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竹の花咲く

作者: 前嶋かほ

竹の花は滅多に咲くことがない。数十年、百余年に一度という周期で咲くと言われている。一度花が咲くと、その竹林はまるごと枯れてしまうそうである。


子供のころに祖母から聞いた話である。


祖母は、地方の山深いところで生まれ育った。その土地では、竹の花にまつわる昔話があるそうだ。本当にあった話であると、祖母は言っていた。


祖母が生まれるより遥か昔のこと。山間の村には竹林があった。青々と繁ったその竹林は、夏には涼を、春には筍を、そして竹細工など、様々に村に恵みをもたらしてくれた。


竹林からほど近い場所に、一軒の家があり、一人の若者が住んでいた。数年前までは、年老いた父親と住んでいた。母親は、まだ若者が幼い頃に、流行りの病で亡くなったそうだ。そして父親も見送って、若者は残された田畑の世話をしながら竹林から伐った竹で籠などを作っていた。


ある年、梅雨がなかなか明けず、盛夏になっても肌寒く陽がささない日が続いた。田畑の作物はいつものようには育たなかった。


そんな折、竹林の竹から花が咲き始めた。まるで稲のような花だった。村では皆が、竹の花が咲くなんて、不吉なことが起こる前兆ではないかと噂した。


若者は、ある朝、霧雨の降る中その竹林に向かった。その日も、竹林のいたるところに黄色の花が揺れていた。


竹林をいつものように分け入っていくと、若者は少し先に娘がたたずんでいるのに気がついた。すっきりと細くしなやかな姿で、薄い黄色の着物をまとっていた。


娘は若者に気づくと、ほっとしたように微笑んで、軽くおじぎをした。


「お父様によく似ていらっしゃる」


娘の言葉に、若者は驚いた。

「父をご存知なのですか」


「はい、もう随分昔になりますが・・・

あなたのお父様も、こうやって、竹を採りにいらしていました。」


「父を昔からご存知なのですね。あなたは・・・?」


娘は、若者の顔をじっと見つめて


「あなたのお父様にとてもお世話になった者です。

またお会いしたかった。でも、あなたに会えて良かった。お父様に初めてお会いしたのは、あなたのお母様が亡くなられて、あなたもまだ小さかった頃なのですよ。

私、あなたのお父様のこと、とてもお慕いしていました。お父様はほんとうに優しい方でした」


娘は続けた


「あなたに伝えたいことがあります。

今年は、いつにない冷夏。作物もとれず、飢饉となるでしょう。でも、どうかよく聞いてくださいね、この竹林に咲いている、これらの花はしばらくすると実をつけるでしょう。その実は食べられます。とても栄養があるものです。ですから、どうか心配しないで。」


若者は頷いた。


「あなたは、どなたなのですか」


その若者の問いに娘は答えず、幸せそうに微笑みながら続けた。


「私は、もうすぐ、あなたのお父様にお会いできます」


その時、ごう、と音をたてて強い風が吹いた。

若者はおもわず目を閉じ、風が緩んで再び目を開けた時には、目の前に娘は居なかった。



しばらくして、竹林の竹の花から実がなった。

ありとあらゆる作物が不作だったため、若者をはじめ村人たちは、その竹の実を食べて生き延びた。


実がなったあと、竹林の竹はいっせいに枯れた。

一本も残らず、竹林は消えてしまった。


若者は、竹林があった場所を訪れてみた。周りの山々から柔らかな風が吹いている日だった。

ふと、風にのって、まだ若かったころの父や、あの日竹林で出会った娘の笑い声がきこえたような気がした。







読んでくださってありがとうございました。m(__)m

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