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しかし、そんな鬼ごっこはあっさりと終焉へ。
「あれ?」
「あ、なんで律くんが」
角を曲がった瞬間、彼がいた。右往左往してる。なぜなら、通路にあるはずもない壁。私たちがここを通った時に、この壁はなかった。だから、律くんも同じ気持ちなんだろう。ただ、困惑。それ以外の感情は思い浮かばない。
だけど、ここは勝負事。私は恐る恐る近づいていく。隙間から逃げられることがないように。一応、後ろにマクも控えてるから大丈夫だろう。それに律くんは降参のポーズ。
「えっと、捕まえたで良いのかな」
「はい。もう運に見放されましたよ。まあ、最大限に運を引き寄せる努力はしてませんけどね。絶対に参加したかった即興劇に出たんですから。リスクを背負ってまで」
被り物を取って、私に話しかけてくる。マクは後ろで様子を窺う。
「ところで、どうして分かったんですか? 鮫島先輩。もう、完璧な大脱走気分でしたのに。このまま先導させてもらう予定だったんですよ。ここの階をくぐり抜けるために」
どうやら、こっちの作戦はお見通しらしい。律くんは物量作戦でくぐり抜けようとしてた。しかも、おそらく成功しただろう。佐々木くんがいる場所にさえ行かなければ。
「とりあえず律くん。分かった理由は簡単。それは君だけが上履きだから。他のお化けたちは誰も履いてないんだよ」
「ああ、そういうことだったんですか。とんだ手抜かりですね。鮫島先輩くらい格のあるお人ならば見抜く。すごいですよ」
「違う違う。私が恐がりのせい。だって、いつも注意してるから。お化けがやってくる足音を。でも、彼らは何も履かないで摺り足で登場するの。だから、すごく注意してても、なかなか気がつかなくて」
これは私ならではの発見。つまり、恐がりで救われたとも。しかし、こんなところで恐がりが役に立つとは。物事には何が作用するか分からない。恐がりのおかげで、注意深く見れた。お化けのささいな違いに違和感を抱けた。
「京極くん。これでゲームは君の負けだよね。不服はないかな」
マクがここで問いかける。極めて冷静に。
「あ、はい。すみません。篠原先輩。問題ないです。それよりも、鮫島先輩を騒動に巻き込んでごめんなさい。ただ、意外と楽しめたんじゃないですか?」
「まあ、そうかもね。翠の怖がる表情も見れたし。いや、それ以外だ。本当に良かったよ」
私は思い返す。今日のお化け屋敷巡り。そのせいで主導権は常にマク。私は叫んで腰を抜かして引っついてた。これもすべて律くんのせい。もっと言えば、律くんと関係を持たせた由美ちゃんが遠因とも。ただ、そこまでいくと切りがなかった。
「とにかく、そこは感謝だね」
「いえいえ。後輩として、当然のことをしたまでで。恐れ入ります」
「……」
なんだか打ち解けてる。めでたしめでたし。まあ、いいんじゃないかな。曲がりなりにもゲームに勝てたし。てか、本当の曲がりに成りである。曲がり角で、ゲームの勝敗が成立。これは予想できなかった。むしろ、予想外すぎだ。
「にしても、結構危なかったよね。翠」
マクが時計を指し示す。見れば、文化祭終了まで後わずか。どうりで客が少なかったのか。などと今さら思う。だって、クラスの手伝いを終えた場面で時間との戦い。私たちは、そのままの格好で律くん探しを再開した。
「あの、一つ聞いていいですか?」
「ん? なに? 律くん」
「こんなことを聞くのは野暮だと思うんですけど」
「あ、うん」
「それにコスプレ喫茶っていうのも理解してますし。ただ、それでも」
なかなか核心に迫らない。何か不都合でもあるんだろうか。急に視線まで逸らされた。
「どうしたの? 律くん」
私は彼に問いかける。でも、なかなか言いにくそう。そのせいか不思議な雰囲気になっていく。
「えっと、ここは篠原先輩が忠告した方がいいかと。分かりますよね」
「ああ、ほんとだ。ただ、忠告はどっちでもいいけどね。僕は後に気がついたのもあるし」
予想と違う。マクの女装についてではなく私。そういえば、律くんは最初から私を意識してた。
「なんなの? マクまで」
「うん。たぶん、それだと思うよ」
マクが指し示すのは私の服。
「……」
ここでようやく自分の格好をチェック。そうすれば、明らかな違和感が。というか、なんかおかしいと思ってた。それが分からないままずっと来てたけど。
「背中丸見えじゃん! てか、なんで律くんの方が先に気がつくのさ」
「男子の勘?」
「そういうのは発揮しないでっ」
私は慌てて、背中のファスナーを上げる。しかし、なんでこんなことに。走ってる最中でどこかに引っかかったのか。そうとしか考えられない。
「とにかく鮫島先輩。僕の負けです。これで鮫島先輩の言うことをなんでも聞きますよ。で、一応念のために聞きますね。この前の要望と変更はありませんか?」
「ないよ。私は律くんに期待してるからね。あれ? 放送?」
急に校内放送が入った。文化祭終了。後夜祭の始まり。これで生徒が校庭へ集まるはず。はたして、この土地面積で収まりきれるんだろうか。全校生徒とグラウンドの広さ。この釣り合いが取れてない。去年だって、たしかそう。
「終わりましたね。今年の文化祭。ほんとにブザービーターですよ。時間的に。笛と同時にボールがリングへ収まる。まさにそんな感じで、僕は捕まった。まあ、仕方がないですけどね。さあ、行きましょう。僕がご案内します」
「え? 京極くん。どういうこと?」
