ドラレコを見れば相手の過失が十割でしょう
連絡を受けた沿岸警備隊が到着するまで二十分ほどかかったが、無事に大臣は救出され、テロリスト五人も捕縛された。
「八木さん、一つ問題が」
「何だ」
「替えのスーツを持ってきていません」
「それ、何て答えたらいいんだろうな」
八木は幹隆の大臣救出成功を一ミリも疑っていなかったが、海上に落ちたのはさすがに焦った。距離的に凶暴なサメが出てもおかしくない場所だと誰かが叫んだからだ。だが同時に、上下二つに分かれたサメがプカプカ浮いている絵しか思い浮かばなかった。ずいぶん毒されたものだと苦笑しながら沿岸警備隊の港に着き、ひどい格好をなんとかしてから空港へ向かうこととなった。
「で、その格好か」
「自由の国のくせに選択の自由が無いっておかしいですよね」
幹隆の姿を見た沿岸警備隊の女性職員たちが、大興奮して近くの店へなだれ込み、いい感じにコーディネートされた結果……
「そう言うの、日本発祥らしいな」
「日本人って罪深いですね」
ゴスロリ風男子バージョン。幹隆がスカートを断固拒否したため下は半ズボンに黒のハイソックスという、いろいろな層を狙い撃ちしたような姿になっていた。
「SPに見えん」
「言わないでください」
「そうだな。そもそも普段からそうだった」
軽口を叩いたあとは仕事モード。
「空港まで、油断するなよ」
「はい」
日本の外相の訪米という絶好の機会に二度も失敗。捕まった仲間が情報を漏らすのも時間の問題と考えると、もうあとがない。残った二人は最後の手段として、逃走用に用意していた車に乗り込んだ。逃走用だけあって、かなりの性能に改造したこれで、玉砕攻撃をかけようと。
大臣が車に乗り込み、前後を護衛車両で固めて沿岸警備隊の施設をあとにする。幹隆は念のためにと大臣の車の助手席に座っているのだが、その服装のせいで完全に浮いている。しかし、連続して襲撃、誘拐されたことで大臣が是非にと頼み込んできた以上、仕方ない。なお、ハンドルは八木が握り、何かあったらすぐに幹隆に指示を出せるようにしている。
ゆっくりと前の車に続いて道路に出たところで、反対車線からいい感じに速度を上げたピックアップトラックが向かってきていた。
「どう見てもアレだな……村田、頼む」
「はい!」
明らかに車列を狙ってハンドルを切ってきた車に対し、即座に前の車からSP――地元警察の精鋭たちだ――が出てきて銃を撃ちまくっている。
「ハッ無駄なことだ」
ポリカーボネートコーティングを中心とした防弾仕様に、魔改造による異常な出力のエンジン。止められるものなら止めてみろと男はさらにアクセルを踏み込んだ。コイツで車ごと踏み潰してやる、と。
その正面に、妙にヒラヒラしたものがたくさん付いた服装の女性が突然現れたが気にすることもなく。
気にするべきだったと後悔した。
「念のために……っと」
右足をダン!と踏みつけて足首まで地面に埋めて支えとし、そのまま体全体で車を受け止める。
ガシャンとかバキッとか人間に車が衝突したときには聞きたくない音が響き渡り、ぶつかった車が跳ね上がりそうになるのを片手でボンネットを支えて押さえ込む。
一応、安全装備はきちんと稼働したらしく運転席と助手席にエアバッグが広がっているため、乗っていた二人の様子は見えないが……
「驚いてるだろうなぁ……」
数度、バウンドして止まったところにSPが殺到するもドアが開かず、色々叫んでいる。
早口で幹隆は聞き取れないが、多分ドアを開けろとか出てこいとか言っているんだろう。
「八木さん、どうします?」
「サクッと片付けよう。引きずり出せ」
「はい」
八木が他のSPに周囲を固めるよう指示し、地元警察の者に話をしようとしているのを横目に運転席の横へ。
「開けます」
宣言してからドアを外し、シートベルトを「てい」と手刀で切って引きずり出す。
回りのむさ苦しい連中がポカンと口を開けているのを尻目に助手席側へ向かい、引きずり出してパンパンと手を叩き、「逮捕しろ!」と叫んだらようやく我に返って手錠を取り出してくれた。
「凶悪犯を前に思考停止とか、やめて欲しいですね」
「俺たちは慣れてるが、こいつらは初見だから大目に見てやれ」
「もしかして」
「ん?」
「実は俺、恵まれた環境にいるんですね」
この少しズレた認識はどうすれば改まるのだろうかと考えようとして、やめた。別にこのままでも問題はないし、困ったら全部課長に丸投げすればいい。俺が課長になったとき?そのときは部長に丸投げ。給料が高いというのはそう言うときに責任を取るためなんだからしっかり仕事をしてもらえばいい。
何、今のところコイツの能力で困ったことと言えば、海上を走り回ったときに海上保安庁からクレームが来た程度。任務に支障がないのなら問題なしだ。
……思考放棄とか思考停止とも言う。
なお、帰国後、木下大臣が「俺の専属の護衛にしてくれ!」と騒いだのを法務大臣が「彼はみんなの護衛ですから」と窘めるのに苦労したらしいが、SPたちは「そう言うのは苦労と言わない」とカケラも同情しなかったことを書き添えておく。
また、一連の事件(?)の顛末はかなり秘匿されたもののテロリストたちは自分たちの送り込んだ精鋭が事とごく失敗したことを当然把握しており、共通の認識を持った。
「日本、やべえ」
と。




