機は気流の関係で予定よりちょっぴり遅れたが、そのくらいは許容範囲として、事前に現地入りして準備していた者達と連携して滞在予定のホテルまで。
「周囲を確認」
「村田、どうだ?」
「問題ありません」
「よし、車を出してくれ」
狂信的な連中も「日本はヤバい」と認識したらしく、ちょっかいをかけてくることは無くなったようだが、だからと言って警戒を緩めることはしない。と言うよりも、何があろうともいつも通り、周囲を警戒し、護衛するだけである。
「明日の会議の体制だが……」
「ここのチェックを……」
「交代のタイミングは……」
「この時間に、○○の大統領と会談が……」
短い日程に詰め込まれたスケジュールはそれをこなす本人たちも大変だろうが、護衛にあたるSPも分刻みどころか秒刻みでの対応が求められる。数人単位の班に分かれ、時間で区切って対応。集中力を切らさないための休憩をしっかり入れていると言っても、国際会議というのは独特の空気があり、初参加の幹隆はオロオロしながらも言われた仕事を一つずつこなして行く。
「あと三十分で交代だ」
「各自の持ち場、確認しておこう」
「えーと、まずここに……」
休憩終了。気持ちを切り替えてパンと頬を叩いてから持ち場へ向かう。今回は……会議中、特にすることの無い首相夫人や、休憩中の通訳スタッフの待機する部屋の入り口が担当。もちろん、首相夫人だってこの後、各国の首脳らとの会食などに参加するのだが、今はここで待機。なんでも非公式というか、加盟国では無い国の要人が訪問してくるらしく、その応対だそうだ。
「あ、尻尾のお姉ちゃん!」
「へ?」
幹隆のことをそう呼ぶ人物など限られているのだが、この声は……
「シルビア王女?」
「うん!お姉ちゃん!元気だった?」
まだあれから幾らも経っていないのに流暢な英語でにこやかに話しかけてくる事に驚いたが、そうか、非公式で訪問してくると言うのはこの方たちでしたか。
「村田」
「はい」
「王女の相手、よろしくな」
「わかりました」
SPってそれでいいんですかね?と思いながらも、許可が下りたので……っとと!
「お姉ちゃん、こっちこっち!」
「は、はいっ」
三十分ほど、子供の無限の体力に振り回されることとなったのだが、その様子はこの場に訪れていた各国の要人たちから微笑ましい光景に映り、どこへ行くにも特にとがめられることはなかった。何しろその愛らしさで有名な一国の王女だ。会議場となっているホテルのスタッフルームでも無い限り、どこへ行くのも顔パス。オマケについている幹隆に耳と尻尾があるのもポイントが高かったようだ。
「ここで偉い人たちが会議していますからね、お静かに」
「はい」
会議の様子を見たいという王女を抱き上げてそっとドアを開けて二階席に入る。
議題がなんなのか知らないが、オッサン共が難しそうな顔をしてそれぞれの言いたいことを言い合っているのが見える。幹隆にとってはつまらないのだが、シルビアは何が楽しいのか真剣な眼差しでそちらを見ている。王族の血という奴なのだろうかね?
「ん?お姉ちゃん、あの人、なんだかおかしいよ」
「え?」
シルビアの指さす先では通訳だの書記だのと言ったスタッフが忙しく動いているのだが……ん?確かになんだかおかしい?
「八木さん」
「どうした?今どこだ?」
「シルビア王女と会議場です。おかしな男が」
「どの辺りだ?」
「正面扉から五メートルほど、向かってやや右側。黒いスーツの男です」
「確認する……何がどうおかしい?」
「こういう場ってネクタイしてないのはおかしいのでは?」
幹隆が問いかけた瞬間、銃声が響いた。
「シルビア、しっかり掴まっていて!」
「うん!」
王女の相手をしているようにと言われていても、幹隆の本来の職務は日本の要人警護であり、銃声が聞こえたならそちらへ向かわなければならない。シルビアを抱き上げ、怪しい動きをしていた男から見えるマズルフラッシュに背を向けるように飛び降りて、自らの体を盾にしてシルビアを護りながら、テーブルの影に隠れた首相の下へ駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「何とか……って、なんでシルビア王女がここに?」
「話せば長くなりますが、今ここで聞きたいですか?」
「……後でいい」
「こちらへ」
幸い、銃弾は幹隆を貫通出来るような威力では無く――と言うよりも幹隆に傷をつけられる武器も兵器も今のところ見当たらないが――そのまま他のSPと合流し、首相を逃がす。
「ママ!」
「シルビア!」
「少し怯えていますが、怪我はありません」
「ありがとう」
「いえ。それでは」
銃声の数が増えていると言うことは人数が増えていると言うこと。無線で八木が「とりあえずぶん殴ってこい」と怒鳴っているのでそちらに向かう。
「お姉ちゃん!」
「大丈夫。悪い奴は全部やっつけてきます」
「うん!」
