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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第一章 『ネガティブハッピー・バイオレットエッジ』
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7

 意識が覚醒する瞬間は不思議だ。不思議すぎて考察が難しい。それまで手放してた自分が突然戻ってくる。そのことに多少の違和感は拭えない。いわゆる、目に見えないスイッチを外部から押される感覚。こうやって人は起動していく。


 ところで、起動とは言いえて妙。なぜなら、覚醒前の記憶が存在してないのを揶揄するみたいだから。これは起動前のコンピュータを想起すれば分かりやすい。どう見てもコンピュータに連続性などなく。いちいち起動して覚醒する感じだ。でも、それは人だって同じかもしれない。睡眠という行為が存在する限り。誰だって、ずっと意識を保つことは出来ない。自分の意識を手放し続けてる。その上で、自分の意識を取り戻し続けてもいる。断絶して復活を繰り返す。


 さて、ここで思うことが一つ。仮に睡眠という行為が存在しなかったらと。だとすれば、自分の意識は確実に繋がっていく。なるほど心強い。間違いなく安心だ。いつだって自分を保ち続けられる。全くもって自分は自分で揺るぎない。なのに、なぜか蛇が鎌首をもたげるように不安は募っていく。本当にそうなのか。それが正しいのか。そう考えると、今度は自分でない。自分以外が気になってくる。たとえば、この世界は自分の記憶通りに存在してるのか。自分の見ているもの。自分の見ているもの以外。ここに隔たりはないのか。他人と同じように見えてるのか。他にもたくさん気にかかる。だから、自分の不確かさが解消しても心許ないかもしれない。今度は世界の不確かさが気にかかっていく。現実も夢と変わらずに不確かさで満ちたまま。不確かであり不安の根源。本当に不安というのは自由自在に伸縮できるマトリョーシカみたいなもの。それをパッと取り払っても新しいのが出てくる。


「あ、あの」

「ぬはあっ」


 おもわず、飛び上がって対応してしまう。まさしく超反応。これなら格ゲーのコンボも難なく繰り出せる。いや、単に警戒心の強い小動物か。そっちの方が正しい。とりあえず、旧態依然としたリアクションを取るべきだった。などと深く反省する。オリジナリティには富んでたが。


 ともあれ、これもいきなり肩を叩かれたせい。間違いなく。僕はいつもと違う環境に弱い。普段は目覚まし時計を三つ常備させて起床。つまり、音で起きるのが日常だ。身体の接触では起きない。


「いや、待てよ」


 そもそも、どうしてこの場所で寝てたか。ここは外。学校の屋上。給水タンクの横。小さな一人分のスペース。少しずつ記憶を辿っていく。すると、ぼんやりしていた頭がやっと覚醒。全てを思い出す。


「ああ、そうか」


 時計を見て確認。四時半。意外と寝てない。正味二十分くらい。それにしては深い眠りだった。


 とりあえず、僕は起こしてくれた人をじっと見る。相手は予想通り女の子。ただ、びっくりするくらいの美少女だ。それも類いまれや規格外と形容していいレベル。アイドルのくくりに収めるのとも違う美しさ。かわいいではなく、きれいに分類されるタイプ。ここは断言できた。


 女の子の容姿は目鼻立ちがしっかりして彫も深い。とくに瞳が印象的。普通の人とは輝きが違う。もう、今にも吸い込まれそうな瞳。その深く澄んだ蒼い瞳が圧倒的な絶対性を際立たせてる。


 ただ、そんな彼女にも留意すべき不思議なポイントがある。それは大人っぽくって幼く見えること。絶対的な美しさと比べても多少の違和感を抱く。そこだけはなんだかアンバランスだ。原因は古風極まりない尼そぎの髪型か。それとも、制服を着こなしてないせいか。


「えっと、君が起こしてくれたの?」


 僕が緊張しながら話しかける。女の子は深く頷く。こくこくと。


「君が給水タンクの横にポストイットを貼ったんだね」


 同じようにこくこくと頷く。


「僕と君はたくさんのやり取りをこなした」


 こくこく。こくこく。本当の小動物みたいだ。リスか何かである。


「なんで君は話さないの?」


 こくこく。こくこく。若干、震えてる。その動作はイエス以外でどんな意味があるのか。考えても分からない。考えるだけ無駄だと思う。


「「……」」


 こうして、僕たちはしばらく沈黙。二人の間に言葉はない。お互いの挙措を探ってるだけ。でも、女の子の動作が機敏になっていく。まずは、徽章付近の内ポケットからポストイットとペンを取り出す。そして、手慣れた様子で文字を記入。スムーズで流れるような早業。分かったのは左利きなことくらい。書き終えたポストイットはもちろん渡してくる。視線で読むように促すのも忘れない。


