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すでに、人はだいぶ集まってた。グラウンドは人だかり。開け放った窓から、聞こえるざわめき。私はそれを横目にしながら駆け足。今度こそ本当の逆走だ。みんなが下へ行くのに、私は上へ。とにかく上。生徒会室は一番高い階。ここまで来ると、一年の時を思い出す。その頃は毎日のように上ってた。これでスタイルが改善するのではないか。そんなふうに考えるほど。最初はかなりきつかったはず。今の半分でも呼吸が早くなるし。心臓だってバクバクだ。私の思い通りに行かない心音。どうしてくれるか。これから、私かマクが重要なことをいうかもしれないのに。せめて、その前くらいは平常心でいたい。
「やっと着いた」
私は部屋の前で深呼吸。その後に、軽くノックして扉を開ける。
「あれ?」
入ってすぐ。見えたのは律くんだけ。マクがいない。どこへ行ったんだろうか。もしかして着替えた? その可能性は大いにある。
「ああ、鮫島先輩。用事はお済みになったんですか」
「うん。終わったけど」
続けてマクのことを聞いてみる。と、同時に視線を巡らす。いた。奥のソファーで寝てる。体を縮こませてくるから分かりにくい。
「この通りですね。僕とお話をしてすぐでした。ちなみに、僕は忘れ物があって取りに来たのですが」
「うん。それでで?」
私は律くんの話を急かす。
「はい。そして、そのあいだが約一分くらいでした。つまり、ばたんきゅーなんですね」
話しながら、グラウンドが一望できる場所へ。ここも屋上と同じ。階下だけでない。遠くまで広い景色が見渡せる。ふいに、一望千里という言葉が思い浮かんだ。
「おそらく、文化祭が終わったことで、安心感が芽生えたのでないでしょうか。ここずっと、神経が高ぶってて眠れなかった。なんて自分で言ってましたし。どうやら、相当疲れてたみたいですね。看板作成のお話しも聞きました」
「あー。うん。そうだよね」
マクのテンションの高さ。そういうのも加味すると正しい。あれがマクに取っては徹夜明けのノリ。結構、私をいじってたような。結局、自分だけ楽しんでお休みか。いい身分だと思う。
「にしても、篠原先輩はいいご身分で」
なんと。律くんも私と同じことを考えてたみたい。
「僕の好きな二人の先輩にものすごく好かれてて」
「ふ、二人?」
「二人ですよ。鮫島先輩は僕に言われたことを忘れてるんですか?」
「あ、いや。そんなつもりはなかったけど。どうにも本気とは思えなくて」
「いえいえ。好きな気持ちは変わらないですよ。その感情を踊って表現してもいいですし。まあ、こんなことは誰かがどこかでやってると思いますが」
「えー。そんな奇特な人はいないって。やってたら変わった人だし」
「今のはあれですか? 暗に僕のことを変わった人扱いしましたね」
「ばれたか。あはは」
私は笑う。律くんもつられたように同じく。
「てか、律くん。それはだめだよ。前も言ったと思うけど」
「そうですか。じゃあ、僕は篠原先輩でも狙いますか。そうすれば、丸く収まりますね」
「そんなことはないから」
冗談も甚だしい。私はソッチ系に全く興味がない。想像することすら拒否だ。怖い怖い。
「さて、そろそろ僕は行かないと。遅れてしまいます」
外を見る。雑然と集まるたくさんの人。あそこにいるほとんどがうちの生徒。この様子であれば、そろそろ始まりそうだ。
「ちょうどいいじゃない。律くん。主役は遅れていくんだから。そうすれば、さらに注目を浴びるしね」
「たしかにそうですね。では、ごゆっくり」
と、言われても困る。すでにくつろぎモード。マクに至っては意識を手放してる。
律くんがドア先で急に振り向く。そして、こっちへ戻ってきた。また、忘れ物だろうか。だとしたら、相当な抜かり具合。単に緊張してるかもしれない。これからする一仕事に。いや、そんなタイプではなかったな。なんて考えを改める。
