枯れた花
「はぁ……はぁ…………お、おはよう」
「いや、何しに来たん?」
教室に辿り着くと、謳歌が不思議そうな顔をしながら僕を見てそう言う。
「授業を受けに来たんだよ!」
「今日の授業、5時限目までだよ?」
「だから、あと一時間授業が残ってるだろ!」
「無駄過ぎて草」
謳歌はそう言って、ゲラゲラと爆笑する。
時計を見ると、時刻はすでに昼休みが終わる直前で、みんなは自分の席に着きながら周りの友達と喋っているところだった。
僕は笑い転げている謳歌を無視すると、自分の席に着く。
「おはよう、新輝」
「……おはよう、大河」
すると、すぐさまニヤニヤと笑いながら大河がやって来た。
おい、コイツら僕をイジる事に余念が無さすぎるぞ。
「この時間に学校に来た奴は初めて見たわ」
「僕も初めてこんなに遅刻した」
「俺だったら諦めてサボってるけどな」
「なあ、その言い方だと必死に走って来た僕がまるで馬鹿みたいじゃないか」
「いや、本当に馬鹿だなと思って」
「ばーかっ!」
「おい、誰かアイツを黙らしてくれ」
「きゃーっ、沙希助けてー」
「うん?お〜、よしよし、謳歌。大丈夫か〜?」
「うえーん、沙希ー。新輝がイジメるよー」
「こらっ!新輝!女子をイジメちゃ駄目だろ!」
「いや、今の話の流れ聞いてた?どう考えても、僕の方が侮辱されてたんだけど。あと、カツオの真似上手過ぎな」
「まあね〜。それより、本当は何で遅刻したの?」
「え、本当にただ寝坊しただけだけど?」
「馬鹿だね〜」
「馬鹿だな」
「ばーーーーかっ!」
「やかましいわ!」
その時、チャイムが鳴るとカツオが教室に入ってきた。
「うん、新輝?何故学校にいるんだ?」
「先生。逆に聞きたいんですけど、何故、この学校の人達はみんな遅刻をしても諦めずに学校に来た生徒を見て疑問に思うんですか?」
「そういう台詞は、せめて1時間目の途中くらいにまでは学校に着いている奴が言えるんだ」
「ばーかっ!」
「いい加減にしろぉっ⁉︎」
「いい加減にするのは、お前の方だ!」
遠くからずっと僕を罵倒してくる謳歌に向かってキレると、何故か僕の方がカツオに怒られた。
この世の中は、理不尽過ぎると思う。
「はぁ……新輝《馬鹿》は放って置いて、これから5時間目の授業を始める。日直は号令ー」
「起立ー、礼ー」
カツオがそう言うと、今日の日直の生徒が気怠げに号令をかける。
5時間目はお昼を食べた後という事もあり、だれている生徒も多いので、カツオも居眠りさえしなければ特にうるさくは言わない。
「では、これより歴史の授業を始める。新輝、教科書の37ページを読め」
「ういっす」
遅刻した罰なのか、早速当てられてしまった。しょうがない。
僕は教科書を広げると、日本と海外というページを読む。
「三神が種族を纏め上げ、それぞれが三権の長に立った後、長く続いた暴動のせいで日常生活すら困難だった日本は、諸外国に目をつけられ、いつ戦争が起こってもおかしくはない状態だった。しかし、そこで意外な事に、逃げ出した鬼達が集まって出来た鬼ヶ島が、防波堤のような役割を果たし、海外から日本を守ったのだ」
「よし、もういいぞ。このように内戦が終わった後の疲弊した日本は、いつ海外から攻められてもおかしくない状態だったが、不幸中の幸いにも、そこで長年我が国を苦しめている鬼が役に立った。鬼達は日本に威力偵察に来た海外の戦闘機や戦艦を次々に撃ち落とし、そこから得られる物資で命を繋いでいたんだ」
カツオは黒板に日本と隣の国の絵を描き、その間にある海に鬼ヶ島と書くとそこを丸く囲む。
