パズル
注:文中の英語が、本当に外国のお客様に通じているかどうかはわかりません(本当に小学生レベルですすみません)。
日本に来て3年経つが、まだ日本語は上手く話せない。
聞けばなんとか理解は出来るが、それを言葉にすることが出来ないから、どうにももどかしい。
日本人は親切だけど、英語を話せる人は意外と少ないのだと知った。
カタコトの英語で説明してくれるけど、僕に通じていないことがわかると、諦めるのも早かった。
会社はほとんどが英語でのやりとりで、日本語を話す必要がない。日本語を勉強する機会もない僕は、当然ながら日本女性との出会いもなく、このまま歳をとっていくのかと思うと、少し寂しかった。
そんなある日のこと。
僕は振込用紙を持って、会社の近くのコンビニに向かった。
どれをどの状態で持って行っていいかわからなかったけど、切り取り線で切って持っていけば、あとは店員がなんとかしてくれるだろう。だって日本人は、英語が話せなくても親切だから。
ガス代と、電気代と、水道代と、電話代、あと通販で買い物したからその振込も。
コンビニは、結構長い行列が出来ていた。急いでいないから不満はなかったけど、本当に日本人は並ぶのが好きなんだなと、この3年間でしみじみ思った。
「お次でお待ちのお客様、こちらのレジへどうぞ」
向こうのレジの店員さんが手を上げて、僕を呼んだ。
第一印象は、すごく笑顔が可愛いということ。僕より少し年上のように見えるその女性は、長い黒髪を後ろで結い、薄化粧で、少し早口で僕に「いらっしゃいませ」と言った。
僕は振込をしたことがない。いつも友達に頼んでしまっていたから、こういう時になんと言っていいのかわからなかった。
あーとかうーとか言いながら、細々と振込用紙をカウンターに並べる。
「お振込みですね」
女性は嫌な顔もせずに、僕の出したしわくちゃの振込用紙を受け取り、ちょっと考えてから組み合わせだした。
そして少し困った顔を僕に向けて、ジェスチャーを交えながらゆっくり喋った。
「これで全部、ですか?」
「これ、これ、これ、これ、これ。5個ね」
すると女性は、振込用紙を縦に並べ始めた。何が始まったのかわからない。しかし、組み立てていくうちに、穴の空いたパズルのようになっていく振込用紙を見て、僕は不思議に思った。
彼女はゆっくりとした英語と両手のジェスチャーで、僕の表情を見ながら説明を始めた。
一番大きな紙に描かれたバーコードを指差して言う。
「This barcode…」
おもむろにバーコードスキャナを手に取り、バーコードに当てる。
買い物をする時と同じ、ピッと音がした。
彼女は、僕に向いたレジの画面を指差す。
「This one…」
僕の様子を伺いながら、たどたどしく話す。彼女の英語は、完璧ではないけれど、ちゃんと僕に通じているし、カタコトの英語を理解することは、この3年で習得したから、僕は彼女を安心させるように笑ってみせた。
すると彼女は、首をひねり少し戸惑った様子で、思い出すようにしながら、話を続けた。
「You have pay…えーと…this amount」
彼女の指は、「1枚」と「3,968円」を指している。漢字はわからないが、金額が振込用紙と同じものを指していることがわかった。物を買う時と同じように、振込もバーコードがないとお金を払えないのだ。なるほどと思い、僕はOKを連発した。
そこで、ふとカウンターに並ぶ振込用紙を見た。彼女が用紙を縦に並べた意味がわかった。バーコードの用紙が欠けている部分がある。切り取り線を全部切ってしまったせいで、持ってくるのを忘れてしまったのだ。
「oh…」
思わずこぼれた僕のためいきに、彼女も僕が察したと気付いたのか、くすっと笑って、バーコードのない振込用紙を僕に返した。
ということは、バーコードがあれば支払いが出来るのだろうか。
すると彼女はこれにも首を振った。
バーコードの用紙と真ん中の用紙を指差す。
「This and this is keep…in this store」
そう言いながら、その2枚を持って胸に抱える。お店で保管するということか?そういえば、友達はいつも振込をしたあとで、判子の押された細長い紙だけを僕に返してくれる。それ以外はお店に預けているということだ。
そのとおり、彼女は一番右端の紙を指差して説明した。
「This is evidence you paid. You have to have this…」
ここで口ごもった。適切と思われる単語が出てこないのだろう。でも指を差してくれているから、言いたいことはわかる。
つまり、振込をするためには、この3枚が揃っていないといけないということだ。僕は全部を切り取ってしまったために、すべての振込用紙の何かが欠けた状態で持ってきてしまったらしい。
しかしお陰で、振込の仕方がわかった。子供のような英語で一生懸命に接してくれた彼女に、心から感謝する。
僕は、今ほど日本語がしゃべれないことを後悔したことはない。君のお陰で、払うべきお金を処理することが出来そうだ。一度家に帰って必要な分を揃えてくるから、待ってて欲しい!
僕は嬉しさのあまりに、彼女を気遣うことも出来ずに、英語でまくしたてた。きっと僕の言葉は彼女には伝わっていないだろう。だから僕は最後に、絶対伝わる言葉を残した。
「Thank you!」
すると彼女も、店員の顔に戻って、満面の笑みで言った。
「Thank you!」
帰宅するやいなや、僕はものすごい勢いで家中の書類を引っ張り出した。お金に関する書類は、無くさないようにまとめてある。
細かくちぎられた紙を全部出して、さっき彼女がやったように組み合わせてみる。日本語を読むことが出来ないから、色や金額で判断するしかない。かなり根気のいる作業だが、それらしい組み合わせのものを見つけて、僕はそれをポケットにねじ込む。
急いでお店に行こう。きっとまだ彼女はお店にいる。支払いが無事に済んだら、お礼を兼ねて彼女をディナーに誘おう。そして僕は英語を、彼女からは日本語を教えてもらう関係を築きたい。
すっかり暗くなって、肌寒くなってきたが、僕の体は火照ったままだった。