王女殿下の狐
二十一世紀となった現在でも世界には王室があり、国王が存在する国がいくつもある。近年では明確に政治的な権力を有していない王も増えている一方、長い歴史や国民感情などの理由により運営され、外交の場に於いては時に華を添え、国家間の穏やかな関係を築く上で重要な役割を果たしていることも多い。
S国の国王も政治的な権力は無いものの、国民の支持は厚く、長い紛争の歴史を歩んできた国家をまとめ上げた人物として内外に知られている。そんな国の王子夫妻が来日し、親交の深い天皇皇后両陛下を訪問するのは実に十年ぶりであり、ささやかではあるがギスギスしたニュースの多い昨今では珍しく、ほのぼのとした報道がされていた。特に夫妻が連れてきた五歳になる娘のシルビア王女はまるでお人形さんのような愛らしさを振りまいており、あっという間にお茶の間のお姫様として、話題を集めていた。
海外からの要人の警護は求められない限り先方の用意する護衛に任せ、警戒ポイントの共有や、日本国固有の事情への対応などで協力をするのが通常である。今回の訪問も護衛を連れての来日となっているため、幹隆の出番は無いかと思われていたが、S国内で不穏な動きがあるという情報が飛び込んできたため、幹隆は念のためのバックアップとして、いつものように外務省の一人のような位置が指示されていた。
ハズだった。
「すごーい、ふわふわ~」
と言っているんですよと通訳の米倉さんが教えてくれるのだが、まあ、何となくの雰囲気ではわかる。
「あははっ面白い~」
米倉さんが丁寧にそう伝えてくるのだが、まあ、うん……
王子一家が空港に到着し、通路を歩いているところで警戒のために立っていたらコートの下に隠しておいたはずの尻尾をシルビアに見つかった。
「このお姉さん、尻尾があるよ!」
大人の目線からは見えなくとも、子供の目線からは見えたのだ。
そして、強面の男たちの護衛を怖がるシルビアのために急遽抜擢された結果、耳を引っ張られ、尻尾をワシャワシャされ、というお子様向けおもちゃ状態になってしまった。
所詮五歳の女の子の力では幹隆の尻尾を引っ張ったところでどうと言うことも無いのだが居心地が大変悪い。だが、このお姫様の笑顔には幹隆もすっかりやられているので無理矢理引き剥がすことも出来ない。
「ね、ね、こっち、こっち来て~」
いきなり幹隆の手を引っ張って走り出すので、されるがままに着いてくる。米倉さんも慌てて後を追いながら通訳してくれるが、あなたも大変ですねと苦笑する。
王室で生まれた子供となれば、早いうちから礼儀作法を学ばせるのかと思っていたが、S国ではそうでは無いらしく、普通の五歳児並みにアレコレ興味を示し、幹隆を引っ張り回す。なまじ王子夫妻から「このお姉さんとならどこに行ってもいいわよ」とお墨付きが出てしまっているだけに始末が悪い。
「ほら!見て!あれ!すごいねぇ」
「そ、そうですね」
通訳を介しながら子供の相手って……疲れる。
その日のスケジュールはどうにか恙無く終わり、滞在するホテルへ到着。
「うええええええん!やだやだぁ!」
さすがにホテルには宿泊しないと知ったシルビアが大泣きしたのを「明日も朝早くからここに来ますから」となんとか宥めたが……自分で明日の仕事を決めてしまった。
「頑張れよ」
「はい……」
今回この件については、幹隆の言葉通りのシフトになることが決定した。
「はい、はい……ええ、これから戻ります」
八木が本部へ連絡を取りながらホテルのロビーを歩いて行く。
今日の行事は終わったが、この後、全体ミーティングの後、明日の体制について確認。通常は何事もなく終わるのだが、今回は護衛対象に幹隆が懐かれてしまったため、体制見直しが必要になる。
「よし、引き上げるぞ」
電話を終えた八木の声を合図に順に車に乗り込んでいく。
が、幹隆の耳がその音を捉えていた。
「ん?」
「村田、どうした?」
「いえ、何か今……」
ホテル前の駐車場から王子一家が宿泊している最上階スイートを見上げるが何もなく。気のせいかと、頭を振り、車に乗り込む。そして走り出そうとしたその時、車の無線が非常事態を告げてきた。
「緊急事態!襲撃を受けてシルビア王女が攫われた!夫妻は重傷!至急応援求む!」