「えっと、私は一切しゃべらないことをモットーとしています。それは私の口が永久封鎖機関であるからです。私が口を開くたびに世界は破滅へ向かいかねません。ってなんだこれは」


 その内容を読めば、驚愕の事実が記されていた。


「いやいやいや。一瞬だけそんな設定でもいいかと思ったけど。でも、やっぱりそれはないぜ。これは間違いなく嘘だよね。しかも、針千本飲まされるレベルの嘘。だいたい君はさ、寝ている人を起こす時に何のためらいなく声かけてたし」


 僕がツッコミまがいの非難をする。女の子はかぶりを振って頭を下げた。


「ごめんなさい。ただの嘘でした。何か面白いことを言わなくてはいけない――もとい、この場合は書かなくてはいけないですが。でも、芸人のフリに近い期待を込めた視線を投げかけられましたので」

「いや、そんなフリは一つもしてないからね。勘違いだと思うよ」

「そうですか。つまり、早とちりなんですね」


 女の子が申し訳なさそうに頭をかく。本当に変わってるタイプだ。その不思議さえも魅力的である。


「でも、仕方がなかったのです。私はいつも人としゃべりません。なので、ものすごく緊張してました」


 彼女は涙目で見上げて言う。ドキリとするしぐさだ。


「もちろん今だってそうです。私は間違いなくテンパってます。ややもすれば、あなたの手を取って爆発寸前の心臓へ持っていきそうで。本当に心配になるくらいです」

「うん。それはテンパってるよ。良くない傾向だ。どうしてそういう思考回路になるかは分からない」

「私にも分かりません。ただ、そうすべきだと勝手に思ってるのです。プログラムされてるように。だから、分からないなりに困惑しています」


その様子は間違いなく困惑してるように見えた。まるで迷子になった小さな女の子みたいに。所在なく途方に暮れている。そんな感じだ。


「おもえば、私がこの場所へ来た時もそうでした。気がついたら、ここへ辿り着いてたのです。これはもう一人の私が私自身をリモートコントロールしたかのようです。私は困惑しても仕方がないと思います」 


 その話は全く要領がつかめない。ただ、彼女の不思議な考えの神髄に触れてるような気がした。などと僕が思ってたら、声のトーンを落として話題を変える。


「あのー、ところであなたは、自分の額に貼られたポストイットにいつ気づくのですか?」

「え? どういうこと?」


 慌てて額に手を当てる。もちろん、ペリッと音がした。それは残酷なくらいに間抜けな音。どうも、たちの悪いジョークではないらしい。現実とはかくも厳しいものか。想定外のことが度々起こってくる。しかも、政治家みたいに状況を回避できるわけではない。


 つまり、額に紙を張りつけて女の子の話を聞いていた。この事実があるだけだ。なんという間抜けなことか。アホ面もここに極まれりである。それにしても、こんなイタズラが仕掛けられていたとは。違和感は少しも感じなかった。


「うふふふ」


 女の子は女の子で上品な笑いを漏らしている。人を魅了する笑顔。ただ、笑うと幼さが極端に目立つ。やはり、アンバランスだった。


「あなたの反応が面白かったです」

「あー、それは良かったね」


 やさぐれた気分で対応しておく。


「特にですね、糊をペリッとはがす瞬間。これが最高でした」


 そして、また笑う。僕は異常に悔しかったので難癖をつけることにした。肝っ玉が小さいのは自覚。でも、とびっきり可愛い女の子に難癖をつけたくなる気分は普通だと思う。これもコミュニケーションのうちの一つだ。


「あのさ、君」

「なんですか?」

「あれではイタズラとして満点を上げられないぜ」

「えっ? 満点?」


 その言葉を聞いて、女の子は急に怯えだした。


「そうだ。満点じゃない。イタズラをするなら、もっと完璧に任務を遂行してほしい。最後まで抜かりなくね。これは芸人のフリを察知するよりもはるかに大切さ。こういう大切なことはね、それこそ当たり前のようにこなさなくてはいけない」


