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幼馴染の彼女にしておく  作者: トマトクン
第四章 『そして、姫君が救出されていく』
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 しかし、そんな鬼ごっこはあっさりと終焉へ。


「あれ?」

「あ、なんで律くんが」


 角を曲がった瞬間、彼がいた。右往左往してる。なぜなら、通路にあるはずもない壁。私たちがここを通った時に、この壁はなかった。だから、律くんも同じ気持ちなんだろう。ただ、困惑。それ以外の感情は思い浮かばない。


 だけど、ここは勝負事。私は恐る恐る近づいていく。隙間から逃げられることがないように。一応、後ろにマクも控えてるから大丈夫だろう。それに律くんは降参のポーズ。


「えっと、捕まえたで良いのかな」

「はい。もう運に見放されましたよ。まあ、最大限に運を引き寄せる努力はしてませんけどね。絶対に参加したかった即興劇に出たんですから。リスクを背負ってまで」


 被り物を取って、私に話しかけてくる。マクは後ろで様子を窺う。


「ところで、どうして分かったんですか? 鮫島先輩。もう、完璧な大脱走気分でしたのに。このまま先導させてもらう予定だったんですよ。ここの階をくぐり抜けるために」


 どうやら、こっちの作戦はお見通しらしい。律くんは物量作戦でくぐり抜けようとしてた。しかも、おそらく成功しただろう。佐々木くんがいる場所にさえ行かなければ。


「とりあえず律くん。分かった理由は簡単。それは君だけが上履きだから。他のお化けたちは誰も履いてないんだよ」

「ああ、そういうことだったんですか。とんだ手抜かりですね。鮫島先輩くらい格のあるお人ならば見抜く。すごいですよ」

「違う違う。私が恐がりのせい。だって、いつも注意してるから。お化けがやってくる足音を。でも、彼らは何も履かないで摺り足で登場するの。だから、すごく注意してても、なかなか気がつかなくて」


 これは私ならではの発見。つまり、恐がりで救われたとも。しかし、こんなところで恐がりが役に立つとは。物事には何が作用するか分からない。恐がりのおかげで、注意深く見れた。お化けのささいな違いに違和感を抱けた。


「京極くん。これでゲームは君の負けだよね。不服はないかな」


 マクがここで問いかける。極めて冷静に。


「あ、はい。すみません。篠原先輩。問題ないです。それよりも、鮫島先輩を騒動に巻き込んでごめんなさい。ただ、意外と楽しめたんじゃないですか?」

「まあ、そうかもね。翠の怖がる表情も見れたし。いや、それ以外だ。本当に良かったよ」


 私は思い返す。今日のお化け屋敷巡り。そのせいで主導権は常にマク。私は叫んで腰を抜かして引っついてた。これもすべて律くんのせい。もっと言えば、律くんと関係を持たせた由美ちゃんが遠因とも。ただ、そこまでいくと切りがなかった。


「とにかく、そこは感謝だね」

「いえいえ。後輩として、当然のことをしたまでで。恐れ入ります」

「……」


 なんだか打ち解けてる。めでたしめでたし。まあ、いいんじゃないかな。曲がりなりにもゲームに勝てたし。てか、本当の曲がりに成りである。曲がり角で、ゲームの勝敗が成立。これは予想できなかった。むしろ、予想外すぎだ。


「にしても、結構危なかったよね。翠」


 マクが時計を指し示す。見れば、文化祭終了まで後わずか。どうりで客が少なかったのか。などと今さら思う。だって、クラスの手伝いを終えた場面で時間との戦い。私たちは、そのままの格好で律くん探しを再開した。 

「あの、一つ聞いていいですか?」

「ん? なに? 律くん」

「こんなことを聞くのは野暮だと思うんですけど」

「あ、うん」

「それにコスプレ喫茶っていうのも理解してますし。ただ、それでも」


 なかなか核心に迫らない。何か不都合でもあるんだろうか。急に視線まで逸らされた。


「どうしたの? 律くん」


 私は彼に問いかける。でも、なかなか言いにくそう。そのせいか不思議な雰囲気になっていく。


「えっと、ここは篠原先輩が忠告した方がいいかと。分かりますよね」

「ああ、ほんとだ。ただ、忠告はどっちでもいいけどね。僕は後に気がついたのもあるし」


 予想と違う。マクの女装についてではなく私。そういえば、律くんは最初から私を意識してた。


「なんなの? マクまで」

「うん。たぶん、それだと思うよ」


 マクが指し示すのは私の服。


「……」


 ここでようやく自分の格好をチェック。そうすれば、明らかな違和感が。というか、なんかおかしいと思ってた。それが分からないままずっと来てたけど。


「背中丸見えじゃん! てか、なんで律くんの方が先に気がつくのさ」

「男子の勘?」

「そういうのは発揮しないでっ」


 私は慌てて、背中のファスナーを上げる。しかし、なんでこんなことに。走ってる最中でどこかに引っかかったのか。そうとしか考えられない。


「とにかく鮫島先輩。僕の負けです。これで鮫島先輩の言うことをなんでも聞きますよ。で、一応念のために聞きますね。この前の要望と変更はありませんか?」

「ないよ。私は律くんに期待してるからね。あれ? 放送?」


 急に校内放送が入った。文化祭終了。後夜祭の始まり。これで生徒が校庭へ集まるはず。はたして、この土地面積で収まりきれるんだろうか。全校生徒とグラウンドの広さ。この釣り合いが取れてない。去年だって、たしかそう。


「終わりましたね。今年の文化祭。ほんとにブザービーターですよ。時間的に。笛と同時にボールがリングへ収まる。まさにそんな感じで、僕は捕まった。まあ、仕方がないですけどね。さあ、行きましょう。僕がご案内します」

