2.代り映えのない日常
自分が【転生者】だと思い出したのはいつだっただろうか。
囮にされ死んだはずの僕は魔法が存在せず、【科学】という未知の力が発達した世界で生きていた。
僕の生まれた日本という国には身分による差別はなく、学校にも通うことができた。
幼稚園に通い始めると、初めて友達というものができた。
虐められることもなく、友達と毎日楽しく遊んで、笑って、時には喧嘩もした。でも次の日にはまた仲良く遊んでいた。
勿論、自分が【転生者】、前世の記憶があるということは誰にも言わなかった。
誰もそんな話をしないし、みんながみんな前世の記憶を持っているわけではなく、僕だけが持っているのだと思ったからだ。
それに思い出したくもないことばかりで、武術のことはまだしも、魔法という存在があったことのように、あの世界とは違うことが多過ぎて、役に立つことは少なかった。
そのため、自ら嫌な過去を思い出すようなことはしなかった。
成長し、小中高の学校での成績は平均的なものを維持し、運動神経も他の人より少し力持ち、程度の差しかなく、平均的なものだった。
容姿も平凡で、他の人との違いは強いて言えば、両親があまり帰ってこないことくらいだった。
恋人はいなかったが、それでも友人たちには恵まれ、毎日が楽しかった。
そんなどこにでもいるような少年。
それが僕、拓斗だった。
そんな僕が友人たちに事あるごとに言われていたのが、「お人好し」だとか、「親切すぎる」だとかだ。
前世で嫌な思いをした僕は、できるだけ僕のような思いをする人を減らしたい気持ちで、人にやさしく接するようにしていた。
生まれ変わった家庭に恵まれていたということもこうなった要因だろう。
もしまた前世のような家に生まれていたならこうはなっていなかったと確信をもてる。
小学生の頃にいじめられている子を見て、助けたいとは思ったものの、前世のことを思い出し、足が竦んだこともあった。
それでも何とか翔と仲良くなり、僕といる時は翔も笑顔を見せるようになった。
しかし、それをよく思わなかった者がいた。
いじめていた奴らだ。
そいつらは僕のこともいじめるようになった。
それでも前世程のものではなく、我慢できた。
だが、翔は罪悪感を感じてしまったようだ。
彼はいじめっ子たちに僕には手を出さないようお願いしていた。
それを見た僕は、同じクラスの子たちに協力を仰ぎ、助けてもらった。
学校側の判断で、大事になることは無かったが、いじめっ子たちはその後大人しくなった。
その時の彼と、幼稚園からの腐れ縁の当時のクラスメイトとは、同じ高校に通う親友だ。
今も一緒に下校している。
自分たちの進路について相談しながら歩いていると、歩道橋に座ったお婆さんがいた。
僕は気になって、二人に「先に帰ってて」と言うと、お婆さんの下へと向かった。
それを見ていた二人は呆れたように「ほんと、お人好しだな」と言い、先に帰って行った。
前は二人とも手伝ってくれていたが、あまりにも頻繁にこういうことが起こるので、毎回手伝ってもらうのも悪い気がして、今は先に帰ってもらっている。
気を取り直して、お婆さんに話を聞くと「家に帰る途中に疲れたから少し休んでいた」と話してくれた。
我ながら少し迷惑かとも考えたが「家まで荷物運びましょうか」と尋ねた。
するとお婆さんは驚いたような顔をしたが、すぐに
「いいのかい。じゃあ、お願いしようかね」
そう、皴の目立つ顔をニコッと笑わせながら嬉しそうに答えた。
荷物は僕からすればそれほど重いものでもなかったが、お年寄りからしたら相当なものだろう。
お婆さんの家がこの街にある山の奥と聞き、少し時間が掛かりそうだと思ったが、嬉しそうにしているお婆さんを見て、声をかけて良かったと思った。
荷物を家まで運び終えると、
「どうもありがとう。大したものはないけど、お礼にお茶くらいなら出すよ。上がっていきな」
とお婆さんが言ってくれたので、お言葉に甘えて上がらせてもらう。
出されたお茶には茶柱が立っていた。
お茶と茶菓子を頂きながら、お婆さんがここで何十年も暮らしていることを聞いた。
他にも、もう何年も会っていない息子や孫の話や、最近の機械がよくわからないという愚痴など、いろんな話を聞いた。
そして、そろそろ帰ろうかと準備していると、お婆さんが
「今日は楽しかったよ。久しぶりに人と長く話ができた。これを受け取っておくれ」
そう言いながら石をくれた。
その石は雫のような形をした、淡い黄緑色の何とも美しい、宝石のような石だった。
お手伝いをした時に何かをもらうことはよくあったが、このようなものは初めてだ。
初めはこんな高価そうなもの受け取れないと断っていたが、お婆さんがどうしてもと言うので、最終的にはありがたく受け取った。
外へ出ると、すでに暗くなっていた。
山を下る途中、振り返るとお婆さんの家があった場所に何もないように見えた。
しかしポケットの中にはさっき貰った石が入っている。
気のせいかと思い、特に気にすることもなく家へ帰った。
いつも通り夕食を作り、食べ、風呂に入り、少し勉強と筋トレをし、寝る前には最近の日課であるお気に入りのライトノベルを読む。
翔に最近教えてもらった、このライトノベルというものは、僕の前世とよく似た世界が描かれているものが多数存在する。
自分もこの物語の主人公くらい強ければ、あんな思いはすることもなく、死ぬこともなかっただろう。
そう思いながら、自分を主人公に当てはめたらどうなっていたかを考えながら読んでいた。
この時だけは前世のことを思い出しても、楽しく過ごせていた。
家は両親が共働きの上、忙しい仕事なので、二人とも家に帰ってくることがあまりない。
そのため両親と関わることが殆どなかった。
昔は偶に休日に遊びに連れて行ってくれていたが、最近は顔を合わせることすらない。
ほぼ一人暮らしと変わらない生活を送っていた。
家はかなり広く、あの二人と遊ぶときは家で集まることが多い。
自由に使えるお金もそれなりにもらっていて、ゲームなどもたくさん買うことができた。
ライトノベルも異世界モノを中心に数百冊は持っており、クラスの人に見られたらオタクと言われそうなものだ。
しかし今は、アニメ好きも多くおり、度が過ぎず、変なことをしなければそこまで疎まれるものではなくなってきている。
現に翔も、僕どころではない程そういう系に詳しいが、みんながそれを知った時、自分の好きなマンガやアニメについて語り合っていた。
そんな翔と今度、今読んでいる作品のイベントに行くことになっている。それを楽しみにしながら、ある程度読み終わったところで眠くなってきたので、続きは明日にと思いながら眠りについた。
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何だか眩しいと感じ、目を覚ますと、そこは住み慣れた自分の部屋ではなく、辺り一面何もない、どこまでも真っ白な世界が広がっていた。
夢なのか寝ぼけているのかよくわからず、辺りを見渡していると、宙から神々しい光と共に、一人のお爺さんが表れた。