かり
「卒業式だ…。」
「あぁ。そうだね。」
「感無量だ…。」
「…。」
元埼玉県、現シャナ軍領。
その中央に位置するシャナ軍学園。本日は、卒業式。
軍の庇護下から正式にはずれ、今後は軍属か自分でどうにか食い扶持を建てて生きていく必要がある。
当然、家がある人間は家督を継ぐなり、両親のツテを使って軍に入るなりができるが、旗奪戦で生き残ってしまった学生たちは一人で生きていかなければならない。
なかなか世紀末だな。
「それで、オサムはどうするんだ?」
「どうするって?」
さて、僕が先ほどから話しているのは、唯一の友人である佐賀悠真だ。
彼の父親は軍隊の中でも実力者で、卒業式の後にはユウマも軍隊行きが決定している。
ちなみにシャナ軍は関東地方一体を統治していて、ディザスタースキル保有者である「黒井 宗也」という男がその代表として軍を取り仕切っている。
軍のトップたる男のスキルがどれほどまでに優秀なのか?と問われれば、だいぶ尾ひれがついていそうだとも言えるだろうが、少なくともユウマが言うには「圧倒的だと親父が言っていた」とのことだ。
黒井 宗也のスキルは「重力を操る力」らしい。重力、とは大きく出たものだ、と思う。
操る、という表現はおおむね正しいのかどうかはわからないが、少なくとも、ジャンプの高度を大きくしたり、空中で進路変更したり、銃弾の雨をマトリックスよろしく受け止め、相手方に返したり、と、やりたい放題やっているらしい。
「お前の家は…」
「まぁね。今朝方じいさんがどっかに行っちまったしなぁ。」
「それじゃあ…」
「うん、僕だけ。さーてね、どうしたもんか。」
ユウマは僕を心配してくれるが、僕は僕の生き方を決めている。
どうせこんなスキルを持って軍に入ったところで、戦場の一番やりになって殺されるか、はたまた囮になって戦場に骨をうずめるかの二択だ。
今から軍に入ったとしたら、まぁ間違いなく半年以内に僕は死ぬな。
と、いうわけで、山の中ででも暮らすことにする。昨日の一件から僕はスキルの使い道について考えていた。最弱と思われるスキルなら、感情の無い生物にとってはどうなのか。答えは簡単だ。
「逃げるに値しない相手」。
年がら年中サバイバルだけど、獲物になる動物に困らないなら死ぬ確率の高い軍生活よりはるかに良さそうだ。
何故獲物になる動物に困らないかって、そりゃ簡単だ。もしあなたの目の前に、一匹の鳥がいたとしよう。大きさはスズメくらいで、本気を出せば、いや、出さなくても追い払うことくらいはできる。
だが、それが誤認だとしたらどうか。実はそのスズメはあなたを一撃で殺せるくらいの力、たとえば、毒を持っていたとする。しかし、それに気づけないのなら、やはり追い払おうとするだろう。
そこでスズメは満を持してその武器を使う。武器を使われて多少の痛みを覚えながらも、それが取るに足らない傷だと思ったあなたはやはり片手間に追い払おうとする。傷は増えるがたいしたことは無い。
そんな風にやっているうちに、あなたは死ぬ。
この例に出たスズメが僕で、あなたが動物だ。
これが僕なりに出した、僕のスキルの使い道なのである。
と、いうわけで、僕は山の中でサバイバルだ。
弱者が生き残るために必要なのは、知識。そして知恵だ。
戦場じゃあ下手すれば流れ弾でも死ぬからな。僕はそんな場所に行かなければいいだけのことだ。
「さて、それじゃユウマ、僕はこれで。」
「あ、あぁ…本当に大丈夫なのか?」
「安心してくれ、ユウマ。僕は軍が戦うような戦場には行かないからさ。」
「そうか。…俺の住所はたぶん変わらないから、何かあったら手紙でも何でも、な。」
「あぁ。じゃ、ユウマも気をつけてな。君のスキルならまぁ簡単には死なないと思うけどさ。」
「…あぁ。それじゃ。」
「うん、またね。」
こうして、僕は学校から帰路につくことになった。
ユウマのスキルは、S級レベルの優秀なスキルだ。その能力は、「指定空間に超高速の物体振動を生み出す」という超攻撃的なもの。
え?どこが強いのかって?これはつまり電子レンジだ。
電子レンジは、マイクロウェーブを利用しレンジ内の物体を超高速振動させ、物体が高速で動いた際に生じる摩擦で温度を上げる装置である。
この回転数をユウマのスキルではコントロールできるらしく、自分の持っている武器に高速振動をさせればチェーンソーの如く「切れない物体でも切る」ことが出来るし、最悪人間が相手なら脳とか心臓とかに高速振動を与えることで破裂させたり蒸発するレベルのダメージを与えられる。
これが強くなくてなんだというのだろうか。少なくとも、僕のスキルよりはよっぽど使い道はあるし、地球上に存在する生物で高速振動によるダメージを無効化できるものは存在しない。
しかも、遠隔操作が出来るんだぞ。触れた相手に、とかならともかく、指定空間とかいうあやふやな設定で殺人的な攻撃が可能なんだから強いに決まっている。
…ユウマなら大丈夫だな。と、再び考えたところで、僕は家へとたどり着いた。
僕が家に戻ってきた理由は大きく分けて2つ。ひとつは、山へ移動する準備だ。最低限必要なもの、たとえば、コンバットナイフだったりとか、ライフルだったりとか、弓だったりとか。あとはメタルマッチなどと行ったサバイバル用品。それらをバックパックに詰め込んで、あとは携帯式仮設住居。これも小型化の波が完成させた最高のサバイバル用品だと思う。