 僕が力説すると、女の子は元気を失ったようにしゅんとしていく。それが異常なくらいに可愛い。しょんぼりかわいい。などというジャンルに目覚めてしまいそうだ。


「あ、あの、ごめんなさい」

「謝ってもダメだよ。正統なイタズラも出来ない君には謝る資格がないんだ」


 悪乗りは止まらない。それくらいテンションが上がりきっていた。


「あう」

「イタズラにもしきたりがあることを分かってほしいな」


 もちろん、イタズラにしきたりなど存在しない。存在したらたまったもんじゃない。なのに、女の子は潔く頭を下げてくる。


「本当にすいませんでした。こちらの全面的な非を認めます。私は人付き合いが苦手なので、相手の機微を読み取ることが上手くできません。それが原因なんでしょう。今回の不始末にはご寛容な処置を賜りますようお願いします。だからですね、どんな罰でも甘んじて受けますよ。罪は罪ですので。それに相手から痛いことをされるのも愛情表現になりますよね。大丈夫、大丈夫です」

「…………」


 コントの続きか。そんなふうに思った。でも、印象は違う。女の子の表情は本気を物語っている。嘘なら相当の演技だ。女の子はチーターに追い詰められたかのような表情。明らかに草食動物のガゼル。さらに、上目づかいでこちらを窺う。かなりびくびくと。僕は少し調子に乗りすぎたかもしれない。いや、間違いなく調子に乗ってた。


「えっと、うん。大丈夫」


 僕は必死に言い募る。


「大丈夫で大丈夫だから。気にしないで。マイペンライ」


 最近覚えたタイ語が出てきた。仕方がない。


「な、なにが大丈夫なのですか?」

「それはそこまで深刻な状況でないってこと。単に悪乗りがすぎただけだよ。こっちこそごめん。やりすぎた」


 僕が謝れば、女の子の表情はすぐに明るくなった。やれやれ。これで一件落着だ。


「そういえばさ、まだ名前聞いてなかったよね。僕は篠原千之。君が三波さんというのは分かってるよ」

「あの、接尾のさんはつけなくても構いません。普通に三波と呼んでください。お願いします。後、フルネームは樋口三波です」

「そっか。分かった。それと君――いや、三波は新入生だよね。間違っていたらかなり失礼なんだけどさ。でも、そうじゃないと辻褄が合わないんだ」


 とにかく、ここまでの美少女で記憶にないのはありえない。見かけていたら必ず印象に残るはず。それくらい強烈なオーラを放つ。後、敬語を使ってるところからも推測。


「その制服も全然着慣れてない感じだし。一年生?」

「……えっと。あの、私は一年です」


 やはり新入生。後輩だ。


「ところで千之先輩」

「ええっ!」

「今の呼び方はまずかったでしょうか」

「いや、まずくはないよ。むしろ、奨励したいくらい。ただ、照れくさいというか」


 僕は特定の委員会や部活に所属してない。だから、先輩と呼んでくれる知り合いは皆無。女の子に先輩と呼ばれるのはぐっとくるものがある。


「なんとなく面映ゆいな」

「そうですか。でも、千之先輩。それではダメですよ。そこには照れくさいや面映ゆいも全く関係ありません。千之先輩は千之先輩。私にとっては千之先輩そのものなのです。つまり、千之先輩が千之先輩という存在を否定されますと、瞬く間に天地が大爆発します。ドカドカドカドカドカーンと」

「なんで世界が破滅の方向に進むんだよ。効果音にやる気がないのはともかくとして」


 それよりもまさかの先輩責めだった。


「だいたいですね、千之先輩は千之先輩と呼ばれるのを負担に思いすぎです。それがいけません。何か解決方法があるといいのですが」

「解決方法か。そんなのあるかな」


 こういうのは慣れるしかないと思う。慣れる以外に方法はない。そして、それは身を持って体験してきたこと。昔、翠にマクと呼ばれた頃も同じだ。最初は違和感しか抱いてない。慣れるまでは苦労した。


「あ」


 と、三波はいきなり柏手を打つ。


「どうしたのさ」

「驚かせてすいません。でも、いい案を思いつきました。聞いてください千之先輩。いいですか?」


 三波が確認を取ってくるので、僕は深く頷く。


「あの、いっそのこと、私を三波後輩と呼べばいいのでは? これでおあいこになります」


 それは建設的な案かもしれない。


「三波後輩か。本当にいい案だな」


 先輩と後輩。それだけだ。なのに、同じステージにいるような感覚。


「では、試しに呼んでみてください」

「オーケー。分かった」


 僕は三波に目配せして言う。


「よう、三波後輩」

「お久しぶりです。千之先輩」


 たしかにいい感じである。これなら上手く馴染めそうだ。

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