夜のカフェテラス
秋月 忍さま主催「ミステリアスナイト」企画参加作品……
黄色いランタンの灯るカフェテラスで、オニオンスープをすする。それが私の夜のささやかな楽しみだった。その日も同じように、私はいつもの席へついて、スープを注文した。
石畳の広場へと張り出すように設けられたテラスの席からは、ガラス越しに店内の様子がうかがえる。音は聴こえないが、数組の客がコーヒーをすすったり、パンをかじりながら談笑している様子が見える。すみれ色のエプロンをしたウエイトレスが、空いたテーブルをふきんで拭いていた。
気がつかなかったが、初めからあったのだろうか。私のテーブルに、新聞が一紙、置いてあった。
この池は知っている。私の家のすぐ近くだ。昼間はベビーカーを押す婦人や鴨に餌をやる老人がいるのを見たことがあるが、そんな時間にしか歩かないから、夜の様子は知らない。「人気のない場所」と記事には書かれているが、そうなのかもしれない。
ウエイトレスがスープを持ってきた。そこで私は、ようやく違和感を覚えた。ガラス越しに見たときに何も感じなかったのは、私の目が悪いせいか、それとも声を聴かなかったせいか。
私はウエイトレスを呼び止めた。黒髪に縁取られた彼女の顔は、青白かった。
***
一人の男が、カフェのテラス席に腰かけている。ウエイトレスが、オニオンスープを運んでくる。ウエイトレスはしばらく立ったままで、男に何か、話しかけているようにも見える。男が少し、顔を背ける。店内の客がガラス戸を叩き、ウエイトレスは店内へと戻っていった。
***
男は眠っていた。黄色いランタンに照らされた彼の茶色い髪を、ウエイトレスが眺めていた。
店内にはもう、客はいない。ただ、ガラス戸のすぐそばに、別のウエイトレスが立っていた。立って、二人を見つめていた。
男を眺めていたウエイトレスは、彼のコートのポケットに何かを押し込んだ。紙切れのようなものだ。
彼女は空のカップを持って、店内へと戻っていった。
***
次に見えたのは、池だった。黒い葦が揺れている。……私の知らない、夜の池だ。
そこに私はいない。あるのはただ、二人のシルエットだけだ。一方は膝を折り、もう一方は立っている。立っている方は、片手に何かをかかげていた。
シルエットが重なり合い、私の視界で溶け合った。夜陰に飲まれて、輪郭がなくなった。
そして気がつくと、シルエットがひとつ、消えていた。残ったほうは、呆然と立ち尽くしていた。
***
気がつくと、ウエイトレスの青白い顔は目の前にはなかった。彼女は店内で、テーブルを拭いていた。
新聞を探すが、見当たらない。私はもう一度、店内の彼女を見る。
帰り道、私はふと、コートのポケットに指を入れた。歩みが止まる。
私は一瞬だけ、夜空を見上げた。コートのポケットから指を離し、そうしてふたたび、歩き出した。