会議場に戻ると、ひどい状態の一言。逃げ出す機会を逃した各国の首脳がテーブルの影で銃声が止むのを待っている状態で、警備の者達が銃で応戦しているが、どうやって持ち込んだのか予備マガジンたっぷりの機関銃相手に拳銃でどうなる物でも無く、倒れている者がチラホラ見える。死んでないことを祈りつつ、狐火の癒やしをばら撒きながら走る。
パキ、と耳につけていたイヤホンが吹き飛んだ。
「またかよ……八木さん、イヤホン壊れました。とりあえず問題ないので全員しばき倒します」
こっちの声は聞こえているはずなので、そのまま飛び出す。ペチペチと銃弾が当たるが、精々スーツに穴が開く程度。大丈夫、予備はたくさん持ってきている。
襲撃者たちはそれなりに訓練を積んでいたようで、大人しく捕まってくれなかった。
そう、これは仕方ないのだ。
「うん……全員の両手足を丁寧に、か」
「完全無力化を目指した結果です。抵抗している相手の関節を外すってなかなか難しくて……ポキッと折れちゃいました、全部」
「まあいい。行くぞ」
手加減が下手なのは相変わらずだが、両手足の関節が二つか三つ増えている状態では、どんな厳しい訓練を受けた者でもまともに動くことなど出来るわけが無い。あとは現地スタッフに任せて数名の同僚と合流し、日本の要人の現在状況を確認し合う。
現地スタッフに丸投げする話をするときに、何をどうしたらこう言うことが出来るのかという質問が集中して遠山課長の胃に穴が開いたとしても、幹隆の仕事の範疇では無い。それは医者の仕事だ。
「これからどこへ?」
「会議どころじゃ無いからな。ここを出てホテルへ戻る。車の方へ行っていてくれ」
「はい」
車の方へ向かおうとした先で、またシルビアたちと会ってしまうのはどう言う運命なんだろうか?
「お姉ちゃんすごい!」
「あ、あはははは……全部やっつけるって約束しましたし」
「カッコいい!」
笑顔で抱きつかれたらどうにもならないんですがこれは。
「村田、先に行ってる」
同僚たちがヤレヤレという表情で見ている……逆に聞くけど、君たち、これを無碍に出来るかい?
「はい。すぐに追いつきま「村田!緊急事態だ!」
「はい?」
交換したイヤホンから八木の声。これ絶対面倒な奴。
「はい、はい……へ?」
「今から逃げても時間的には間に合わん……これに対応出来そうなのはお前くらいしかいない」
「わかりました」
シルビアを王子夫妻に抱き渡して告げる。
「すぐにこの場を離れてください」
「?」
「出来るだけのことはしますけどね」
「……わかりました」
詳細は言わずとも空気を読んでくれて助かりますと一礼してすぐに踵を返し、ホテルの外へ向けて走り出すと、先行しようとしていた仲間たちが同じ無線を聞いていたため、待っていた。
「ミサイルってマジか?」
「八木さんが嘘つく理由が無いけどな……行ってくる」
会場になっているホテルへミサイルが接近中。ホテルを吹き飛ばすまであと五分を切ったらしい。
襲撃の騒動でごった返しているロビーをどうにか駆け抜け外へ出ると、方角を確認。
「あっちからくる……この辺だな!」
ミサイルの方角から命中ポイントを予測すると、ダダダッと外壁を駆け上がっていきそのまま屋上へ。
「八木さん!」
「どうした?」
「ホテルの手すり、邪魔なので壊します」
「え?ちょ!おまっ!」
バキバキッと飛び出すのに邪魔になりそうな位置の手すりを破壊すると、助走をつけるべく反対側へ。
「狐火用意……ミサイル……見えた!」
とりあえず何とかなるだろうと、屋上を全力で駆け抜け、端を踏み切ってジャンプ。
「狐火の浮遊!」
落下を遅くしつつ、風を受けながら方向調整。
「距離ヨシ!狐火の収納!」
「早く出せ!」
「現在作業中です。落ち着いてください」
テロ発生と同時に会場となっているホテルを離れ、安全確保のため偶然近くにいた自国のフリゲート艦に飛び乗って緊急帰国という声明を発表。国際世論的には色々言われるだろうが織り込み済み。それよりもあの会場に集まっていた連中が表舞台から消えることの方が重要。言い逃れはなんとでも出来る。
「ええい!さっさと動かせ!」
「艦回頭中です。今進めても陸に向かうだけです」
「ぐぬぬ……」
「落ち着いてください。我々の勝利は確実です」
艦長を始めとする面々がアレコレと世話を焼く。作戦は完璧なはずだが、少しでも離れたいと、気がはやる。
「ミサイルの状況は?」
「既にレーダーからは消えていますので、命中しているはずです」
「テレビをつけろ。ニュースでやっているだろ」
「はっ」
近くのモニターにニュース映像が映し出され、会場で銃を乱射したテロが発生した事を告げている。
『なお、犯人は既に全員取り押さえられており……』
「「「え?」」」
レポーターが「まだ確実な情報ではないのですが」と前置きしながら、二十余名の襲撃犯が全て取り押さえられたことと、怪我人多数だが、死者はいない模様と言うことを伝えている。
「死者ゼロ?」
「そんな馬鹿な!」
「ちょっと待て!なんでホテルが無事なんだ?」
レーダーの追跡記録によれば、間違いなく五分ほど前にホテルの近くまで進んでおり、すぐ近くで消失。当たり前だが、爆発したらレーダーから消えるからおかしな事では無いが、何故ホテルは無傷なのだろうか?
