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二十七話:悪役令嬢の自白と、主人公の狼狽

 廊下に出たまつりは、にっこりと笑顔を浮かべて綾野に詰め寄る。


「ねえ、綾野」


「な、何でしょうか、まつりさん」


 花開くようなまつりの笑顔を見た綾野は、何故か盛大に顔色を引き攣らせる。あと心なしか顔色も悪い。


「綾野って、男色好きなのね」


 まつりが綾野を見つめる瞳は好奇心で怪しく輝いている。

 獲物をいたぶる猫のような目だ。


「む、昔の話ですわ」


 全力で目を逸らす綾野の頬には一筋汗が伝っている。


「へえ、今はそうじゃないと?」


 にんまりと笑うまつりの笑顔が、チェシャ猫のごとく弧を描く。


「も、もちろんですわ。男色好きなど、貴婦人にあるまじき趣味ですもの」


 口では立派なことを言っているが、綾野本人の目が泳いでいては説得力がない。

 だがまつりは敢えて指摘をせずに、次の質問を重ねた。


「そうなんだ。ふーん。ところで、男色の本って今何冊持ってるの?」


「今はこっそりお父様とお母様に内緒で青原に取り寄せてもらった作者直筆サイン入りのものが二、三冊しか……ハッ!?」


 迂闊に口を滑らせた綾野は恐る恐るまつりの様子を伺う。


「それってどっちの趣味なの? 今の綾野? それとも綾野のいう前世?」


 まつりはとても朗らかな笑顔だった。朗らか過ぎるのは逆に怖いと綾野は思った。


「前世、ですわ」


「じゃあ、今の綾野自体はそれほど好きってほどでもないと?」


 ここで頷けばまつりは矛を収めてくれるだろうかと、そんな考えが綾野の脳裏を過ぎる。

 しばしの黙考の後、綾野はその考えを打ち消した。

 一番の親友であるまつりに、綾野はこんなつまらないことで嘘をつきたくない。


「そう分けられるものではありませんわ。前世から生まれ変わってからも経験を積み続けた結果が、今のわたくしですから」


 とうとう自白した綾野は、まつりの様子を伺った。

 引かれてはいないだろうか、距離を置かれはしないだろうかと、そんな恐怖が綾野の内から湧き出てくる。

 綾野から本心を聞き出したまつりは、うって変わって澄ました顔をしている。


「まあ、趣味は人それぞれだしね。いいんじゃないかな」


「……よろしいんですの?」


 かけられた言葉に、綾野はきょとんとしてまつりを見た。


「好きなんでしょ。人の趣味にケチをつけるほど私だって子どもじゃないわ」


 大人ぶったまつりの態度に、綾野は頬を不満げに膨らませる。


「生意気なことを言いますわね。前世を入れれば、わたくしの方がまつりさんよりもはるかに年上ですのよ」


 歳相応にしか見えない綾野の態度に、まつりはくすりと笑った。からかっていた時とは違う、いつも綾野に向けるのと同じ、邪気のない笑みだ。


「その割には、綾野はずいぶんと子どもっぽいと思うけど?」


 意識してなかったのか、指摘された綾野は自分が知らず大人らしくない態度を取っていたと知ると、顔を赤くした。


「に、肉体に精神が引きずられたのですわ! 健全な精神は肉体に宿るのです!」


 もはや綾野が口にする論理はめちゃくちゃである。

 だが、今の綾野を見ると、ある意味綾野の言っていることはあながち間違いではないのかもしれない。


「そういうことにしておくわよ。……ん? じゃあ綾野が運動とか勉強とかが得意だったのって」


 苦笑したまつりは、ふと思い至って綾野を見つめる。

 綾野は観念したのか、小さくため息をついて答えた。


「ご推察の通りですわ。運動は効率的な身体の動かし方や鍛え方を初めから知っていたからですし、勉強はそれこそすでに一度習っていることですもの。いわば、カンニングしているようなものですわ」