無線が切れるとほぼ同時に地下駐車場から一台の車が猛スピードで走り去っていった。用意周到で手際の良い連中のようだ。
「村田!」
「はい!」
「……上、治療を頼む。そのあと……追え!」
八木に手渡されたそれを握り、上を見上げる。
「行きます!」
ドン!と最上階へ向けてジャンプする。下で「補修工事、何回目だ?」という八木のぼやきが……あーあ-、聞こえない。
ガチャン!と窓をぶち抜いて室内に入ると、王子夫妻他数名が倒れて血の海。どうにか動ける護衛が周囲を警戒しており、当然ながらいきなり入ってきた幹隆に銃を向ける。
「SPの村田です。治療しますので、下がって」
昼間ずっとシルビアの相手をしていた人物だと気づいて銃を下ろしてもらえたが、何を言っているのか理解できていないように見える。英語はちゃんと通じるはずだがどうしてだろう?アレか、日本の「察する文化」が外国では通用しないとかそう言うヤツか。
「狐火の癒やし!」
負傷者たちのひどく荒かったり、か細かったりした呼吸が落ち着いたことを確認すると、振り返ってぶち抜いた窓まで歩く。
「シルビア王女を追います……では」
八木に渡されたゴーグルを着けてスイッチを入れる。シルビアの服には発信器が付けられており、その信号を受信して表示するのだが、五百メートルほどしか届かないらしく、表示されない。
だが……
「逃がすか!……狐火の探知!」
狐火の探知は個人を特定して探し出すことはできない。だから、シルビアや彼女を攫った相手を探すこともできない。
だが、夜の東京を制限速度も信号も関係なく猛スピードで移動している反応を探すくらいは容易い。
「いた!」
ダンッとそちらへ向けて跳躍する。
とりあえずの着地点は近くの河に架かった橋。
「八木さん、橋の修繕も手配を!」
「……了解」
狐火の浮遊を使えば地面へのダメージは抑えられるが、速度が落ちる。今は速度が最優先。状況が状況なんだから不満げな返事をしないで欲しい。
周囲に人がいない地点を狙って着地するや否や、一直線に駆け出す。
「追跡開始します!現在位置は……」
幹隆からの通信を受け、警視庁本部内でGPSの示す位置に合わせるように緊急配備が手配される。
だが……
「これ、誰が追ってるんですか?」
「ん?」
「そこそこの交通量のある時間に時速百五十キロくらいで移動してるんですけど……」
「渋滞してても人は通れるだろ」
「意味がわかりませんが」
「理解するな、手を動かせ」
徐々に警視庁内にも不思議現象への対応マニュアルが浸透してきているようである。
ピピッとゴーグルから音が聞こえ、微かな点が表示された。
「発信器の信号確認。車両特定、ナンバーは……」
伝えている間に追いついてしまう。位置はトランク内部だ。
セダンタイプのお高い外車。トランクはしっかり閉じられ施錠もされているが……
「よっと」
バキッと手を突っ込んでそのまま開く。
風圧で閉じられそうになるのさえ気をつければ何の問題も無い。
「米倉さん!」
「はいっ」
手足を縛られ頭に袋を被せられたシルビアにそっと顔を寄せ、米倉から言われたとおりに発音する。
『助けに来ましたよ、シルビア。もう大丈夫です』
ピクッと反応しムームーという声が聞こえる。どうやら口も塞がれているようだが、とにかくここから出そう。
ひょいと抱き上げて、ダン!と車自体を蹴り上げてジャンプしながら距離を取る。
車のクラッシュ音?民間人の車にはぶつけてないし、歩行者もいないことを確認していたから大丈夫です。
「シルビア確保!応援を要請!」
あとはシルビアのフォロー。
『恐かったですね。もう大丈夫です』
フワリと着地し、米倉の通訳をゆっくり発音しながらそっと頭に被せられた袋を取ると、目に涙をたっぷりためたシルビアがひしとすがりついてきた。
目立った外傷はないが、念のために癒やしをかける。多少ではあるが、精神安定効果もあるようなので。
「@#$%&!」
ひっくり返った車から男たちがはいだしてきた。かなりの衝撃だったろうに元気なことだ。全員がホテルスタッフの服装をしていることから、今回の襲撃誘拐が手慣れた連中により周到に準備されたことは容易に想像出来る。
そして、幹隆に抱えられたシルビアが声のする方を見て、恐怖で顔を引きつらせた。