「回頭よし。全速前進します」
「お、おう……急げ!」
おかしい。武装テロによる襲撃と直後のミサイル攻撃という二重の策を講じたのに被害が小さすぎる。胸騒ぎがするが、今は国へ戻るのが最優先だと、気持ちを切り替えようとしたところに緊急を知らせる声が響いた。
「左舷後方より、高速で何かが接近中!」
「何か?馬鹿かお前は!キチンと特定しろ!どこの艦だ?」
「それが……小さすぎて、軍用艦ではありません」
「モーターボートか?」
「いえ……今目視に行かせています」
と、そこへ目視に行った者からの報告が入った。
「人です!人が海上を走って接近中!」
「「「はあ?」」」
「ミサイル先端のマークは確認したんだな?」
「ええ。予想通りの国でした」
幹隆の報告に八木がやれやれと頭を振る。
「そうか。まあ被害ゼロなら十分だ」
「八木さん」
「なんだ?」
「アメリカに行ったときのも含めて、ミサイルっぽいのが二つもあるんですが、持ち歩いてていいんですかね?」
「長期保管は?」
「実はあまり試したことが無くてというか……突然ポロッと出ちゃうんじゃ無いかなーなんて」
「捨ててこい……いや待て」
「はい」
「返却してこい。もう一発は利子だ」
「わかりました」
そんなわけで、発射地点を特定してもらい、そこから全速で逃げようとしている軍艦を発見、追跡中だ。
「八木さん、映像送りました」
「了解。すぐに確認する。確認出来るまでは我慢しろよ?」
「はい」
返却先を間違えたら大変だからなと、距離だけは維持するようにしていたのだが、
「八木さん!」
「なんだ?」
「めっちゃ警戒されてます!」
「そりゃ、海を走ってる人間を警戒しない奴はいないだろ?」
「そうじゃなくて!撃ってきてます!」
「もう少し待て」
「ペチペチ当たって痛いんですよ!海の上って避けにくくて!」
「知るか!」
足を動かし続けないと沈んでしまうために、動きはほぼ一直線。電子制御された機銃の良い的になってしまっていて、結構な率で命中していて痛いと苦情を言っているのだが、痛いという程度で済んでいるなら大丈夫だろうと、双方の認識が一致しない。
むしろ焦っているのは撃っている方である。
「なんで平気なんだ?!」
「おい!練習用の空砲じゃないだろうな!」
「実弾です!間違いありません!」
「……とにかく速度を上げろ!逃げるんだ!」
「現在、ほぼ全速力!これ以上はエンジンが持ちません!」
「知るか!あれに追いつかれたらエンジンどころでは済まんぞ!」
「村田、確認が取れた。お前が追いかけている艦から発射されたミサイルだ」
「了解、返却してきます!」
少しだけ速度を上げると艦の方へ近づいていく。そして真横をしばらく併走し、大きく飛び上がって甲板へ。そして収納から拡声器を取り出して用件を伝える。
「これ、お返ししますね」
「某国の軍艦が謎の爆発、沈没か」
「死傷者の発表は無し、と」
「ま、あの国はそう言うのを出さないでしょうな」
「下手なことを発表出来ないでしょうしね」
某国がその後どうなるかはわからないが、首脳会議はもちろん中断。襲撃犯の取り調べの様子がわからないし、追加攻撃が来ても困るので、各国の首脳は次々と帰国。もちろん日本とて例外では無い。つまり、お別れの時間というわけだ。
「シルビア、お元気で」
「またね」
次に会うときもなんかありそうだなと口にしかけ、慌てて止めた。フラグ、立ってないよな?
帰国してそのまま警視庁へ向かい、諸々の会議の後ようやく自分の席へ。少し手続きの書類を出したら帰宅出来る。
「これは?」
「某国の記事の英語版」
「えーと……」
日本にはカー○イが本当にいるの!なんでも吸い込んじゃうのよ!
「課長!」
「外務省にクレーム入れに行ってるぞ」