「この間に、日本は瞬く間にライフラインや軍事施設を整え、世界初の対異犯種族軍警本部を立ち上げた。これによって、日本の異能力犯罪は激減し、日本は再び立ち直したというわけだ。また、海外への牽制という意味も込めて、未だに鬼ヶ島には複数の鬼がいる不可侵領域となったまま放置してはいるが、常に一新された警察が見張っている為、鬼ヶ島から日本に鬼が入って来る事はない」
カツオがそう言って、教科書から顔をあげると……教室の半分以上の生徒はうつらうつらと船を漕いでいた。
カツオは大きくため息を吐くと、その中でも完全に起きる事を諦め、机に突っ伏して寝る体勢に入っている一人の舐め腐った生徒を名指しする。
「人見。起きろ」
「……はいっ!」
すでに夢と現実の狭間だったのか、自分の名前が呼ばれているにも関わらず無反応だった謳歌は、ふと視線を感じたのか、顔を上げてカツオが自分の方を見ている事に気が付くと、ようやく返事をした。
しかし、あんなに眠そうな謳歌も珍しいな。
普段は一応優等生の皮を被っているので、あんまり居眠りとかはしないはずなんだけど。
まあ、今日は天気も良いし、相手がカツオだからという理由もあるのだろうな。
「鬼の特徴を言ってみろ」
「鬼……鬼の特徴ですね。えーっと、確か角が生えてるとかですっけ?」
「それは物語の世界だけだ。いいか、ここはテストにも出すぞ。鬼の特徴、それは身体の何処かに必ず現れる黒いアザだ。だから、日本では鬼と人間を見分けるために身体に刺青を入れる事を法律で禁じている」
カツオはそう言って、黒板に今言った事の要点を書き始める。
謳歌はそれを確認すると、自分の役目は終えたと言わんばかりに再び机に突っ伏してしまった。
それを見てカツオも諦めたのか、このクラスで唯一全く眠そうではない僕の方を見る。
……あ、嫌な予感。
確かに、家で寝過ぎたせいでこの時間でも全然眠くはないが、こんな事になるなら寝たフリでもしておけば良かった。
「新輝、鬼とは何故現れるか知っているか?」
「分かりません」
「素直なのはいいが、せめてもう少し考えてから答えろ……」
あまりにも堂々と情けない事を言う僕を見て、カツオは再度呆れたようにため息を吐く。
「鬼とは、人間が激しく誰かを怨んだ時に現れると言われている。その為、異能が現れ始めた混沌期においては多くの鬼が誕生した。しかし、現代において人間は毎月必ずセラピーを受けられるようになっているし、お悩み相談窓口なんかも24時間やっている。新輝も人間なんだから、セラピー自体は受けた事があるだろ?」
「はあ……、まあ一応」
と言っても、あれにそんな意味があるとも思えないんだよなぁー。
最近何か悩みはありますか?とか、今月一番悲しかった事は何ですか?とか、そんな事を聞かれるだけなので、正直面倒くさいだけだ。
「新輝も何か困った事があったら、すぐに相談しろよ。言いづらい事なら、先生に相談しに来てもいいからな」
「えー……」
「えーっと、高橋新輝マイナス1っと……」
「今!今です!今困った事がありました‼︎そのどこから引かれているのか全く分からない、謎の減点が怖くて仕方ありません‼︎」
「そうか」
「相談内容に対しての返答それだけですか⁉︎」
流石にこれを聞いたら、無味無臭過ぎてセラピストの人もびっくりするだろう。
「よし、お前は大丈夫そうだな。鬼に成っても気合いで戻せそうだ」
「え?鬼って、人に戻ることあるんですか?」
「いや、前例はないな。鬼に成った時点で理性は無くなり、死ぬまで暴れるだけだと聞いた事がある。まあ、新輝は鬼に成っても大した事はないだろ」
「……あれ、もしかして、今僕って馬鹿にされてます?」
「褒めとるんだ、馬鹿」
……今日は何故か、色んな人に馬鹿と言われる日だな。全然納得がいかない。
その時、ちょうど授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。
