表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

オカルト研究会

 始まりは小さな出来事だった。

 9月の初めのある日、町の小さな病院の駐車スペースで猫の死骸が発見された。ただの死体ではなく、それは無残にも刃物によって切り裂かれていた。雨に濡れてひどい有様だったらしい。この猫は人の手によって殺されたのが明らかだった。

 このニュースを運んできたのは大学のオカルト研究会の部長の加藤だった。入部して以来ほとんど顔を出していなかったが、この度、加藤から必ず来るようメッセージが来たので、仕方なく部室に足を運んだ。そしてもたらされたのが猫の変死体のニュースである。確かに驚いたし気味が悪いとは思ったが、夏休み中の大学生を呼びつけてまでする話ではないと、桃香は思った。

 ほかのこの場にいるメンバーも誰も一言の感想も漏らさなかった。加藤は拍子抜けしたふうだった。

「どうしたんすか皆さん、反応がにぶいっすよ」

 加藤は大学2年生だから、上級生もいるこの場では後輩語をつかう。2年生は桃香と今桃香の隣に座っている綾、そして加藤の3人である。オカルト研究会は2年生が部長を務める慣わしで、加藤がこの春めでたく就任した。桃香は幽霊部員だし、綾も同様だったから、消去法である。

 桃香と綾は学部が同じで、1年生の時に意気投合し、一緒になって所属するサークルを探した。その時見つけたのがビラを配っていたオカルト研究会の現在3年生の高木だ。けっこうな美男子の高木に桃香と綾は揃って興味を持ち、オカルト研究会への入部を決めた。ところが入部してすぐに、高木は同じく現在3年生の美樹と交際していることがわかり、桃香と綾の2人はオカルト研究会への意欲を失い、幽霊部員となった。

 三年生は高木と美樹、そして前部長の城田がこの場にいる。4年生になると何かと忙しく、実質引退したようなもので誰も来なくなるのが普通だった。この春に入部した1年生はこの場にも出席している高田と金山の男子2人だ。桃香と綾は新歓を手伝わされたので、2人のことをを知ってはいた。

「その猫が僕らとどう関係あるんですか?」

 その1年生の金山が尋ねた。桃香もそう思っていた。オカルトというより、ミステリーの領分ではないかと。

「こいつはいかれた人間の仕業だ。人間の狂気っていうのはオカルトの守備範囲に入ってくるはずだよ。そっすよね?」

 加藤は上級生たちに同意を求めた。しかし、彼らは首をひねった。

「いや、俺らに聞かれても……」

 城田が代表して答えた。

 オカルト研究会はもともとそれほど熱心なサークルではない。例えば城田は未確認生物が好きで、高木や美樹は都市伝説に関心がある、といった一応はオカルト関連に関心のある者たちが集まっているが、部室に来てやることと言えば、オカルト書籍を眺めることだったり、ネットで情報収集だったりを少しするくらいで、あとは漫画を読むか、ゲームをするかしている、緩い雰囲気のサークルだ。そのため、オカルトの範囲がどこまでかを説明できるものはいなかった。

「……とにかく、うちらでこの件を扱います。夏休み明けに事件に関する考察を発表してもらいます」

 この日はそれで解散となった。

 桃香は当然、事件について考察する気などなかった。夏休みの残りをそんなものにとらわれずに謳歌する予定だった。


 1週間後、再び加藤から緊急招集がかけられた、桃香は送られてきたメッセージを一旦は無視したが、電話もかかってきたので降参した。げんなりした気持ちで部室に行くと、以前のメンバーが揃っていた。綾も電話で呼び出されたと言う。加藤は同学年にが容赦ないらしい。

 桃香が着席すると、加藤はいつになく深刻そうに切り出した。

「今度は人の死体が見つかりました。ここの近くで、今朝」

 加藤がそう口にすると同時に、桃香には部室から音が消えたような気がした。実際には数秒の、しかしとても長く感じられる無音の時間があってようやく城田が口を開いた。

「そいつは驚いたな。まだニュースにもなっていないんじゃないか? 加藤は何で知ったんだ?」

 スマホの時計を確認すると、午後1時を回ったところだ。今朝の事件が警察から情報が公開されてニュースになるのは夕方くらいからだろうか。

「ネット掲示板です。現場を通りかかった人のSNSが話題になっていました。僕もさっき見に行ったんですけど、アパートに規制線が張られていて警官が立っていました。まず間違いありません」

