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ケロイド  作者: うちょん
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1/5

暁とともに

     登場人物


       甘畄(かんりゅう)迩(じ) 海埜也(みのや)

       葡(ほ)立(だち) 凖(しゅん)

       天厘(あまり) 〵(どう)煉(れん)

       燕(えん)网(もう)

       朷(ちょう)音(ね)

















人が心から恋をするのはただ一度だけである。それが初恋だ。

ブリュイエール



















 第一暁【暁とともに】













 これは、昔昔の御話。

 とある国に、凰鼎夷家というそれは大きな権力を有する家がありました。

 忍者とも違う、影武者とも違う、暗殺者としてのみ機能する者達がいた。

 凰鼎夷家にも、勿論存在していた。

 これは、そんな彼らの物語。




 「奥さま、元気な御子がお生まれになりましたね」

 「ええ、ありがとう」

 女性の腹から取り出されたのは、へその緒を切ったばかりの赤子。

 「まあ、男の子ね」

 「奥さまに似て、とても綺麗な顔立ちをされております」

 「ふふ」

 そっと顔をのぞけば、目も開けておらず、手足を必死に動かしている。

 湯につけて布で包み、まだ横になっている女性のもとに連れて行く。

 「可愛いわ」

 「ええ。とっても。きっと素敵な王子になることでしょう」

 出産の疲れからか、女性は眠ってしまった。




 「凰鼎夷家に男児が生まれたそうだ」

 「そうか」

 「どうする」

 「どうするも何も・・・。決まってるだろう。俺達分家は・・・」




 信の誕生は盛大に祝われた。

 そしてすくすくと育っていった信は、すでに九つになっていた。

 そんな時、ある城から、信の成長した姿を見たいとの申し出があった。

 しかし、その城主は足が悪く、凰鼎夷家まで来れそうにないため、出向いてくれるか、とのことだった。

 「私は一人で行けます!」

 「信様、それはさすがに無理かと」

 信の傍らには、顔の左側と首左側を大きく火傷した男がいた。

 信よりかなり背の高い彼の名は、海埜也という。

 信の代わりも出来るようにと染められた髪は、信と同じ紫色だ。

 海埜也は暗殺者として凰鼎夷家に住み、召使としても働いている若者だ。

 通称、紅頭と呼ばれる海埜也は、暗殺部隊の隊長でもある。

 歳は、信の倍くらいだろうか。

 「旦那さまも奥さまも体調を崩され、今信様に同行出来るのは私たちだけです。しっかりとお守りさせていただきます」

 「海埜也って真面目だなー」

 ほえー、と口を開けたまま感心している信。

 海埜也以外にも、勿論暗殺者がいる。

 「俺も行った方が良いかな?」

 「凖は旦那さまたちを頼む。〵煉たちは一緒に来てくれ」

 「えー、私たちもー?」

 「俺も行くの?」

 「そう言っただろう。頼んだぞ。日時は・・・」

 凖は召使のリーダーでもあり、暗殺の補助として働く。

 女性顔負けの美貌を持っており、黄土のふわっとした髪型に、綺麗な青い目をしている。

 〵煉は暗殺メインで、変装が得意な男だ。

 やんちゃな性格で一人遊びが上手で、酒は飲めると言い張るが、下戸である。

 髪は茶色ではねている。

 あといるのは、燕网と朷音である。

 この二人の説明は実にややこしい。

 燕网はもともと女で、黒の短髪に茶の目をしていて、右目には眼帯がついている。

 朷音はもともと男で、こちらも黒髪だが首あたりまでの長さがある。

 だが、もともと、と示したように、二人は性同一性障害を持っており、燕网は男、朷音は女の心を持っている。

 身体は本来の身体のままで、二人は恋人同士でもある。

 さて、ここで話を戻そう。

 信は家来を引き連れ、その城へと向かう事になった。

 「これはこれは凰鼎夷信さま。この度はご足労いただき、誠にありがとうございます」

 信を呼んだ城は、凰鼎夷家の分家。