「おっ、もうこんな時間か。では、この後は休み時間を挟んだら、帰りのホームルームを始める。トイレに行きたい者は先に行っておくように。それでは日直、号令ー」
「起立ー、礼ー」
その掛け声で、眠そうにしていた生徒達は次々に欠伸や伸びをしながら立ち上がる。
はぁ……、やっと終わったか。
最後の方は、僕以外ほとんど起きてなかったな。
そうして、そのまま帰りのホームルームが終わると、特に部活動に入っていない僕と大河は帰るため、いつものように教室を出る。
「どーんっ!」
「うおっ⁉︎」
すると、下駄箱で靴に履き替えようとしたところで、謳歌に後ろから突進された。
「お二人とも、今お帰りですかな?もしよろしければ、私も一緒にまーっぜて♪」
「いや、別にいいけど……、いつも沙希と一緒に帰ってなかったか?」
「沙希ちゃんは、これから新しく出来た年上の彼氏と待ち合わせしてデートなんだよーん。だから、今日は仕方なく寂しい男二人と帰ってあげる!」
「おい、謳歌。俺と新輝を一緒にしないでくれ。俺にはちゃんと彼女がいるんだ」
「あーっ!そういえば、大河って付き合ってたね!てか、長くね⁉︎」
「まあな。もうすぐ半年くらい経つ」
「おーっ、おめでとー!じゃあ、寂しいのは新輝だけかぁー」
「うるせえ、リア充ども!大体、謳歌だって今彼氏いないだろ⁉︎」
「うん」
「でも、謳歌は作ろうと思えばいつでも作れるんじゃないか?結構モテてるだろ」
「まあ、そりゃあ新輝よりはね!」
「くぅ……っ!何でこんな奴がモテるんだ」
「可愛く生まれてしまったからかなぁー」
「自分でそんな事言えちゃう謳歌さん、マジパネェっす」
「今のは知られたら女子達にハブられちゃうから、ここだけの秘密だぞ⭐︎」
「女子こえー」
そんな風に馬鹿みたいな話をしているうちに、電車通学の大河とは駅で別れ、中学が同じでお互いに徒歩で学校まで来ている謳歌と二人きりになる。
「いやー、しかし、今日は笑ったなぁ」
「なんで?」
「だって、カツオに新輝めちゃくちゃ馬鹿にされてたじゃん。鬼に成っても気合いで戻せそうだーっとか」
「確かに、あれは流石に舐めてるよなー……本当に俺が鬼に成ったらどうするんだよ」
「まあ、新輝は鬼に成っても弱そうだし、大丈夫だよ!」
「いや、鬼に成った時点で、僕の身が危ないんですけど?全然大丈夫じゃないんですけど?」
「南無ー」
「今の一言で、僕が鬼に成った時に謳歌がどう対応をするのかが分かったよ」
「失礼な!お線香はあげに行くよ!」
「うるせえ、お前なんか入場拒否だわ!」
「言い過ぎで草」
謳歌はケラケラと笑うと、不意に疲れたようにため息を吐く。
「はぁー……。でも、私も気をつけなきゃ」
「何を?」
「鬼に成らないようにだよ!これでも一応、私も新輝と同じ人間なんですけど?」
「あー、そういえばそうだっけ。でも、何で謳歌が鬼に成るんだ?お前って悩みとかあんの?」
「その言い方は少し引っかかるけど、私は優しいから見逃してやろう。……まあ、女子には色々あるんですよ」
「ふーん。謳歌ほど人生楽しそうにしてる奴なんて、今まで見たことないけどな」
「いやいや、私実はめっちゃ陰キャだからね。家とかでは超ヤバいよ」
僕はその台詞を聞いて驚く。
それじゃあ、まるで僕みたいだなと思ったからだ。
謳歌はそれを見ると、僕が考えている事を察したのかクスリと笑う。
「新輝も中学時代はヤバかったよねー」
「お前は、本当に人の心が読める奴だな」
「まあね。でも、流石に高校に入って新輝に話しかけられた時はびっくりしたなぁ。中学時代の新輝なんて、僕は一人で大丈夫なんで、誰も話しかけないでくださいね。みたいなオーラを周りに向かってガンガン出してたもんね」