「そっか、それで犯人は捕まったわけ?」

「わかんないです。多分まだじゃないですかね」

 すると殺人犯がうろついてるかもしれないのに加藤は桃香たちを招集したわけだ。あきれた桃香は加藤を非難する。

「あのさ、あたしたちを集めるのって犯人が捕まってからじゃいけなかった? 危ないかもしれないじゃん、どうしてそこに気が付かないわけ?」

 加藤はそれを聞くと恥じ入ったようにうつむいた。

「……そうだった。確かに無神経だった。ごめん」

 うなだれる加藤を見て桃香が多少満足したところで、高木が会話に参加した。

「まあ、帰りはみんなで一緒に帰れば平気だろ。それで? 僕らを集めて何をさせたいのさ」

「はい、この間の猫殺しと関係あるかどうか議論がしたかったんです。皆さんの考えが聞きたくて、実はこの二つの事件、かなり近くで起こってるんです。今回のアパートの隣の隣が前回の病院なんです」

 それを聞いて、オカ研メンバーの目の色が変わった。もともとオカルトに関心がある面々だ。猫の死体だけで興味を持つほど熱心ではないが、その間近で新たな事件が起こったということが彼らの好奇心を刺激した。桃香と綾を除いて、ではあるが。

「猫殺しがエスカレートして人殺しになったとか?」

 美樹が最も単純な可能性を示す。

「今回殺されたのが猫を殺した犯人で、野良猫を可愛がっていた人間の復讐では?」

「そんなことで人は殺せなくない? 猫が化け猫になって犯人を殺したってのも面白くないですか?」

 2人の1年生が自説を唱える。

「化け猫ってのはオカルティックだねえ。その土地自体に何か憑いているっていうのも考えられるな」

「宇宙人だったりして、地球の極秘調査で向こうの武器を試したとか」

 城田と高木が参戦する。

「同じ犯人ですよ、なぜ殺害に至ったかっていう犯人の心情の動きを考えましょうよ」

 落ち込んでいた加藤も気を取り直して発言した。議論は白熱していく。

 幽霊部員の桃香にはこのサークルがどういうものなのか今分かった。こうやってオリジナルの都市伝説を作るのが楽しいのである。事件の真相を解明するというのが目的ではないのだ。

 白けた桃香はひたすら会議が終了するのを待った。綾も同様にむっつりと黙り込んでいた。


 苦痛のミーティングは1時間弱で終了し、桃香と綾は解放された。帰りは方向が一緒の桃香、綾、それに城田で帰ることになった。まずは綾の部屋があるアパートに向かった。

15分ほどの道中、会話は全くなかった。桃香は昨日の雨によってできた水たまりを避けて歩くのに集中した。

 黙々と歩くうちに綾の住所にすぐそこというところまできた。が、しばしば遊びに来る桃香の目に見慣れぬ光景が飛び込んできた。

「あれ?」

 城田も気付いたらしく。立ち止まった。

 綾のアパートのこちらから一つ手前に見えるアパートの前に黄色の規制線が張られていた。制服の警察官が立っており、目の前で立ち止まった若者3人組に、ちらりと視線を投げた。

 3人はそこを通り過ぎ綾のアパートの駐車場で輪を作った。

「もしかしてここがその現場か?」

 来た方向とは逆にあるクリニックを確認して城田は綾に尋ねた。

「そういうことになりますね、たぶんここが加藤君の言っている場所です。彼詳しい位置までは言ってませんでしたね」

「どうしてそうだって言わなかったの?」

 桃香が尋ねた。

「だって、面倒だし」

 オカ研のメンバーから質問攻めにされるのが、ということだろうか、と桃香は納得した。

「身に危険を感じたら、すぐどこかに相談したほうがいい」

「わかりました。送っていただきありがとうございます」

 城田の忠告に対しそう言って、綾は部屋に入っていった。

 そこからさらに5分、やはり無言で歩いて桃香の部屋にたどり着いた。城田は気を付けてと言い残して自分のアパートに帰っていった。

twitterアカウントを開設しました。(@Enoki_Kosetu)

良かったらチェックお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