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九十九番目の夢(99th Dream)  作者: 毛利秋王
第一章【生まれながらの罪人】
5/99

5th Dream








再び町村クリニックへ行ったのは初診から四日後のことだった。その日は途中で雨が降ったため、傘を用意していなかった僕はクリニックの扉を開いた時には、既に服がずぶ濡れの状態になっていた。最も、待合室で待機している他の人達も殆ど皆衣類が濡れており、一人の若い女性は機嫌が悪そうに、一人ブツブツと文句を垂れながら手にしたハンドタオルで身体を拭いている。スマートフォンの天気予報でも“晴れ時々曇り、降水確率10%”と表示されていたので、それを信じた他の人達も僕と同じ目に合わされたのだろう。これだけ文明が発達し、世界中の誰とでも繋がれる世の中になったというのに、相変わらず天気予報は外れることもある。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』の未来世界のような確実性はいつ実現するのだろうか? 眉間に皺を寄せながら濡れた身体を拭く女性を視界の隅で追いながら、僕はそんなことを考えていた。


千野(せんの)さん、千野未来(せんのみらい)さん、“一番”へどうぞー」

受付の女性に言われ、僕はソファから立ち上がった。前回と違い、この日は中年の小太りの女性が受付にいた。彼女の声は平たく淡々としてはいるが、冷たいわけでもなかった。ただ黙々と、確実に業務をこなしているだけだ。業種は違えど、僕が働いているパン工場と似たようなものなのかな、そんなことがふと頭を過ぎった。


“一番”というのは、普段はこの町村クリニックでは町村先生の他にもう一人先生がいて、それぞれが患者を受け持っている。もう一人は30歳前後のまだ若い男の先生で、名字が同じ“町村”となっている。多分だが、町村先生の息子なのだろう。


「こんにちは。千野さん、あれからどうですか? 何か、変わったことはありましたか?」

落ち着いた、厳かな口調で町村先生は僕に聞いた。その柔らかい表情と言葉に安堵する自分がいるのが分かる。先生に感化されたのか、自然と僕も落ち着いた口調でこの四日間の出来事を話し出す。

前回ここへやって来た翌日も仕事中のミスが続き、有給休暇を申請するよう佐々木主任に言われ、この三日間は一人で過ごしている旨を話した。日中は公園や図書館に行き、無難な日々でいる……はずなのに、どうにも心はざわついている。そして、処方した睡眠薬で眠ることはできても、奇妙な夢がリアルに感じられ、目覚めは最悪だということ。そんな話を、僕は感じたままに町村先生に話した。

「なるほど……」

両腕を組み、町村先生は暫く目を閉じて何かを考え込み、そして、ゆっくりと目を開いて僕を見た。

「今まで見た夢の内容を、出来る限り詳細に記録して頂けますか」

「記録……ですか?」

その言葉を復唱する僕に町村先生は頷いた。

「そうです。夢日記をつけることで、千野さんの潜在意識にある問題が分かるかもしれません」

「潜在意識……」僕はポツリと呟いた。

「そう。普段、起きている時に働いているのは顕在意識ですが、心の底で本当に感じていることは潜在意識の中にあるのです」

「その、潜在意識……が、僕に何かを伝えてるってことなんでしょうか?」

「まだハッキリとは分かりませんが、そういう可能性もあるということです。なので、今まで見た夢をノートに記録して下さい。そして、これから見る夢も記録を続けて下さい。出来る限り詳細に」

「夢を見ても直ぐに忘れる時もあるんですが……」と僕。

「枕元にペンとノートを置いておき、目覚めた瞬間に直ぐ記録できるようにして下さい。それなら書けるでしょう」

「はあ……」

そんなことで何か解決に繋がるのだろうか? 穏やかに話す町村先生を見ながら、僕は疑問に感じていた。


薬局で薬を購入し、重い足取りで外へ出た。あれだけ僕を不意討ちしていた雨が嘘のように止んでいた。まるで、僕達を嘲笑うかのように。

「チッ!」

僕は舌打ちし、夜の街を歩いて帰路についた。





占い師がタロットカードを1枚、また1枚とめくり、向かい合ったテーブル上へ裏返しに置いていく。

『1枚、2枚、3枚……』

目の前で僕は置かれたタロットカードの枚数を数える。


僕から向かって左側のカードから占い師はめくっていき、表に出た絵の説明を始める。しかし、その内容はぼんやりとしていて聞き取れない。


占い師が最後のカードをめくろうと手にかける。

「5枚……」

それを見て、僕は呟く。

占い師はニコリと微笑む。


「そう、…………“5つ目”」

そう言って彼女はカードをめくる。


そこに描かれていたのは、大きな鎌で人々の首をはね飛ばしている死神の姿だった。


広げられた死神のカードに信じられない思いでいる僕。暫くして顔を上げると、占い師の顔は骸骨に変わっていた。彼女は大きな鎌を手にしている。僕はもう一度タロットカードに目をやった。そして、再び眼前にいる本物の死神へと目を移す。


死神は不気味な笑みを浮かべた。そして、その大きな鎌を僕の首めがけ振り下ろした。







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