鬼
チャイムが鳴り終わると同時に、少し白髪の混じった中年男性が教室に入ってくる。
名前は、鈴木勝男。
僕達の担任の先生で、優しくておおらかな性格をしているので、良く生徒からは親しみを込めてカツオ先生やカツオと下の名前で呼ばれている。
「よーし、みんな席につけぇぇぇぇええええええええええ⁉︎」
ズルンッ!
カツオが教壇へ向かう途中、思いきり足を滑らせ尻餅をついた。
その瞬間、教室のあちこちで笑いが起こる。
どうやら、先程の騒ぎで汚れていた床の辺りが、濡れて滑りやすくなっていたようだ。
「いたた……っ。誰だ!ここの床を滑りやすくさせたのは!」
「新輝でーす」
「いや、僕じゃないだろ⁉︎」
カツオが腰をさすりながらそう言って怒り出すと、謳歌がすかさず僕を名指しする。
「コラッ、新輝!床を滑りやすくしたら駄目だろ!」
「いや、違いますって⁉︎信じてください、カツオ先生!僕じゃないんです!」
「じゃあ、誰がやったと言うんだ!」
「へ?えーっと……?」
しかし、困った事に犯人が多すぎて分からない。
強いて言うなら、このクラスの8割方は犯人なのだが、この場合は、誰の名前を言えばいいんだ?
「すみません、カツオ!」
その時、大河が勢いよく席を立ちカツオに頭を下げる。
「今日は新輝の誕生日だったので、クラスの全員で誕生日サプライズをしたのですが、その時に床が汚れてしまいました!一応、掃除はしたんですけど、そのせいでそこら辺の床が滑りやすくなっていたみたいです!」
「え、大河……?」
「でも、これは新輝の誕生日サプライズを最初に提案した僕の責任です!なので、怒るなら僕を怒ってください!」
「お、おい、気持ちは嬉しいんだけど……何だろ、そんな言い方したら、捉え方によっては僕が悪者みたいにならないか?」
「新輝さいてー!祝ってもらったんだから、片付けくらいアンタがしなさいよ!」
「うるせえ!笑ってるだけで何もしてなかった、お前にだけは言われたくねえよ‼︎」
謳歌にはそう返しつつも、僕は内心やられたと思っていた。
これではまるで、僕が誕生日を祝って貰ったのに、はしゃぎ過ぎて先生に怒られたら自分は関係ないみたいな顔をして、祝ってくれた友人に罪を被せているみたいになるじゃないか。
「新輝、先生は悲しい……。わざわざ誕生日を祝ってくれた友達に、頭を下げさせるなんて……」
すると、案の定カツオは責めるような視線で僕を見る。
「いや、待ってくださいカツオ先生⁉︎僕の話も聞いてくださいよ!」
「言い訳なんか聞きたくない。みんなはこんな人間にならないように気をつけるんだぞ。それでは、ホームルームを始める」
僕の抗議も虚しく、カツオはそのままホームルームを始めてしまう。
……どうやら、話を聞いた感じ大した問題はないと判断して、転んだことは許してくれたようだが……他の教師が相手だったら、普通にキレられてもおかしくない場面だったぞ。
安堵すると同時に、何故誕生日のはずの僕が顔面にシュークリームをぶつけられ、顔をビショビショに濡らされた挙句、こんな人間扱いされなければならないのだろうかと思う。
今朝から思っていたが、今日って本当に僕の誕生日だよな?
全然いつもより扱いが悪いんだが。
僕が釈然としない思いでカツオの話を聞いていると、最後に気になる話があった。
「以上で、朝のホームルームを終わる。最後にみんなも知っていると思うが、最近新しく《《鬼》》が生まれたようだ。くれぐれも、みんなも気を付けるように」