 ずるをしている気分なのか、恥じている口ぶりの綾野はいつもの自信に満ちた態度が嘘のようにしおらしい。

 だが、綾野のそれはまつりとは違う考えだった。

 まつりは綾野の考えを否定する。


「それは違うんじゃないかしら。いくら前世があったって、習ったのは綾野の口ぶりからすると結構昔みたいだし、生かせるかどうかは今の綾野の努力次第でしょ。そして、現に綾野は文字通り持って生まれた知識を最大限に生かしている。そこには絶対、努力があったはずよ。カンニングとは違うわ」


 自分の考えを否定されたというのに、まつりの言葉を聞いた綾野の顔が赤くなった。顔を赤くした綾野は、目を丸くしてまつりを見つめている。

 やがて我に返った綾野は、取り繕うかのように赤面したまま、まくし立てる。


「それよりも、まつりさんの方こそおかしいのですわ。運動はともかく、どうして転生者のわたくしよりも勉強ができるんですの!? わたくし、こう見えても前世では五大学を卒業していたんですのよ!?」


「それはもちろん、綾野に負けたくなかったから。他で勝てない分、これだけは譲れないと思って頑張ったのよ」


 さらりと何でもないことのようにまつりは口にしているが、綾野がまつりにテストの点で勝った時のまつりの反応を鑑みると、全然そんなことはないことが伺える。


「転生者であるわたくしの立場がありませんわね」


 ため息をつく綾野だが、前世というアドバンテージがあるとはいえ、常にまつりと争い続けられる成績を維持しているというのは例え転生者であっても簡単なことではないということを、綾野本人が気付いていなかった。

 結局は、まつりも綾野も常人から見れば天才であることに変わりはないのである。



■ □ ■



 ある日、まつりは高志に放課後校舎裏に呼び出された。

 高浦高校の校舎裏は日陰になっていて、倉庫が立ち並び人気もなく陰気な雰囲気が漂っている。


「来ましたよ。何の用でしょう」


 まつりが件を尋ねても、高志は中々言い出さずに迷っている様子で、視線をしきりにあちらこちらに飛ばしている。

 仕方がないので、まつりは高志が言い出すのを待つことにした。幸い毎日分刻みで予定が組まれていた御香月家にいた頃と違い、今のまつりには余裕がある。少々下校時刻が遅れたところで困りはしない。


「あー、こんなこと俺に言われても、藤園にとっては迷惑かもしれないけど」


 ようやく決意を固めたのか、高志はしっかりとまつりに視線を合わせた。


「これから俺と付き合ってくれないか」


「いいですよ。 どこに行くんですか?」


「え!? マジ!? やったー!」


 何故か大仰に喜ぶ高志に、まつりはよく事態が理解できずに首を傾げる。


(出かける約束をしただけで、どうして新井君はこんなに喜んでるの?)


 疑問符を頭に浮かべるが、まつりに答えが分かるわけもなく。

 そもそもまつりには、それが告白だという自覚が無かった。

 父親である芳樹の影響を受けてしっかりしているように見えるので一見忘れがちだが、まつりもれっきとしたお嬢様である。恋愛に関しては少々感覚がずれているのだ。この分野に関しては、前世の記憶がある分綾野の方が鋭いかもしれない。

 うっかり好きだと言い忘れた高志が悪い。

 好きだとはっきり口にしていたら、さすがのまつりも告白だと気付いただろう。


「じゃあ、さっそく電話番号交換しないか?」


「はあ。いいですけど」


 いまいち事態を理解していないまつりは、請われるままに赤外線通信で高志と電話番号を登録し合う。


「また夜に連絡するから! 承諾してくれてありがとうな!」


(???)


