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最後までよろしくお願いします。
多くの会社が所在している駅に到着すると、見覚えのある顔も、人の波に乗り去って行った。やはりこの辺りの会社に勤務している、普通のサラリーマンだったのか?
スパイ活動をしているアジア系外国人なんて、服装を見ればだいたい分かるものだ。地味で目立たない格好に、髪型は一九分け。表情もなく風のようにスーっと流れるような動き、こういうのがスパイに選ばれるような奴だ。おしゃれで派手な奴は目立つから、絶対にスパイには選ばれない。
そう思っている俊介の横を、グレーのスーツに野球帽を被った、初老の小柄な親爺が人の波と一緒に乗り込んできた。
朝から野球帽を被っているこの親爺はどうかと思い、俊介は背の高さを利用して、相手の目線に入らぬよう、死角からこっそり観察してやろうと思った。
この親爺の顔は皺皺で目がギョロリとして、ロード・オブ・ザリングに出てくる調子者のスメアゴルのような容姿をしている。ネコのように軽い身のこなしで、人と人の間をスルリと抜けて、計画的に移動しているようだ。何か中国のカンフー映画にでも出てきそうな雰囲気にも見える。まさか特別な訓練を受けたスパイでは?
俊介はこの不思議な動きをする親爺に気づかれないように、様子を窺った。
スメアゴル親爺は顔を動かさずに目だけで、周りを窺っているようだった。あの目の動かし方はどう見ても普通ではない。怪しいと思ったが、今の俊介も親爺と同じような目の動きをしている事に気づき、自分でハッとした。
もしやこの動きを窺っているやつがいたら、俺が不振人物だと思うかもしれない。そして更にまた別な奴が、同じ目の動かし方をしている奴を見ていたとしたら、そいつが不振人物だと疑われ...こうして無限ループのように不審者を疑う目が広がり、ついには不審者が不審者でなくなる。
俊介が変な想像している間に親爺は次の行動に出ようとしていた。
スメアゴル親爺は、会社役員風の五十代後半くらいに見える男性の背後に回り、ピッタリと収まった。
俊介は相手の視界だと思う位置に体を移動させ、じっと見ていた。
スメアゴル親爺は携帯のような物をバックから取り出すと、何かを探っていた。素知らぬ顔しながら、前にいる役員風の男の何かを探っているように見えた。
親爺の手元で一瞬何かが光った。俊介は見たのだった。赤い光が財布の中にあるカード情報をスキャンニングしている瞬間を見てしまったのだ。
本当に個人情報を盗んでいる奴を発見してしまった。俊介はこの偶然に息を飲んだ。このまま逃がすわけにはいかない。冷たい汗が湧いてくるのがわかったが、ドアが開くその前にと、スメアゴル親爺の手をギュっと掴んだ。
スメアゴル親爺は皺の中にある目を大きく見開いて、俊介を見た。そして何か日本語ではない言葉を発していた。おそらく「何をするんだ」とかそんな意味の言葉だ。
直後に「○■△4%&.....」と韓国語らしい言葉で何か言っていたが、意味がわからなかった。
脇にいた女性がすぐに気づき、何か言い返えしていた。彼女は韓国語ができるらしく、スメアゴル親爺の発した言葉の意味が分かる様子だった。
被害にあっていた会社役員風の男は、最初自分が何をされていたのか気づいていない様子だった。暢気な顔して振り返って見ていた。
俊介がスメアゴル親爺の手を摘みなが「この男があなたの後ろポケットに差してある財布から、カード情報をスキャンしようとしていましたよ」言うと、会社役員風の男は「えっ!」という顔して、「これポイントカード入れとして使っているので、現金やカードはないので、あまり気にかけていなかった」
財布を後ろポケットに入れたまま満員電車に乗ればどんな事が起きるか、小学生でも分かるような事を、よくもやってくれるよと、俊介は呆れたくなった。
ポイントカードだってりっぱな個人情報になるというのに、全く脳天気な会社員だと思った。
俊介と犯人の周りには取り囲むように、周りの乗客達の目があった。
電車が次の駅に到着すると、俊介はスメアゴル親爺を駅員に引き渡し、目撃した情報を一部始終説明した。
おかけで出社時刻を大幅に遅れてしまった。
スメアゴル親爺は、最近このあたりで頻繁に起る、窃盗に関係する人物ではないかとの事で、厳重に取り調べられることになった。
外国人による窃盗団の一味が逮捕されるのはよいが、いつもよりちょっと目を光らせただけで、こんな者にブチ当たってしまうことの方がショックだった。
それほど日本も治安が悪くなってきたということなのだ。俊介は複雑な思いになった。
続く