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五話:悪役令嬢の再登場と、主人公の出会い

 まつりと食事をした次の日の月曜日、高志は朝からそわそわしていた。

 普段は母親の良子に起こされるまでは惰眠を貪っているくせに、その日はいつもよりも三十分も早く起床し、良子が起こしに来た時にはもう制服を着て登校する準備を整えていた。気が早すぎである。

 その割には洗面所の鏡の前で何分も唸っていたり、普段は出しっぱなしにしているワイシャツの裾を、何度も制服のズボンに出し入れしては頭を抱えてみたり、その日の高志の朝は良子の目から見ても奇奇怪怪だった。


「お隣のまつりちゃん、可愛かったわねぇ」


 息子の奇行に苦笑しながら良子が話しかけると、高志は顔を真っ赤にして振り向いた。


「あ、あんな奴可愛くねえし!」


 吼えるように言い返した息子の反応を見て、良子はにんまりと人の悪い笑みを浮かべる。


「あら、ムキになっちゃって。可愛い子だったじゃない。もしかしてタイプじゃなかった? 私、あの子にならお義母さんって呼ばれてもいいわぁ」


 まつりのことを気にしているのを認めることが癪な高志は、いきなりとんでもないことを言い出した良子に目を剥き、必死になって反論した。


「べ、別に好きじゃねえし! 付き合いたいなんて思ってねえし!」


「誰もそんなこと聞いてないんだけど」


「え?」


「え?」


 お互いが相手の言っていることを理解できていないきょとんと顔で、高志と良子は見つめ合う。

 良子はまつりの容姿や態度が好ましかったので褒めていただけだが、まつりが気になっている高志にしてみれば、良子の発言は、自分の気持ちが見透かされているようにしか聞こえなかったのである。

 しばらくお互い見つめあった後、茹蛸のような顔色の息子を眺めていた良子は、息子の心情を察して表情をにやつかせる。母親の表情を見た高志が、顔を引き攣らせた。


「さては一目惚れしたな?」


「そ、そんなんじゃねーよ!」


 ずばり言い当てられた高志は否定するが、紅潮したままの顔が高志の本音を物語っている。


「清楚で礼儀正しくてしかも美少女なんて、今時見ない子よねぇ。あんたが惚れるのも分かるわぁ。でも彼氏いるんじゃないの? あの子くらい可愛い子なら、周りの男がほっとくはずがないと思うんだけど」