 手を振って走り出す高志を同じく笑顔で手を振って見送りながらも、まつりの脳内では先ほど浮かんだ疑問符が、数を増やして飛び交っていた。


「こんなところにいましたのね。捜しましたわよ」


 高志が去ったのと入れ替わりに、綾野がまつりのもとにやってくる。

 駆け寄ってくる綾野に、まつりはすまなさそうに笑みを浮かべた。


「ああ、ごめん。待たせちゃったかな」


 綾野はどちらかというと短気な方だから、待つのが我慢できなかったのだろう。それを表に出すような性格を綾野はしていないが。


「別に、それほどではありませんわ。それより、何の用でしたの?」


 問いかけにまつりは眉を寄せる。当事者ながら、いまいち用件が何だったのか、今でもまつりには分かっていないのだ。


「それが、どこかに一緒に付き合って欲しいみたいだったから、引き受けたら喜んで帰ってしまって。綾野はあれが何だったのか分かるかしら」


 前世の記憶があると豪語するくらいだから、きっと人生経験だって自分よりは積んでいるだろう。まつりは綾野に尋ねてみた。


「現場を見てもいない、当事者でないわたくしに尋ねられても困りますわ。どういう状況でしたの?」


 帰ってきた返答はまつりが期待したものではなかったが、ほとんど事情を説明していないので仕方ない。


「うん。帰ろうとしたら、下駄箱に手紙が入ってたんだ。それが新井君からで」


 下駄箱に手紙、という時点で綾野の口角が持ち上がった。綾野の目が好奇心で輝いている。スイッチが入った証拠だ。


「へえ、手紙とは今時古風ですわね。何て書かれていましたの?」


「話したいことあるから、校舎裏に来て欲しいって。わざわざ手紙にしたためるくらいだから、きっと重要な用件なんだろうって思って、急いで行ったのよ」


 ここで綾野が「うん?」 と不思議そうに首を傾げた。華がある美少女の綾野が取ると、そんな些細なしぐさも美しく見える。


「……続けてくださいまし」


 しばらくして、眉間に皺を寄せた綾野が先を促した。何故か一転して不機嫌になっている。


「付き合ってくれって言われて、承諾したら彼ったら喜んでそのまま帰っちゃったのよ。変よね」


 あははと笑うまつりの横で、綾野は深刻な表情で考え込んでいる。


「まつりさん。それはもしかして、告白というものではありませんか?」


 綾野の指摘にまつりがぎょっとした顔をした。

 慌ててまつりが綾野に詰め寄る。


「待って! ちょっと待って! 何で告白になるの!?」


「むしろそう受け止めないまつりさんがわたくしには不思議でなりませんわ! どうみても告白ですわよ、それ!」


 話を聞いた限りでは、綾野にはどう考えても高志が手紙でまつりを屋上に呼び出して、告白をしたようにしか思えない。

 そんなつもりは全く無かったまつりは心底驚いて、挙動不審になって綾野と高志が出て行った屋上の入り口のドアを交互に見比べた。

 当たり前だが、ドアから高志が再び出てきたりはしない。でも、まつりとしては、すぐにでも飛び出て別に告白ではないのだと説明して欲しいくらい混乱している。


「告白って、普通好きですってちゃんと口にするものじゃないの!? そんなの無かったわよ!」


「きっと言い忘れたのですわ! ここ一番で失敗して伝わらないなんて、何て面白い、じゃなかった、可愛そうな人!」


「本音! 本音が漏れかけてるわよ、綾野!」


 少女二人がかしましく騒ぐ。

 まつりと綾野のような上流階級の子女であっても、色恋沙汰はもちろん興味の対象だ。恋愛に家の事情が深く絡んでくるのが、一般家庭とは違うところだが。

 一通り騒いで気持ちを落ち着かせたまつりと綾野の二人は、これからのことを話し合う。


「それで、まつりさんはどうするんですの? まさかこのまま告白を受け入れるなんて言いませんわよね」


「え? 駄目なの?」


 本気で分かっていない様子のまつりに、綾野はハァとため息をついた。


「……うっかり忘れているおばかさんにも分かるように説明して差し上げますわ。いつか杉並学院に戻るあなたが、彼と恋愛したとして、それが長続きするとお思いで?」


 目を細めて呆れたように流し目を送る綾野に、むっとしてまつりは言い返した。


「帰れるとは限らないじゃない。私は母親に勘当された身よ」


「意地でもわたくしが返して差し上げますわ。それに、まつりさんのお父様も尽力なさっているのでしょう。帰れない、ということはないと思いますわよ」


 まつりは押し黙った。

 このまま市井で生活するのなら、綾野の婚約を復活させるためにも、そして自分が背負ってきたものに対する未練を吹っ切るためにも、別に告白を受け入れても構わないとまつりは思っていたが、当の綾野本人に否定され、諭されてしまってはそう簡単に決断するわけにはいかない。

 考える時間が必要だった。

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