一通りの準備が終われば、残りのひとつ。
それは、この住居の破壊だ。この家に戻ってくる予定はないし、なんならじいさんが今朝方出て行ったときに残していったメモに、「家を出るときは破壊しろ」とかかれていたからだ。
そんなわけで、住居の床下にもぐりこんだ僕は、スイッチエンター式の小型爆縮装置をセットする。
平たく言えば爆弾なのだが、爆弾のように大きな音はしない。
これは小規模なブラックホールのようなものを作り出す装置だと思ってほしい。
閉鎖空間上で爆発を起こし、それに伴う強烈な一定方向への吸引により指定部位のものをまとめて後方に吐き出す装置である。
セットが終わり、僕は家を後にする。家から十分離れたあたりで、僕は起爆スイッチを押下した。
遠くのほう、つまりは僕の家があった辺りだが、ドズン!という音と共に土煙が上がっている。うまく行ったようだ。
そして僕はこのシャナ軍領より西、今もなお緑が広がっている地方へと足を進める。
いわゆる秩父地方。山間部ともいえるこの場所では、科学の発達した現在でも手付かずで自然が残されている。すなわち、この付近には人がいないのだ。
軍の徴兵もなく、サバイバルをして生きていくにはちょうどいい。
そんなわけで現地に到着した僕は、拠点を作るにふさわしい場所を探し始めた。
まず重要なのは水源。人間は水が無くちゃ生きていけないからな。水分さえ取り続けていれば、人間も1週間くらいは何も食べなくても生きていける。
と、いうわけでまずは水源を探さなければならない。
まずは足元の地面から。ここ数日は雨が降っていない。しかし、山の土には若干の湿り気がある。
湿り気があるのなら、近場に水源があるはずだ。
さらに、鳥。鳥が多く集まる場所には水場がある。動物の足跡があれば、それをたどることでも発見できる可能性はある。
そんなわけで、2時間ほど入山し、しばらくしたあたりで水源を確保した。
そこから数十メートルほど離れたあたりで、携帯式住居を展開する。
携帯式住居の外側にはホースがついており、その先には濾過と汲水装置がついている。それを発見した水源へと設置し、ホース本体を地面へと埋め込んだ。
これで生活の基盤が完成する。基盤が完成すればあとは食材さえ確保すれば生きていける。
と、いうわけで早速、獲物を狩ることにした。
まずは、シカやウサギといった獲物を発見しなければならない。出来るだけ風上から発見しなければ、まだ文明のにおいのする僕ではすぐに発見され逃げられてしまう。
そんなわけで、拠点から少し離れたところに移動し、双眼鏡を構えて獲物の存在を検索するところからだ。
以下に山中といえど、早々簡単に動物が見つかるというわけではない。2時間ほど探したが、やはり発見には至らなかった。
次点で、草食性動物の発見は諦めることにした。発見はあきらめたが、もちろん狩らないとは言っていない。
幸い、獲物自体を発見することはかなわなかったが、痕跡はいくつか捕らえている。そんなわけで、痕跡のある場所に罠を仕掛けることにした。
くくり罠と呼ばれるもので、動物の足に引っかかると外れなくなる罠だ。引っかかるかどうかは時の運。しかし、仕掛けないよりはいくばくも可能性は高い。
罠を仕掛け終えたところで、次は本日の主食を取らなければならない。
せっかく水源があるのだから、魚を取ることにした。ちょうどいいので、スキルがどれほどに有用なのかも試してみる。
スキルを発動した状態で、入水する。すると、驚いたことに目の前にいる魚は人間が川に入ってきたというのにもかかわらず逃げずにそのあたりを泳ぎ続けている。
思ったよりも使えそうだな、このスキル。
さて、素手で捕まえるほどに僕自身の動きが手だれているわけではないので、今回は網を使うことにした。簡単なことで、頭のほうから網に入れて掬い上げるだけである。
面白かったので食べる分である2匹ほどそうやって捕まえ、10匹程を石で囲った生簀の中に移動させると、夕飯の支度へと移った。
近場に生えていた大き目の葉っぱを何枚かむしりとり、それで魚を包む。もちろん魚は鱗を落としはらわたを抜いておいた。
包む前には塩を手一杯に盛って擦り付けておく。そして葉っぱに包んだ魚を焚き火の元へと放り込み、しばらく待って焼きあがれば完成だ。
魚の葉包み焼き。これがまたなかなかにおいしい。
ほくほくした身は豪快に手で口に運ぶとジューシーな油がじゅわーっと口の中で広がり、ほろほろと崩れていく。
ぱりっとした皮もいいアクセントになっていて、塩味とあいまって香ばしい香りが口の中を覆い尽くす。
これこそまさに自然の味覚。以前、じいさんと一緒に魚を釣って同じように焼いたときのことを思い出すなあ…。
と、そんな夕飯に舌鼓を打ち、今晩は早めに就寝することにした。
翌日、朝日が昇り始めるころ。
僕はすでに目覚めて山の上のほうから双眼鏡で山中を見下ろしていた。
今日も動物が居るかどうかを確認していたのだが、発見するよりも先にとんでもない光景に目を奪われた。
シャナ軍である。経緯はわからないが、数十人ほどのシャナ軍が登山していた。よくよくみると新兵たちのようで、学校の同級生だったやつらもちらほらと居る。
つまり、ユウマもそこに居るわけで。
…一体何をしているのだろうか。
僕はすばやく山を降り始めた。ベテランのマタギには敵わないが、山の地形なら一日の長がある。僕は僕が昨日作り上げた生活の基盤たる
とちゅうです