全員がゴツい感じの自動小銃をこちらに向けている。
「#$%!」
一斉にこちらに向けてトリガーを引いた。素早く振り返り、シルビアを射線から隠す。
日本の東京の夜には不似合いな銃声が辺りに響き渡り、シルビアにも着弾の衝撃が伝わる。
『大丈夫です。必ず、護ります』
鳴り響く銃声に怯えるシルビアをしっかりと抱きかかえ、笑顔を見せながら呟く。
時折後頭部に当たる銃弾がチクチクする。全く何発撃ち込むつもりなんだ。せっかく先週美容院で整えたばかりだというのに。
やがて撃ち尽くしたのか、銃声が止んだ。
「@※+¥&%?」
何て言ってるのか全然わからない。多分大丈夫?とか怪我してない?とかそう言うことを言ってると思うけど、イヤホンが壊れたから通訳もお願いできない。
『大丈夫です』
かろうじて覚えたその一言を告げながら、軽く微笑みかけると、ホッとしたような目になるので、どうやら心配している言葉で正解だったようだ。そっと手足の拘束を解き、口に噛ませた布も取ってやると再びひし、と抱きついてきた。
「@@#$%&!!」
「後ろは元気だなぁ……」
シルビアをそっと下ろして立たせてから立ち上がる。
不安げに見つめてくるその頭を軽く撫でて『大丈夫です』と伝えると四人の男たちに向き直る。
全員、示し合わせたかのように馬鹿でかいナイフを手にこちらへ走ってきていた。
『必ず、護ります!』
他に言葉がわからないので、そう叫んで一気に間合いを詰める。
後ろでシルビアが何か叫んでいるが、何て言ってるかわからないと言うか、だいたい想像が付くのだがどうしようもないのでそのままに。
目一杯手加減はしたが、手足の骨を数本折ってやったし、両手の指も丁寧に折ってやったので無力化できたと確信。シルビアに笑顔を見せたところで、ようやく周囲にパトカーが到着。
制服警官がイマイチ状況把握できないようなので、「こいつら四人を逮捕!」と示してから飛びついてきたシルビアを抱き上げる。
「あ、マイクの方も壊れてるか」
マイクそのものというか、無線機本体が粉々になっていた。
「ま、仕方ない」
やがてSPの車が到着し、八木たちの後ろから王子夫妻が走ってきた。
シルビアにそちらを見るよう促し、下ろしてやると歓声を上げながら走って行った。
「お疲れさん」
「何とか間に合いました」
「ああ。ところで」
「何でしょうか」
「良い報せと悪い報せがあるんだが、どちらから聞きたい?」
「何となく予想が付くので悪い報せから」
「後ろ、全開だな」
あわてた女性SPが駆けてきてコートを掛けてくれたが、撃たれまくったせいで半ケツまでさらしかねない姿であった。尻尾で隠してなかったらただの痴女の誕生だ。
「良い報せというのは?」
「どうせこうなるだろうから、先週の内に十着申請しておいた。車に二着乗せてあるから着替えてこい」
「ありがとうございます」
礼を言って車に行こうとしたら呼び止められた。
「本当に何ともないか?」
「ええ。あ、そう言えば一つだけ」
「何だ?」
「無線機、防弾にできません?」
「普通は無線機を撃たれたら重傷か死んでるんだがな」
その後の日程は順調に消化されていった。
終始幹隆はシルビアに抱きつかれ、まとわりつかれていたため、せっかく新しくしたスーツもシワだらけになってしまったが、笑い話で済むレベル。
「本当に色々と良くしていただいて、ありがとうございました」
最終日、空港での見送りで王子夫妻が相手国のSPの一人にわざわざ礼を言うなんて事は通常ならあり得ない。
「……お姉ちゃん……」
母親に抱きつき、少しだけ視線をこちらに向けながら寂しそうな表情を見せるとか、反則過ぎる。
「米倉さん……あの……」
通訳越しでなく、直接伝えよう。
『またいつか、日本に来てください。待っています』
翌朝、いつも通りの時間に出勤し、机の上に置かれたコピーを見る。
「これは?」
「S国の記事の英語版。今から外務省にクレーム入れてくる」
「えーと……」
日本にはポ○モンが本当にいるの!私を護ってくれたのよ!
「わー、日本って凄い国なんですねー(棒読み)」
「観光客が増えそうだな」
ネタ切れ。
完結にはしません。
新しいネタが出来たら書き足す感じで