 最近では本家を潰して乗っ取ろうなどという輩も少なくはない。

 「信様、こちらへどうぞ」

 家来たちは部屋の外で待機し、信だけが城主と顔を合わせることになった。

 他愛もない話をしていた時、部屋の外から何かの呻き声が聞こえてきた。

 「?」

 何だろうと、信は声の聞こえてきた方へと顔を向けた。

 だが、城主がすぐに笑って話した。

 「きっとネズミでもいたのでしょう。それよりも信様」

 「はい」

 すうっと開いたその男の目は、獣を狩る前の猟師のようだ。

 「・・・邪魔な凰鼎夷家の跡取りである私を、今ここで殺す気ですか」

 「ほう。御理解の早い御氏族のようで。それが分かっておられるのなら、話は早いですな」

 「どうでしょうね」

 男との歳も違えば背丈も違う。

 断然、目の前の男の方が威厳がありそうなのだが、男を見て信はにこりと微笑む。

 「なにぶん、優秀でして」

 「ほう、それはどんな・・・」

 城主の頭上から現れた影は、城主の首裏をトン、と叩いて気絶させる。

 すると、信の家来がいたはずの扉からは、城の家来たちが数十、いや、数百で押し寄せてきた。

 足元を見ると、血を流して倒れている家来を見つける。

 「信様、こちらへ」

 〵煉が口元まで覆った真っ黒の格好で信を誘導する。

 「・・・嫌だ」

 「信様!?」

 「俺の命一つ渡して済むなら、俺は渡すよ。みんな俺の為に死んでいった。俺はそれから目を背けちゃいけない」

 「大層ご立派な方だ」

 相手側の男が言った。

 信と男たちの間に立っている海埜也が、呆れたようにため息を吐いたのも分かった。

 男たちが剣を抜いて向かってこようとしたとき、燕网が煙幕をばらまいた。

 その隙に、信を連れて逃げた。

 「海埜也が怒ってる」

 「・・・・・・」

 「〵煉、怖いんだけど。俺が謝った方が良いの?やっぱ謝るべきか?」

 「俺も怒ってる海埜也には近づきたくない」

 無事に家まで帰ると、たった数人だけ生き残った家来に、両親は苦い顔をした。

 やはり分家が反乱を起こそうとしているようだ。

 凖はにこりと微笑みながら、信の様子を見てきます、と屋根裏部屋へ向かった。

 海埜也たちは大体ここにいる。

 「海埜也、機嫌が悪いって聞いたけど?」

 「・・・・・・俺はいつもこんな感じだ」

 「あー、そういうこと言う?燕网も朷音も言ってたよ。すっごく機嫌悪いって。近づけないって」

 「・・・・・・」

 きっと、海埜也の怒っている理由は、ただひとつ、信のことだろう。

 「天厘から聞いたよ。信様のこと。まあ、怒る理由も分からないではないけどさ」

 「・・・怒ってない」

 「だから怒ってるように見えるんだって。実際まだ怒ってるんでしょ?」

 「・・・・・・」

 海埜也は黙って窓の方へと歩いて行く。

 その後ろ姿を見ているだけで、怒っていることは明白だった。

 そしてきっと海埜也は苛々をなんとか押さえこもうとしているのも分かった。

 「まあ、立場が立場だからね。対等に話は出来ないにしても、理由くらい言ってあげてもいいと思うよ」

 「・・・・・・」

 パタン、と扉が閉められたかと思うと、続いて信と一緒に〵煉が現れた。

 おずおずと海埜也の様子を窺っている信は、まるで小さな子供のようだ。

 「ほら」

 「・・・海、海埜也、ごめん」

 「・・・・・・」

 「信様がこう仰ってるぜー?」

 〵煉は苦い顔をして後頭部をポリポリかいている。

 「一緒に飯食おう!な!」

 「・・・・・・」

 信の言葉にもしばらく返答しなかった海埜也に、舌打ちをしたのは〵煉だった。

 足元に転がっていた本を持ちあげ、海埜也に向かって投げつけた。

 それには隣にいた信は目をぱちくりさせる。

 「てめぇも男ならしゃんとしろよ。こうやって面と向かって話にきたんだから、それに応えるのもてめぇの役目だろ!?甘ったれんじゃねえぞ!」

 「・・・・・・」

 〵煉が部屋から出て行って、信と二人きりになった。

 静まった部屋に、窓から零れる陽が差し込む。

 ゆっくりと信の方を見た海埜也。

 そして正面に立つと、信は思わずゴクリと唾を飲む。