「そ、そうだっけ?」
「いや、そうでしょ!でも、顔真っ赤にしながら話しかけられた時は、思わず告白でもされるんじゃないかと思ったよ」
「は、恥ずかしいから、あの時の事は忘れてくれ……」
「いやいや、見てるこっちの方が恥ずかしかったわ!共感性羞恥ってヤツ?でも、頑張って喋ってる新輝は見てて可愛かったよ♪」
「いや、もう、本当に勘弁してください……」
「同級生相手にもどもってた新輝が、今じゃこんなに立派になって……私は嬉しい!」
ニヤニヤとこちらを見ながら笑う謳歌の顔を見ると、初めて謳歌と話した時の事を思い出して顔が熱くなってしまう。
これ、完全にからかわれてますね。
僕の顔は今頃きっと、あの時と同じかそれ以上に赤くなっていることだろう。
「でも、本当に新輝は頑張ったよねー」
「し、しつこいぞ……」
「いや、これはガチのヤツで」
「……だとしても、謳歌のおかげだよ」
「そんな事ないよ」
「……い、いや…………あー、もう!この際だから言うわ!」
僕は立ち止まると、謳歌の目を真っ直ぐ見つめる。謳歌を見て学んだコミュニケーションの基本だ。
謳歌は突然僕が大きな声を出したので、驚いたように固まる。
……こうして改めて見ると、謳歌は本当に美人だと思う。
顔が小さいのに、目は大きくてくりくりしているし、それに鼻も口も、この大きさがきっとベストサイズなんだなと思えるようなくらい整っていて、整形した人のような違和感も一切ない。
……やばい。急に緊張してきた。
「どうしたの?」
「え、あー……あの、えっと……」
「いきなり中学時代に戻ってて草」
「う、うるさい!あーもー!ありがとう!」
「へ?」
謳歌は、本当に何のことか分からないように首を傾げる。
何故、この流れで伝わらないのだ。
「だから、初めて話した時とか、高校に入った時に……その、色々と手助けしてくれただろ?これでも一応、結構感謝してるんだ」
「私はただ、新輝と話してただけだよ?」
「だぁーっ!じゃあ、もうそれでいい!」
僕は耐えきれなくなって、早足でそこから逃げる。
い、言わなきゃ良かった……っ!
これじゃあ、まるで僕一人が盛り上がってるみたいじゃないか!こんなんで、明日からどうやって謳歌と話せばいいんだ!
「ちょっ、待ってって!」
しかし、謳歌は走って僕に追いつくと、腕をぐいっと引っ張ってくる。
「な、何だよ?」
「私は本当に何もしてないよ。新輝が変われたのは、新輝が頑張ったから!」
「そ、そんな事ないだろ……」
僕はただ、謳歌の真似をしていただけだ。
謳歌が積極的に僕に話しかけてくれていなかったら、僕は今でも変われないままでいたに違いない。
「じゃあ、分かった。お礼は受け取るよ。でも、その代わり私も新輝に言いたいことがあるから」
その時点で、僕はもう謳歌と目を合わせられないくらい限界まで恥ずかしいのに、謳歌が僕の腕をがっしりと掴んで離してくれないせいで、逃げる事が出来ない。
「あの時、私に話しかけてくれてありがとう!私も新輝以外に中学が同じ人いなくて、結構緊張してたから助かった!」
「い、いや、でもそれ、僕は何もしてないぞ」
「そんな事ないよ!私は新輝がいたから、中学のままの私でいられたの。もしも、あの時に新輝が話しかけてくれなかったら……今の私は、私じゃなかったかも知れない」
「……え?それって、どういう事?」
「まあ、簡単に言うと、私も新輝に助けられてたって事だよ」
「で、でも、僕はただ謳歌が話しかけてくれたり、みんなの輪に入りやすいようにイジってくれたから、必死にそれについて行ってただけだぞ?」