「えっと、鮫島先輩」
「なに? どうしたのさ? また戻ってきて」
「ははは。そうですね。でも、鮫島先輩からお願いを聞いてませんでした」
「あれ? そうだったっけ?」
そんなはずはないと思う。だって、律くんは自分自身が何をするか理解。つじつまが合わない発言だった。
「まあ、厳密には違うんですけどね。電話越しで聞きましたから。なので、面を向かっていってください。いいですね」
「うん。分かった」
これは律くんのこだわりみたいなもの。ある意味、験担ぎといってもいい。何を担いでいるかは分からないけど。たた、そんな雰囲気は感じ取った。
「じゃあ、律くん。私は律くんにお願いする。君は君の中で一番好きな人に告白。君ができるすべての感情をぶつけてね。これはあそこでやらなくてもいいの。二人っきりの時でもいい。そこは律くんに任せるから。いい?」
律くんは黙ってる。精神を集中させてるみたいだ。
「律くん?」
「あ、はい。分かりました。これで大丈夫。てか、よくよく考えたらあれですね。鮫島先輩に言われる筋合いはなかったです」
「うわー」
あんまりな言葉に私は驚く。
「なぜなら、鮫島先輩はそうじゃないでしょ。あまり説得力が感じられません」
「うっ、ほんとだあ」
我ながらひどい。がっくりと肩を落とす。どっと疲れが来たような気がした。
「まあ、それでも決心はつきましたね。後は踊ってなんぼですよ。では、今度こそまた。楽しみにしててください」
「はーい。じゃあね」
律くんが駆け足で去っていく。本当に時間が差し迫ってた。実は、さっきまでの私もそうだったけど。今の状況は全然が違う。グラウンドの様子がすべて見える場所。マク以外誰もいない生徒会室。しかも、当の本人は眠ってる。おかげで、時間の流れが急に変わった。このまま溶けてしまいそうなくらい穏やかに。私は何をすればいいんだろう。ふと思った。
とりあえず、マクの近くへ。マクは、私がソファーに座ると寝返り。寝苦しそうにむずがった。
「マクのやつめ」
しかし、私の決意は風前の灯。二年半前に誓った想い。すでに効力はなくなってきた。だって、私が得体の知れない敵を相手にして戦う必要もなく。童話みたいなお姫様でいられる。マクが変わったから。無論、童話でなくてもいい。ささいな日常におけるお姫様。ほんの少しだけでずいぶん違う。
「あ」
ふと思う。結局、マクは自分自身で救ったと。昔のしがらみにケリをつけて。それが文化祭が終わったことによって完成。重石が取れた。けじめはつけたと思う。
にしても、その瞬間の格好がお姫様のコスプレ。救われるのはお姫様か。いつだってそういうふうにできている。なぜだろう。たかが偶然の符号なのに。
「ひゃあ」
いきなりだった。マクが座ってた私を枕に。膝の上へ軟着陸。こうして、チャイナドレスで膝枕。相性最悪のような。スリット部分がちょっと不安。具体的にどうなるか。その想像がつかない。
「てか、狸寝入りかよ」
「いや、半分くらいは寝てたし」
素早いレスポンス。しかも、半分寝てたとか。そんなことはありえない。
「なんていうかね、寝てても意識がある状態。なんとなく分かるよね。翠」
「う、うん」
「でも、何かが足りないんだよ。そう、枕。枕がないと。これも普段から枕にこだわりすぎたせいだ」
その通り。マクは枕にこだわりがありすぎ。というか、いろいろなアイテムに拘泥する癖を持つ。まあ、枕は睡眠があまり取れなかったせいもあるけど。そこだけは考慮してあげたい。
「だからって、私を膝枕にすることはないよね。チャイナドレスなのに。この服は膝枕に適さないと思う。ゆったり感もないし。もちろん、スリットだってある」
「だめだな。翠はなにも分かってない」
まさかのダメだし。そんなことで真顔になられても困る。その上、膝枕の体勢だし。