 「考えが間違ってるとは言わない。だが、俺達はあなたを守ること。あなたが命を張りたいと仰っても、それを受け入れることはできません。それは御理解いただきたい」

 「・・・ん。それはさっきも言われた。ごめん。気をつける」

 しゅん、となった信だったが、その日以来、しょっちゅう屋根裏部屋に来るようになった。

 「ん・・・燕网、愛してる」

 「はぁ・・・朷音、僕もだよ。もっと・・・力抜いて」

 「お前等、紛らわしいからマッサージなら他所でやれ」

 「ああ・・・気持ち良いっ・・・」

 「あああああ!集中できねえっ!!!」

 頭をがりがりとかいて、〵煉は部屋から飛び出た。

 そして召使の仕事をしていた海埜也と凖のもとに向かった。

 「あの二人と同じ部屋でこうも長い期間一緒にいるのはきつい!苛々してきた!」

 「今に始まったことじゃないだろ」

 冷静に海埜也に返されると、〵廉はしょぼんとしてしまう。

 そんな二人のやりとりを見て、凖はクスクスと笑っている。

 「たのしいなぁ、まったく」




 信が十三になったころのこと。

 「あいつら、今度は狙いを変えたか!」

 「あなた、どうするの?」

 「・・・・・・旦那様、奥様」

 「凖」

 「何よりも守るべきは、お二人と信様の御命です」



 凰鼎夷家に再び送られてきた文。

 そこには、信ではなく、凰鼎夷家の暗殺部隊を引き渡せと書いてあった。

 「しかもここに、名指しで書いてあるんだ。『紅頭は必ず』ってね」

 「じゃあ、凵畄迩と俺で行くか」

 「天厘なら向こうも文句はないだろうね。けど、信様の護衛はどうするんだ?」

 「それならー、僕と朷音で充分でしょ?凖もいることだし」

 燕网と朷音は、いつも通り二人一緒にいた。

 そして凖はこのことを信の両親に説明し、海埜也と〵煉はそのための準備を始めた。

 引き渡しまでの日取りは三日。

 その間に五人は城までの道のりの確認、相手の戦力や動きなどの確認を行った。



 ―当日

 「では、行って参ります」

 「本当にあなたたち二人だけでいいの?」

 心配そうに見守る信の母親に、海埜也たちは黙って頷いた。

 そして城に背を向けて歩き出した。

 二人が時間までに城に来なければ、凰鼎夷家の古井戸に毒を盛り、きっと名立たる暗殺者たちが来るだろう。

 「旦那様、奥様、そろそろ中へ」

 凖にそう言われ、二人は城の中へと戻って行った。

 「おい、凵畄迩。あれ」

 「・・・・・・」




 城がようやく目の前に見えてきた。

 「やっと着いた」

 「じゃ、さっさと顔でも見せに行くか」

 預かっていた文を門番に渡すと、中にまで案内された。

 凰鼎夷家と比べてしまうと、きっと貧相な質素な建物だろうが、充分立派なものだ。

 そして案内された部屋に入ると、そこにはこちらに背を向けた男が一人立っていた。

 「凰鼎夷家から参りました。暗殺部隊隊長紅頭こと凵畄迩海埜也と」

 「同じく凰鼎夷家から参りました、暗殺部隊の天厘〵煉でーす」

 「よくぞいらっしゃった。さて、来ていただいて早々申し訳ないが・・・」

 ガタン・・・

 あたりに、きっと服装からして忍者と思われる団体が現れた。

 「死んでもらおうか」

 「だと思ったぜ」

 「今ごろ凰鼎夷家にも刺客が向かっている。きっとみな仲良くあの世に逝っていることだろう」



 「やっぱりそういうことか」

 「もー、折角燕网とらぶらぶ出来ると思ってたのに」

 「朷音、これを片づければまた一緒にいられるよ」

 「二人とも、そのやりとり、後にしてもらえる?あの二人がいない今、ちょっとヤバいんだからさ」

 男の言っていた通り、凰鼎夷家には刺客が向けられていた。

 城に侵入されまいと、なんとか手前で喰いとめてはいるが、それでもやはり数が多い。

 「俺は補助だってのに」

 城の者はほとんど地下室へと避難させ、戦える者たちはなるべく戦う様にしていた。

 だが、こんなときに思い知らされる。

 海埜也や〵煉はやはり要とも言える存在であることを。

 「朷音、そっちよろしく」

 「わかってる。任せて」

 本当、普段は変態のようなことを言い合っているこの二人でさえも、今の状況では頼もしく感じてしまう。