「新輝……コミュニケーションって、そういうものだよ。一人じゃ成り立たないから、誰かに助けて貰ったり、自分が助けてあげたりするの。でも、いくら助けてあげても、本人に他人と関わる気がなかったら、コミュニケーションは成立しない……だから、今もしも新輝が他人との会話を楽しいって思えているのなら、それは新輝が頑張った結果なの!わかった⁉︎」
「う、うん……」
「よろしい」
そう言って謳歌はパッと手を離すと、今度は謳歌の方がそのままスタスタと先を歩いて行ってしまう。
慌てて謳歌を追うと、僕の先を歩く謳歌の耳は、心なしか赤く染まっているような気がした。
「あー、恥ずかしっ!私ら明日からどんな顔して挨拶すんのさ」
「し、知らない……」
「はぁー……、変な感じになったら、新輝が責任取ってよね」
僕が後ろを歩きながらそう言うと、謳歌はため息を吐きながら歩くスピードを少し落としてくれた。
僕は少し歩く速度を上げて謳歌の横に並ぶと、チラリと横目で謳歌を見る。
すると、やはり僕の見間違いではなく、謳歌の顔は頬から耳にかけて少し赤く染まっていた。
謳歌が照れている所なんて珍しいので思わずじっと見つめていると、じろっと謳歌がこちらを睨んできたので、僕は慌てて目を逸らす。
「……それにしても、てっきり告白されるかと思った」
「はいっ⁉︎」
「いやいや、はいっ⁉︎じゃないよ!完全に途中まではそういう流れだったからね?あれは私でなくても勘違いしてるから」
「そ、そんなわけないだろ!」
「ほーう?」
謳歌はそう言うと、抗議するようにトンッと軽く僕にぶつかってくる。
今そんな事されると、本当に勘違いしそうになるのでやめて頂きたい。
「きみー。こんなに可愛い女の子のどこに、そんな不満があるのかね?」
「ぼ、僕が釣り合わないからに決まってるだろ」
「……はぁ、新輝はもうちょっと、自分に自信を持った方がいいよ。それに釣り合うとか釣り合わないとか、何それ誰が決めてんの?それに、例え私がそんな風に新輝のことを思っていたとしても、そんな人と一緒に帰ろうとか思ったりなんかしないよ」
「……え、それって?」
僕は驚いてつい謳歌の方へ顔を向けると、謳歌は相変わらず僕の目を真っ直ぐ見つめながら話していた。
「ばーかっ」
「いや、それどういう意味⁉」
「知らなーい!じゃあ、私こっちだから!バイバーイ!」
謳歌はそう言うと、僕と謳歌の家を分ける交差点を曲がって走り去って行く。
僕は謳歌が見えなくなるまで、呆然とその姿を見送っていた。
わ、分からん。こういう時、僕はどうするべきだったのだろうか?
しかし、何故だか大きなチャンスを逃した気がしてならない。僕って本当に馬鹿だったのか?
そんな風にぐるぐると考えながら歩いていると、いつの間にか家に着いていた。
やべっ、マジで明日からどうやって謳歌と話をしたらいいのか分からない。
「ただいまー」
僕は頭を抱えながら、玄関の扉を開けて中に入る。
しかし、いつもだったら返ってくるはずの母さんの声が聞こえない。
「あれ、出かけてるのかな?」
リビングに行くと、家を出る時に残して置いたメモがそのまま残っていた。
……え、もしかして、まだ寝てるのか?
一応、冷蔵庫を確認するとハンバーグもケーキもそのまま残っているし、何かを動かした形跡もない。
まさか、風邪でも引いて寝込んでいるんじゃないだろうな?
僕は心配になって、母さんの部屋に行くことにした。
「大丈夫、母さん?入るよ?」
ガチャッ。
僕が母さんの部屋の扉を開けると——
赤…………赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赫赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤——ッ‼︎
——枯れた、花の匂いがした。