「え? 京極くん。どういうこと?」


 マクの疑問はもっともだ。なんせ、これから律くんが私たちを連れていく。そんな口振りだった。


「決まってるじゃないですか。たくさんの生徒がいるこの学校で特別な場所。実質的にたった五人しか使わないところですね。そこで高見の見物なんてどうですか。僕が先輩方にできることは、それくらいしかありませんよ」

 そして、内ポケットから鍵を取りだす。


「生徒会室の鍵なんだね。京極くん」

「はい。ちょうど、自分の下準備のために借りてました。せっかくですからどうです。ある意味、気兼ねなく楽しめますよ」

「まあ、うん。でもなあ」

「迷ってるなら行きましょうよ。僕だって篠原先輩に話したいことありますし」


 律くんに言われて了承。私も異論はない。


「それならそうするか。ご厚意に甘えるかな。翠は?」

「私はどっちでもいいよ。あ、休めるからそっちの方がいいかも」

「そうだよね。たしかに休憩はできる」


 マクが頷く。


「ですね。それでしたら行きますか。僕も心構えや準備がしたいので。壁があるので来た道を戻りましょうか」

「あっ! そうだ」


 ふいに思いだす。一つの疑問。そこには重要な要素が備わってた。


「ごめん。私、遅れてく。ちょっとしたいことがあるから。後で生徒会室へ向かうね。それでいい?」

「ああ、それはちょうどいいですね。篠原先輩とお話ができます。鮫島先輩も気が利きますよ」

「いやいや。たまたまだから。先行ってて」


 謙遜謙遜。ともあれ、私にはしなければならないことがある。マクみたいな固い決意ではないけど。


「翠? ここお化け屋敷だよ。大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫。心配いらないし。本当にやることが残ってるから」

「そっか。分かった。京極くん。先に行こうか」

「そうですね。では、また。その時に僕がいるかは分かりませんが。ただ、舞台に立ったら応援してくださいね。その声は聞こえなくても届きますし。そういうのはどんなに離れてたって分かるんです。感覚的な問題で」

「感覚的な問題ね」


 マクがオウム返し。その言葉が気になったみたい。


「じゃあ、翠。また」

「うん」


 こうして、マクと律くんは私を置いていく。しかし、お化け屋敷で私一人。本当に考えられない状況。しかも、私からそれを望んだ。救いは文化祭が終了してること。でも、最後の客まで任務を遂行するはず。困った。でも、困らない。当たり前だ。


 だから、私は障害物となった発泡スチロールを叩く。とんとん。とんとん。まるでドアのノックをするかのように。ただ、反応はない。ここまで完璧な壁役にならなくてもいいのに。文化祭の劇じゃないんだから。ここはお化け屋敷である。


「神津くん。ありがとね。律くんを止めてくれて。それとごめん。全然気づかなくてさ。さっき、やっと気がついたの」


 私が語りかけて、ようやく振り向く。


「すいませんね。体格だけはいいですから。たまたまですよ」

「体格関係ないじゃん。お化けはぬりかべの役?」

「そうっすね。まあ、当たらずとも遠からず。てか、そのまま気がつかなければ良かったのにな。また、めんどくさいことになりそうですし。へんなところで鋭いですよ。鮫島先輩は。俺、微動だにしない能力には定評があるんだけど」

「なんで? 気がついてよかったでしょ。だから、こうしてお礼が言える。本当にありがとう。神津くんは意外と優しいよね」

「べつに。気のせいですよ。それにあんたのためじゃないし。ただ、道を逆走してる人がいたから止めようとしただけ。ほら、カーゲームでもありますよね。進行方向を間違えると軌道修正してくれるやつ。あれみたいな役割ですから」

「またまた。そんなこと言っちゃって」


 たしかに逆走はしてたけどね。


「てか、マジでそうですから。それでなければ、篠原先輩のためですよ。好きな幼馴染が告白されるのは不都合ですし。彼がへそを曲げるとあれだ。また、絵を描かなくなる」

「ふーん?」

「信じてないですね。嫌な先輩だ」

「だったら、信じるよ。心の底から」

「えっと、何か企みでも?」


 神津くんは不審そうに聞いてくる。


「まあね。とりあえず、私はお化けが苦手。だから、出口まで案内してほしいかな」

「そうですか。王子様でなく壁にエスコートをお願いするとは。でましたね。お姫様」

「チャイナ服なのに?」

「もちろんですよ。服装なんて関係ないから」 


 お姫様。今はそう言われても嫌じゃない。不思議だ。前まではずっと否定してきたのに。たぶん、それは私にとって過去との決別。マクが変わったために。でも、私はその必要性が薄れてきた。マクが昔の自分を取り戻す。私も昔の自分に戻っていく。きっと、そうなんだろう。確証はないけど。


「そうそう、鮫島先輩。チャイナ服にその髪型はどうかと思いますけど」


 私の髪型。サイドハーフアップだった。


「それはシニオンにしろってこと? 神津くん」

「べつに。どっちでもいいです。ただ、難癖をつけたかっただけですし」

「ひどいなあ。その考えは」


 私は彼に文句を言う。


「てか、どんなふうにエスコートすればいいんですか? 俺が前を歩くとあれですよ。お化け屋敷の醍醐味が失われてしまいますし」

「オッケー。それで行こう。お化け屋敷の効力をなくす歩き方希望。だって私、お化け屋敷苦手だもん」

「はいはい。分かりましたよ。くれぐれもくっつかないでくださいね。うっとおしいですし」


 と言いつつも、神津くんは私を出口まで連れてってくれた。ありがとう。

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