 「にしても、多いな」

 毒のついた何かを掠りでもしたら、それこそ自分が終わってしまう。

 だが、この人数相手に、ほぼ召使として働いてきた自分がここで役に立てるかと聞かれれば、それは皆無。

 「凖ちゃん危ない!」

 朷音に名を呼ばれて振り返った瞬間、目の前にはもう敵がいた。

 正直、もうここで終わるんだと思っていただろう。

 「あれ?」

 死ぬ覚悟がなかったのかと問われると、そういうわけでも無かっただろう。

 「なんでここにいるわけ?」




 「はあっ・・・はあっ・・・」

 何とか城から逃げ出してきた二人。

 「へへへ。毒霧入りの爆薬、余分に作っておいて良かったー」

 「そ、そんなもの作ってたのか」

 「あったり前だろ?俺達はそうやって生きてきたんだよ」

 「あっちは大丈夫か?」

 「ああ?あいつらなら平気だろ。葡立も腕は鈍ってるかもしれねーけど、まあ、大丈夫だろ」

 「なんか心配になってきた」

 「それより、俺後で怒られるんだろーな」

 「なんで?」

 「なんでってお前・・・」

 はあ、と身体中の酸素を出すように、大きなため息をすると、〵廉はもう一人の男の額をデコピンした。

 「こんな危ない目にお前を合わせて、お叱りがないわけがないだろ!信!ったく、急に俺達の前に現れて、『俺も連れて行け!』 なんてよぉ・・・」

 トホホ、と〵煉は額に手を置いて自嘲気味に笑う。

 山に逃げ込んだ二人は、川沿いの影に隠れるのだった。

 追手たちが次々にやってくるが、なんとかうまく切り抜けられた。

 「あのさ、〵煉」

 「なんだ?」

 「海埜也の火傷の痕って何?」

 「・・・・・・それ、今聞くわけ?」

 表情から察するに、きっと〵煉は海埜也の昔のことを知っているのだろう。

 以前、凖にも聞いてみたことがあったが、その時は笑って誤魔化されてしまった。

 「こんな時でもないと、話してくれないだろ、お前等」

 少し悲しそうな、そんな表情の信に、〵煉は頭をかく。

 「言うなよ?」

 「もちろん」




 凵畄迩海埜也は、両親と死別していた。

 そこを、今の信の親である凰鼎夷家城主に拾われたのだ。

 そして、すでに幼いながらに召使として雇われていた凖と出会った。

 「暗殺、部隊・・・」

 「そう。表から見ると綺麗に見えるこの城にも、影ながら守っているそういう存在があるってこと」

 だが、さすがに暗殺をしたいという者はそうそうおらず、凰鼎夷家の闇の力もここまでか、とまで言われていた。

 そんな時、海埜也は暗殺部隊に入りたいと志願した。


 「え!?海埜也って、志願したのか!?」

 「そ。まあ、まだ若くて成長出来るっていう期待もあっただろうし、もともと動きも機敏で仕事も早かったからな」

 「そんな感じする」

 うんうん、と信が頷いていると、〵煉も「だよな」と言う。

 「俺達みたいなのって、金さえ積めば動くって思われてるとこがあるし、そう思ってる奴が多い。けど、俺達は決して、金だけじゃ動かない時がある。それは、忠誠を誓った人の下にいるときだ」

 「忠誠を誓う?」

 「ああ。だからこそ力を発揮するってもんだ」

 「じゃあ、俺の父さんに忠誠を誓ってるってことか?」

 信は頭に?をいっぱいつけながら首を傾げた。

 それを見てククク、と声を堪えていると、信はまた眉間にシワを寄せる。

 「俺達を拾っただけじゃなく、見守って、生きる術や意味をくれたお方だ。だから俺達は決して凰鼎夷家を裏切らないし、絶対に守る」

 「で、火傷は?」

 「ああ」



 海埜也が暗殺部隊に入ると、すぐに頭角を見せた。

 無口だが、仕事は確実で早い。

 そんなある日、信をお腹に宿した女性、つまりは王妃が散歩に行くと言いだした。

 「奥さま、私もお供いたします」

 「たかが散歩よ。一人でも平気よ」

 「なりません。散歩といえども、何が起こるかわかりませんから」

 「まったく、心配症ね」

 王子をお腹に、王妃はたった一人の召使いだけを連れて、散歩へと出かけた。




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