マクの疑問はもっともだ。なんせ、これから律くんが私たちを連れていく。そんな口振りだった。
「決まってるじゃないですか。たくさんの生徒がいるこの学校で特別な場所。実質的にたった五人しか使わないところですね。そこで高見の見物なんてどうですか。僕が先輩方にできることは、それくらいしかありませんよ」
そして、内ポケットから鍵を取りだす。
「生徒会室の鍵なんだね。京極くん」
「はい。ちょうど、自分の下準備のために借りてました。せっかくですからどうです。ある意味、気兼ねなく楽しめますよ」
「まあ、うん。でもなあ」
「迷ってるなら行きましょうよ。僕だって篠原先輩に話したいことありますし」
律くんに言われて了承。私も異論はない。
「それならそうするか。ご厚意に甘えるかな。翠は?」
「私はどっちでもいいよ。あ、休めるからそっちの方がいいかも」
「そうだよね。たしかに休憩はできる」
マクが頷く。
「ですね。それでしたら行きますか。僕も心構えや準備がしたいので。壁があるので来た道を戻りましょうか」
「あっ! そうだ」
ふいに思いだす。一つの疑問。そこには重要な要素が備わってた。
「ごめん。私、遅れてく。ちょっとしたいことがあるから。後で生徒会室へ向かうね。それでいい?」
「ああ、それはちょうどいいですね。篠原先輩とお話ができます。鮫島先輩も気が利きますよ」
「いやいや。たまたまだから。先行ってて」
謙遜謙遜。ともあれ、私にはしなければならないことがある。マクみたいな固い決意ではないけど。
「翠? ここお化け屋敷だよ。大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫。心配いらないし。本当にやることが残ってるから」
「そっか。分かった。京極くん。先に行こうか」
「そうですね。では、また。その時に僕がいるかは分かりませんが。ただ、舞台に立ったら応援してくださいね。その声は聞こえなくても届きますし。そういうのはどんなに離れてたって分かるんです。感覚的な問題で」
「感覚的な問題ね」
マクがオウム返し。その言葉が気になったみたい。
「じゃあ、翠。また」
「うん」
こうして、マクと律くんは私を置いていく。しかし、お化け屋敷で私一人。本当に考えられない状況。しかも、私からそれを望んだ。救いは文化祭が終了してること。でも、最後の客まで任務を遂行するはず。困った。でも、困らない。当たり前だ。
だから、私は障害物となった発泡スチロールを叩く。とんとん。とんとん。まるでドアのノックをするかのように。ただ、反応はない。ここまで完璧な壁役にならなくてもいいのに。文化祭の劇じゃないんだから。ここはお化け屋敷である。
「神津くん。ありがとね。律くんを止めてくれて。それとごめん。全然気づかなくてさ。さっき、やっと気がついたの」
私が語りかけて、ようやく振り向く。
「すいませんね。体格だけはいいですから。たまたまですよ」
「体格関係ないじゃん。お化けはぬりかべの役?」
「そうっすね。まあ、当たらずとも遠からず。てか、そのまま気がつかなければ良かったのにな。また、めんどくさいことになりそうですし。へんなところで鋭いですよ。鮫島先輩は。俺、微動だにしない能力には定評があるんだけど」
「なんで? 気がついてよかったでしょ。だから、こうしてお礼が言える。本当にありがとう。神津くんは意外と優しいよね」
「べつに。気のせいですよ。それにあんたのためじゃないし。ただ、道を逆走してる人がいたから止めようとしただけ。ほら、カーゲームでもありますよね。進行方向を間違えると軌道修正してくれるやつ。あれみたいな役割ですから」
「またまた。そんなこと言っちゃって」
たしかに逆走はしてたけどね。
「てか、マジでそうですから。それでなければ、篠原先輩のためですよ。好きな幼馴染が告白されるのは不都合ですし。彼がへそを曲げるとあれだ。また、絵を描かなくなる」
「ふーん?」
「信じてないですね。嫌な先輩だ」
「だったら、信じるよ。心の底から」
「えっと、何か企みでも?」
神津くんは不審そうに聞いてくる。
「まあね。とりあえず、私はお化けが苦手。だから、出口まで案内してほしいかな」
「そうですか。王子様でなく壁にエスコートをお願いするとは。でましたね。お姫様」
「チャイナ服なのに?」
「もちろんですよ。服装なんて関係ないから」
お姫様。今はそう言われても嫌じゃない。不思議だ。前まではずっと否定してきたのに。たぶん、それは私にとって過去との決別。マクが変わったために。でも、私はその必要性が薄れてきた。マクが昔の自分を取り戻す。私も昔の自分に戻っていく。きっと、そうなんだろう。確証はないけど。
「そうそう、鮫島先輩。チャイナ服にその髪型はどうかと思いますけど」
私の髪型。サイドハーフアップだった。
「それはシニオンにしろってこと? 神津くん」
「べつに。どっちでもいいです。ただ、難癖をつけたかっただけですし」
「ひどいなあ。その考えは」
私は彼に文句を言う。
「てか、どんなふうにエスコートすればいいんですか? 俺が前を歩くとあれですよ。お化け屋敷の醍醐味が失われてしまいますし」
「オッケー。それで行こう。お化け屋敷の効力をなくす歩き方希望。だって私、お化け屋敷苦手だもん」
「はいはい。分かりましたよ。くれぐれもくっつかないでくださいね。うっとおしいですし」
と言いつつも、神津くんは私を出口まで連れてってくれた。ありがとう。