「まあ、語ると長くなるからしないけどね。でも、結論は言っておくよ。チャイナドレスと膝枕。この相性は最高だ」
「最高? その前にマクが最低だし。なんか分からないけど最低」
「ごめん。寝ぼけてて正しい判断ができないんだ」
「んなわけあるかー」
私はマクを払おうと。でも、直前になって思い直す。これはいい機会かもしれない。こういうイレギュラーな状態ならちゃんと言えそうだ。逆に。
「あのさ、マク」
「ん?」
「私、マクに言うべきことがあったよね。それをずっとためらっててさ」
「で、僕はそれを待ってると。そして、翠も僕が言うべきことを待ってる。そして、その内容はお互いに知っている。たぶんね」
後夜祭の開始。合図が鳴り響く。とても大きな音。私は階下の様子を見たかったけど、身動きが取れない。マクが私を動けなくしてた。
「なんとなく分かるの?」
そうだったら、私の願望ではない。対して、マクは私が言うべきことを知ってたとは。つまり、私だけがしゃかりきになってた。それだけの話だ。
「たとえば、私がマクにずっと偽ってたこと。年下なのに年上として振る舞った。これが一番大きいかな」
マクは何も驚かない。間違いなく知ってた反応。そもそも、マクは気にしないタイプだけど。
「ただ、他にもまだあるのね。これよりも重要なこと」
それは私がマクの幸せを願ってるだけでなくーー。
いきなり歓声。後夜祭だ。早くも盛り上がる。マクは起き上がり窓際へ。私もついていく。
「すごいな。京極くんは」
観客が温まる前にハイテンション。さすがは律くん。とはいえ、彼は道路でブレイクダンスをやり出すくらい。こんなのは序の口かもしれない。
「去年の加絵先輩もすごかったよね。あれで一躍有名になったくらいだし」
「でも、何をしたかは覚えてないんだ。たぶん、僕の精神状態が普通じゃなかったせいかな」
「それは私も一緒。その時の問題で、何も考えられなかったから。すごかったのは心に残ってるし。あ、マク。メイド服が」
にしても、マクの格好はそのまま。なんとも閉まらない。女装のインパクトはすごかった。
「てか、ちょうど話してるね。去年の様子。やっぱりすごかったから」
「うん。男装の麗人。そこから深窓のご令嬢へ。見事な一人芝居だったんだね。たしかにそれをやってたかも」
マクはしみじみと頷く。こうして、しばし見物へ。律くんのパフォーマンスを。後夜祭は最高潮のムード。彼の告白の時は近い。
「なあ、翠」
「なに?」
「お姫様ってどんな気分?」
「え?」
マクの意図が分からない。
「いきなりなにを言い出すのさ。なんか、ごまかしたいことでもあるの?」
「いや、うん。さすがは翠だ。お見通しか。ただね、大切にしたいだけじゃなくてさ」
「べつの言葉?」
「そういうこと。翠が言ってくれたから僕も言わないと。だって、翠が望んでる言葉だし」
その言葉を私は待ってた。マクが幸せであればいいと思っても。もちろん、それが大前提なのは変わらない。でも、マクが大きく変わって私も変化。マクの隣にいたいという想い。確実に強くなっていく。たぶん、それは絶対で最強の空気感とはべつの何か。恋とか愛情とかそんな代物。確証はないけども。
ともあれ、私はお姫様へ。昔々、身に纏ってた感覚。一度捨てる決意をした心構え。でも、すでに必要ないだろう。マクが元に戻ったし。だから、私はマクの言葉を待つ。
「翠?」
また、後夜祭が盛り上がってきた。律くんの声が聞こえる。加絵先輩への告白だ。そういえば、律くんとした約束。これは守れそうにない。ごめん。なとど胸中で謝る。なぜなら、マクの言葉を聞かなくてはいけない。それも一言も漏らさない決意で。
というわけで、二人はお付き合いを始めたのかな。てか、翠は最後までキャラが弱かった〜。うん。
あとは過去話なんですが、見事に止まってしまいまして(泣)。本当に申し訳ないです。
気晴らしに新しい小説を書いてて、それが完成したら戻ってきたいですね。