 良子の台詞は、高志の心にクリーンヒットした。考えないようにしていた可能性を突きつけられ、赤かった高志の顔色が白くなる。


「彼氏いんのかな、やっぱり……」


「どうかしらねぇ。お隣さんの様子を見る限りだと、芳樹さんが仕事に行ってる間に、彼氏を家に連れ込んでるなんてことは無さそうだけど」


「じゃあ、居ないのか!?」


 俄然勢い込んだ高志に、良子は生ぬるい視線を送り、半笑いする。


「私に聞いたって分かるわけないでしょ。本人に聞きなさい、本人に。隣に住んでるんだから。今から行って聞いてみたら? この時間ならまだいるでしょ」


「聞けるかー!」


 息子の恋路を応援しながらも面白がる良子は、高志の反応にからからと笑った。


「だいたいあんた、あの子がどこの学校に通ってるかすら知らないじゃない。告白する依然の問題よねぇ」


「うっせぇ糞ババア! 行ってきます!」


「ま! 母親に向かってなんて口! 車に気をつけるのよ!」


 良子の怒声を背に玄関のドアを閉めた高志は、通学鞄を手に持ったまま立ち尽くした。

 ちらちらと高志が視線を向けるのは、隣の藤園家。先日、食事をした帰りにまつりが父親と一緒に入っていったドアである。


「……まだ、いんのかな」


 そろそろとインターホンに手を伸ばしかけた高志は、途中で我に返って項垂れる。


「何やってんだ俺。会ってどうすんだよ。何話せばいいのか全然わかんねぇよ」


 頭を振った高志が踵を返そうとするより先に、出し抜けに勢いよく扉が開いた。


「あだっ!?」


 顔面を扉で強打した高志は、悲鳴を上げて多々良を踏む。


「わぁっ、大丈夫かい!?」


 中から出てきたまつりの父親である芳樹が、顔を手で押さえて蹲った高志に気付き、素っ頓狂な声を上げる。


「だ、大丈夫っす。これくらい何でもないっす」


 痛みを堪えながらも、高志の頭の中では脳細胞がめまぐるしく働いていた。今なら聞けるかもしれない。基本的に高志はアホである。


「まつりちゃんはまだ家にいるっすか」


「え、まつりに用があったのかい? 済まないね、まつりは今は居ないんだ」


 勇気を出していきなり空振った高志のテンションが、目に見えて落ち込んだ。


「もう登校したっすか……」


「ああ、うん。今の時間なら、ちょうどそのぐらいだと思うけど」


 微妙に噛み合っていない両者の会話だが、お互いそれに気がついていない。


「いつ頃帰るっすかね」


「お稽古事とかがあるはずだから、平日は遅くなるだろうし会うのは無理じゃないかな。休日なら家に来てくれれば会えると思うけど」


「そうですか……。ありがとうございました。また出直すっす」


 頭を下げる高志に、芳樹は穏やかに微笑みかける。


「あの子にとって、普通の友人は貴重なんだ。もし良かったら、仲良くしてやって欲しい」


「はっ、はい!」


 歩き出した芳樹を見送った高志は、頭の中でファンファーレを鳴り響かせた。

 まつりの父親である芳樹に、まつりのことを頼まれた。これは取っ掛かりに使える。


「ヒャッホー!」


 とたんに上機嫌になった高志は、踊るような足取りで通学路を駆けていった。



■ □ ■



 一方その頃、車上の人となっていたまつりもまた、高志のことを考えていた。正確には、自分の父親である芳樹と、その隣の部屋に住む良子と高志の親子のことだ。

 認め難いが、まつりの親友曰く、この世界は乙女ゲームの世界であるらしい。そして親友の言葉を信じるならば、辿った道こそ違えどまつりは主人公である。


(もし私がお父さんに引き取られていたら、あの子と幼馴染になって、普通の学校に通っていたのかな)


 金銭的に困りはしないが家柄に雁字搦めに縛られて母親と暮らすのと、金銭的に困窮するが父親と平凡かつ自由な暮らしを送るのと、どちらがマシか考えたまつりは、苦笑してすぐにその考えを打ち消した。

 まつりはたらればの話はあまり好きではないし、そもそも父親と暮らしていたら綾野とここまで仲良くなることはなかっただろう。綾野は選民意識と気の強さから誤解されやすい子だが、根は純真で一度懐に入れた相手はどこまでも大切にする良い子だ。今はちょっと前世の記憶の影響か、アホの子になってしまっているけれど。

 それに、母親は離婚の原因についてまつりが口を出さない代わりに、まつりの週末の行動にも目を瞑ってくれている。いくら隠そうとしたって、父親のもとに毎週通うのは隠し通せるものじゃないから、まつりは隠そうともしていない。やろうと思えば、まつりを父親から引き離すことなど簡単にできるはずだ。なのに母親から何の介入も無いのは、そういうことなのだろうとまつりは思っている。


(案外、あの子、高志くんだっけ? 綾野の言う攻略対象だったりして。だとしたら、あの子と愛し合って、結婚して、やがては子どもを生んで平凡に暮らす未来もあったのかな。こういうの、綾野ならなんて言うのかしらね? 幼馴染ルート?)


 荒唐無稽な想像をしてしまい、まつりはくすりと笑みを漏らす。

 柄でもないことを考えてしまった。これでは綾野のことを笑えない。

 やがてまつりが乗る車は杉並学院に到着した。

 先に外に出た運転手によってドアが開けられ、まつりは外に出る。


「お嬢様。お鞄でございます」


「ありがとう」


 運転手から自分の鞄を受け取ると、まつりは颯爽と歩いて校門を潜った。


「ごきげんよう」


 同じように登校している生徒と挨拶を交わす。

 誰でもというわけでもない。明らかに目が合って、挨拶されれば礼儀として挨拶を返しはするが、まつりが自分から挨拶をするのは、顔見知りや自分の派閥のメンバーが中心だ。杉並学院の生徒たちは親の権力によって自然とグループ分けされており、派閥が出来ている。まつりが所属するのは、自分を頂点とする旧家を中心とした派閥だ。

 意外なことに、親友である綾野とは、まつりは派閥を同じくしていない。まつりとは違って、綾野の家系は新興勢力であるためだ。綾野は綾野で、一代で成り上がったり、最近力を持つようになった、いわゆる成金が集まる派閥を率いている。

 頂点同士が仲が良く、また旧家の中には金を欲する家があり、成金の中に歴史を欲しがる家があることもあって、両派閥の交流は盛んだ。男女であれば、派閥を飛び越えて婚約が交わされていることも少なくない。


「ごきげんよう、まつり」


 今日も完璧にカールさせた髪を靡かせて、綾野がまつりの傍にやってきた。

 鞄をごそごそと漁り、一冊のノートを取り出してまつりに突き出す。


「見てくださいまし! 昨日の夜、思い出せる限り原作のイベントを書きとめてみましたの!」


 まつりは現実を突きつけられ、思わず頭を抱えた。

 本日も親友は変わらず頭がおかしいようである。

 言いたいことはたくさんあるが、とりあえず人目のある場所でそんなものを見せないで欲しい。

 無視しようかとすらまつりは思ったが、綾野の興奮ぶりを見る限り、反応しなければどこまでもついてきそうである。まつりは気取られぬよう、こっそりため息をついた。


「そうなの。それで、何か収穫はあった?」


 話を促すまつりに、綾野は大きく息を吸い込むと、立て板に水を流すかのような、凄まじい勢いでまくし立て始めた。


「原作の主人公にはメインの攻略対象が四人に、サブの攻略対象が三十三人と三匹もいますのよ。メインはそれぞれ俺様腹黒生徒会長に、武人系風紀委員長。小動物系後輩に、元気いっぱい幼馴染! それでn」


「ちょっと待ちなさい」


 放っておけば延々と喋り続けそうだった綾野を、まつりは遮った。

 話を遮られた綾野が、まだ話したりなさそうな顔でそわそわしながらまつりを見つめる。


「私の記憶が間違っていなければ、生徒会長はともかく、杉並学院の風紀委員長は女性だったように思うんだけど。あと最後の人数とか数え方とか、色々おかしくない? 匹ってなによ」


「そこがよろしいのですわ!」


 眉根を寄せて放ったまつりの指摘は、綾野を興奮させるだけに終わった。


「NLはもちろん、GLだって対応してるのがこのゲームのいいところですわよ! 選択肢次第では、主人公が男にTSしてBLルートまで開けるんですから! もちろんその逆もアリです! ひと×けもにだって対応していますわ!」


 再び始まったマシンガントークに思わず仰け反ったまつりは、そのまま喋っていて興奮したらしい綾野に抱き付かれる。

 人の目があるので、まつりは丁寧にかつ素早く綾野を引き剥がした。


「……落ち着いて。綾野が何を言ってるのか、私にはまるで分からないわ」


 頭痛を堪えるように、まつりは己の眉間を揉んだ。気付けば眉間に皺が寄っている。癖になったらどうしようと、まつりは肩を落とした。

 幸いといっていいのか、風紀委員長と違い、杉並学院の生徒会長は男性だ。そして、綾野の婚約者でもある。まつりの知る限りでは、人当たりのいい性格で、特に唯我独尊要素は見当たらないのだが……。

 疑問をぶつけると、綾野はきっぱりと断言した。


「猫を被ってるのですわ」


「……根拠は?」


「ありませんわ。強いて言えば原作知識ですわね」


 綾野にしか分からない原作知識とやらで、生徒会長が己の婚約者にいわれのない猫かぶりのレッテルを貼られようとしている。


(ご愁傷様。私はもう、否定するのは疲れたわ。後は一人で頑張ってちょうだい、生徒会長さん)


 まつりは心の中で、生徒会長に向けて励ましの言葉を送った。

 本題から逸れている話を戻す。


「それで、あなたのいうバッドエンド回避の目処はついたの?」


「ゲームの悪役令嬢が破滅するのは、不届きにも自分の身の程を弁えずに人の婚約者を寝取ろうとする主人公を排除しようとして、色々やったからですの。最終的には主人公の方が立場が上なことが明らかにされて、悪役令嬢は正しいことをしたにも関わらず、一方的に糾弾され濡れ衣を着せられ、いつの間にか家の不祥事まで捏造されてしまい破滅しますのよ」


 話を聞いたまつりは、己の親友に向けて花開くような笑顔を向けた。


「……うん。とりあえず、綾野の主観は抜いて、もう一度客観的に説明してくれる?」


「わ、分かりましたわ。うう、まつりさんの笑顔が何故か怖い……」


 要は悪役令嬢の婚約者がまず主人公に一目惚れして主人公にちょっかいをかけ始め、それを知った悪役令嬢が主人公を婚約者から遠ざけようとしたのが原因らしい。だが婚約者の気持ちが完全に主人公の方に移っていたために、悪役令嬢は婚約者によって悪者に仕立て上げられてしまった。


「って、明らかに諸悪の根源は婚約者がいる身で他の女に目移りした生徒会長じゃないのよ!」


 この時点で、まつりが綾野の婚約者に抱く好感度はどん底にまで落ちた。もちろんゲームの中の話であって、その好感度を現実の中にまで当て嵌めはしないが、まつりは母親が前科持ちなため、浮気をする輩には男女問わず厳しい。


「心変わりしても仕方ないのよ。だって、主人公はわたくしの目から見ても、とても魅力的なんですもの……」


 ちらちらと綾野がまつりに心配と猜疑が入り混じった視線を向けるので、まつりはにっこりと笑みを浮かべた。


「そこで私を見ないで下さる? 私、婚約者の親友に鞍替えするような最低な殿方には興味ありませんので」


 綾野は微笑むまつりに見とれ、やがて我に返って騒ぎ出した。


「晃一郎さまを悪く言わないで! まつりさんといえども許しませんわよ!」


「ごめんなさい。私が悪かったわ。あと、少しは周りを見て」


 本気で怒った綾野が肌に触れるくらい近寄ってきて怒鳴ったので、まつりは素直に謝る。そして綾野に回りの視線があることを暗に示した。


「あら、嫌だわわたくしったら……。まつりさんも、怒鳴ったりしてごめんなさい」


 突然叫んだ自分に唖然とした視線が注がれているのに気付き、顔を赤くした綾野はノートを仕舞ってそそくさと歩き出す。

 興味津々に見てくる生徒たちを一睨みして散らすと、まつりも綾野に続いた。

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